第489話 隠すより現る

「はあ……」


 日本にまたまた舞い戻り、我が実家の前。一月に一人暮らしを始めたから、二ヶ月ぶりか。目の前には玄関扉があり、横にはインターホン。はあ。ミデンを借りるだけだと言うのに、実家に帰ってきただけだと言うのに、なんで俺はこんなにドキドキしているんだ?


「邪魔なんだけど」


「ウォン」


 不意に後ろから声を掛けられ振り返ると、丁度カナがミデンとの散歩から帰ってきたところだった。


「あー、えーとー、久し振り?」


「…………」


 そんな俺のあいさつを無視するかのように、カナは俺の横を素通りすると、玄関扉を開けた。


「ただいま。でしょ、お兄ちゃん。おかえりなさい」


 何とも出来た妹である。



「ミデンを借りたい?」


 リビングに家族四人にミデンが集まったところで、長い沈黙が続き、それに耐えかねて俺は話を切り出した。三人は俺の突飛な発言に顔を見合わせている。


「出来れば二日程……」


 おずおずと三人を窺い見れば、父がこちらを睨んでいる。


「はい、分かりました。と理由も聞かずに家族を貸し出せると思っているのか?」


 ですよねー。


「ハルアキ、私たちは、あなたが危ない事をしているのを、知らない訳じゃないのよ?」


 母の言葉に心臓が止まるかと思った。バレていたのか。いつから? どこから漏れた? どのくらい知っている? 一瞬にして頭の中はパニックだ。


「テレビにタカシくんが出てくれば、近しい人間はお兄ちゃんたちにたどり着くよ」


 とカナの発言。それはそうか。


「それにあんなに必死だったシンヤくんのところのご家族も、最近は行方不明のシンヤくん捜しを控えているみたいだから、私、尋ねたのよ。そうしたら、あなたの名前が浮上してきたのよ」


 と母。シンヤの方からもか。まあ、一条家は父親が国会議員をしているから、今、シンヤ捜しをしているフリにリソースを割いていられなくなったんだな。


「もしかして、仲の良かった六人全員、生き残っているの?」


 カナが心配そうに尋ねてくる。あの五人は我が家に遊びに来る事も少なくなかったからな。気になるのも仕方ない。


「死んだ事が確定しているトモノリとリョウちゃんはどうなったか知らない。浅野は違う星で生き残っているみたいだ」


 トモノリに付いては嘘を吐かせて貰った。何かの拍子に我が家からトモノリが魔王であると知れれば、日本に残されているトモノリのご家族がどんな目に合うか分からないからだ。


「そう……。違う星って、あの異世界じゃないの?」


「浅野は、異世界じゃなくて、この宇宙の別の銀河にいるんだよ」


「そうなの?」


「もしも浅野のご家族が浅野と話したい。って話になったら、魔法科学研究所に行けるように、俺から話を通しておくよ」


 と俺が口にすれば三人とも微妙な顔となった。まあ、分かるけど。


「どうなのかしら? 浅野さん家って、色々特殊だから」


「お兄さんは気にかけているんじゃない?」


 そうなんだよなあ。浅野の家は両親とも学者をしており、しかもフィールドワーカーでほとんど家にいない。浅野を育てたのは年の離れた浅野の兄だ。あの兄なら、浅野が生きていると知れば一も二もなく会いたがるだろうが、両親の方は浅野が生きていると知れば、「好きにさせてやれ」と放っておくかも知れないな。


「それで、話を戻そう。なんでミデンを借りたいんだ? まさかミデンにまで危ない事をさせるんじゃないだろうな?」


 父よ。顔の圧が凄いのだが。思わず目を逸らしてしまう。


「やっぱりそうか」


 お冠ですね、三人とも。


「危ない事って言っても、ウサギを追い掛け回させるだけだよ」


「じゃあ、なんで目を逸らしたんだ?」


 それは父の圧が凄かったからで。


「狩猟犬が欲しいなら、そっちで用意すれば良いだろう」


「いや、今回に限ってはミデンのスキルが必要で……あ!」


 俺の失言に三人が嘆息をこぼす。


「いやあ、これはその、何と言いますか……」


「やっぱりミデンは普通の犬じゃないのか」


 父は横で大人しく座っているミデンを抱きかかえながら、俺に尋ねてきた。


「…………そうだね。魔犬、魔物の一種だよ。付けている首輪が『従魔の首輪』って言う特殊なものだから、魔王の支配からは逃れているけど……ってあれ?」


 首輪が違う!?


「ああ、あの首輪なら外しちゃったわよ」


 とはカナの言。はあ!? 何やっているんだよ!?


「大丈夫。私、天賦の塔で『従魔』のスキル獲得しているから」


「マジで?」


「マジで。それで普通の犬でも出来るのかなあ? ってミデンで試したら、契約出来ちゃったの。アオイの家の猫のまーやんだと契約出来なかったから、もしかしたらって」


 何ともまあ。確かに、ミデンは『従魔の首輪』で俺たちに従わせていただけで、正式に従魔契約していた訳じゃなかったけど、それにしたってなあ。それと、


「多分だけど、アオイちゃんとこの猫と契約出来なかったのは、カナのレベルが低かったからだと思うぞ。カナの理屈だと、『従魔』のスキル持ちは従魔契約を一体しか出来ない事になるからな」


「ああ、そっちかあ」


 しかしカナのスキルが『従魔』か。俺の予想ではオルさんと同じ『再現』とか、メカ系のスキルだと思っていたんだけど。余程ミデンに愛情があるとみえる。


「しかしなあ。ミデンが魔犬だと確定したからと言って、危ない場所には行って欲しくないんだが」


 父はまだ不安そうだ。


「それなら大丈夫だよ」


 と俺は父からミデンを取り上げると、


「ミデン」


 とミデンに命令を下す。すると二匹に分裂した。それに驚く三人。やはりミデンのスキルについては分かっていなかったようだ。


「本体はここに置いていくから、こっちの分裂体を借りていくよ。それなら問題ないだろ?」


「ええ??」


 どうやらまだ状況が飲み込めていないようだけど、何であれ、これで金毛の角ウサギを取り囲める犬数は確保出来たな。

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