第282話 生還
アンゲルスタの南にある隣国。その最北の軍基地では、国連平和維持軍として、アメリカやNATOなどが集結し、アンゲルスタを取り囲むように既に活動を開始していた。
俺とバヨネッタさんはF-22から降りると、直ぐ様軍汎用車輌であるハンヴィーに乗せられ、そのままステップ草原を走る事となり、一時間後、日が暮れようと言う時間に、アンゲルスタ南端に到着した。
アンゲルスタと言う国は、巨大隕石が落下して出来たクレーターをそのまま国にしている。直径は十キロメートルで、ほぼ真円の形をした盆地の変わった国だ。中央にはドミニク・メルヒェンなど十万人が住まう高い塔が建ち、その周りのクレーター部分には、建国当初何もなかった。
しかしそれはほんの一日二日の事で、すぐに周辺各国から移民難民が流入してくると、一年後には直径十キロメートルを家々で埋め尽くされる事となる。そこで暮らす人々の数は、一説では五十万人とも言われていた。仙台市の十分の一の面積にそれだけの人々が密集して住んでいるのだ。
現代の世界七不思議と言われていたのは、隕石落下で突然現れた塔でもなく、生き残った十万人の事でもなく、この五十万人が飢える事なく生活が出来ている事実だと、世界の社会学者たちは不思議がっていたが、何の事はない。塔内部が魔法だかスキルだかで拡張されており、そこで生産された食物が国民に与えられていたからであった。
しかし無償の善意ほど怖いものはない。当然のように与えられる側となっていた国民たちは、いつの間にやらドミニクの言いなりとなり、この国で国家上層部が何をしようと、見て見ぬ振りをするのが日常と化していた。
SNSでは、アンゲルスタでの年間の行方不明者が一万人を超えるなんて話がまことしやかにアップされ、それだけの人数がいったいどこに消えたのかと、噂になっていたが、事実は藪の中で、俺には分からないが、その一部が人体実験にされて、スキル付与薬が生まれた事は容易に想像出来た。
そんな人体実験の実験動物としか見られていない国民たちは、今、最大の岐路にして末路に立たされてた。アンゲルスタ国全体で『狂乱』のスキル付与薬が使用されたのだ。
アンゲルスタは国全体をぐるりと鉄塔で囲まれており、そこに配置されている結界のスキル持ちによって、アンゲルスタと外界は分断され、中の国民たちも出られなければ、外からアンゲルスタに入る事も出来なかった。嬉々として狂行に走らんとする国民たちを、兵士たちは見ている事しか出来ないはずだった。そこに勇者が現れなければ。
俺は種子島に向かう前に、自社のパジャン班と連絡を取り、パジャンのラシンシャ天の元へと足を運んだ。事情説明を聞いたラシンシャ天は快く勇者の派遣を決定してくれ、事情を聞いたシンヤら勇者パーティも、承諾してくれた。更には同地に滞在していたリットーさんとその愛竜ゼストルス、そして企画展を潰されたくないゼラン仙者からの助力を得る事にも成功。そうして八人と一頭は、『聖結界』発動に先んじて、アンゲルスタ本国へと向かったのだ。
右手に持つは聖剣の一振り。魔法やスキルを断ち斬る魔刀キュリエリーヴによって、早々に結界を破壊したシンヤを先頭に、国連平和維持軍は、アンゲルスタへと突入。ドミニクの愚策を潰すに至る。
「流石は勇者と言うところかしら。それなりに活躍してくれているようね」
「そうですね。シンヤの『加速』で連れ回されている武田さんが少し可哀想になりますけど」
アンゲルスタに着いた俺とバヨネッタさんが見たのは、日が暮れるアンゲルスタの街を『加速』で高速移動するシンヤと、シンヤの『怪力』によって首根っこを持たれて、引き摺られていく武田さんの姿だった。
「人死にが大量に出るよりは万倍マシでしょう」
確かにそうだが、あの身体のデカい武田さんを片手で引き摺るとか、凄い光景だな。まあ、『空識』を持っている武田さんじゃないと、スキル付与薬を使用している相手は見付けられないからなあ。頑張ってください。
勇者パーティのヤスさん、サブさん、ゴウマオさん、ラズゥさんは地上を駆け回っていた。策を潰されたアンゲルスタが、兵隊や『粗製乱造』で大量生産した魔物たちを投入してきたからだ。四人はその魔物退治に奔走し、リットーさんとゼストルス、そして小さな雲に乗るゼラン仙者は空から魔物たちを撃退していく。そしてその後に続くように、国連平和維持軍が国民の救出作戦を展開していた。『聖結界』のお陰で魔物たちや兵隊の力は衰えているから、平和維持軍でも対処出来ているようだ。
平和維持軍が展開している横を、ハンヴィーで突っ切りながら、俺たちはドミニクがふんぞり返っている中央の塔へと向かっていく。
「グガアアアアッ!!」
そんな俺たちを待ち受けていたかのように、空から飛竜が襲撃してきた。
ズドンッ!!
それを車窓を開いたバヨネッタさんが、そこから身体を乗り出し、トゥインクルステッキを構えて飛竜を撃ち抜いた。
「ハルアキ、ここからは飛んでいくわ」
「分かりました」
これ以上は車で進むのは困難だと判断した俺たち二人は、バヨネッタさんはトゥインクルステッキに乗り、俺はアニンの翼を開いて、虹色に揺らめく夜空を、塔に向かって翔け出したのだった。
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