第281話 マッハ

「う〜ん……」


『聖結界』発動後、輸送ヘリのチヌークで、種子島から沖縄の米軍基地に移動中の事だ。同行していた政府職員の男性が、ノートパソコンを観ながら眉間にシワを寄せて唸っていた。


「どうかしたんですか? まさか、国連決議でアンゲルスタのテロ国家認定が否決されたとか?」


 不安が声に出る俺だったが、男性職員は首を横に振ってそれを否定した。


「いえ、アンゲルスタへのテロ国家認定は既に可決され、今は既にアンゲルスタに向けて国連平和維持軍が進行している段階です」


 そうなのか。流石に事前に世界のトップ国に言い含めておいた分、きっちり働いてくれているな。


「それじゃあ何でそんな難しい顔をしていたんですか?」


「ああいえ、何と言いますか、日本を含めた世界各地で、変な事態になっていまして、どうしたものかと」


「変な事態、ですか?」


 俺は首を傾げて職員に話の続きを促す。


「はい。工藤くんが『聖結界』を発動させた事で、世界中が虹色のベールに包まれたでしょう?」


「そうですね」


「これに対して、終末論を唱える人間が、一定数いるんですよ」


 は? 何それ?


「各国政府も、これは太陽フレアによって起こった現象であると、各人に冷静な行動を促してるのですが、それに留まらない人間と言うものは、どの国にもいるもので、我が国でも、終末論をSNSに垂れ流し、アンゲルスタの教会を訪ねる人間がいるようなのです」


「え? 何でそこでアンゲルスタの教会が出てくるんですか?」


 と自分で口に出したところでハッとした。そう言えばドミニクは、あの宣戦布告でアンゲルスタの教会に逃げ込めば助けてやるとのたまっていたっけ。もしかしたら終末論を語る人々にしてみたら、この『聖結界』のベールは、世界滅亡の前兆のように映っているのかも知れない。そして助かる為にアンゲルスタへ下った。はあ、なんて事だ。自分がやった事で、逆にアンゲルスタに加入する人間を増やす事になるなんて。


「どうにかなりませんかね?」


 政府職員に尋ねてみるが、首を横に振られてしまった。


「我が国では宗教の自由は認められていますからね。自ら教会に向かった人々の行動を妨げる事は……。ただ、ドミニク・メルヒェンの演説が、強引な勧誘に当たる可能性が……いやあ、やっぱりそれだと無理かなあ」


「スキル付与薬の所持とか使用で、非認可薬物関係の何かとして、逮捕出来ませんかね?」


「それです!」


 男性職員は直ぐ様メールを打ち始め、どこかに送信する。しかし、なんだかこの問題が解決した後も、色んな問題が残ったままになり、その解決に人手を割く事になりそうだ。こうやって世界には解決の難しい問題が生まれ続けているのだろう。


「気にする事ないわよ」


 ここまで黙っていたバヨネッタさんが口を開く。


「そう言う人間は、遅かれ早かれ、馬鹿の大将みたいな怪しい指導者にハマるものなのよ。ハルアキが何か行動を起こしたからそうなったのではなく、元々の素養がそう言う性質だっただけよ。気にするだけ無駄だわ」


 それはそうなのかも知れないが、やはり気にしてしまうのはしょうがない。でもさっきよりは、気が楽になった気がする。



 チヌークから降りた俺たちの目の前には、アメリカの最精鋭戦闘機F−22ラプターがスタンバイしていた。前方から後方へ流れる鋭角的なその姿は、流石はラプター(猛禽類)と呼ばれるだけはある格好良さである。今回はこれに乗ってアンゲルスタに向かう。


「最新鋭のF-35じゃないんですね」


 俺のこぼした言葉に、横を歩く日系の米兵が肩を竦ませた。


「ラプターの方がライトニングⅡより速いんだよ」


 そうなのか。


「こいつに乗れば四時間でアンゲルスタ入りさ」


「それは凄いですね」


そう言いながら、俺はF-22に掛けられた梯子から後部座席に乗り込む。そうしてすぐにシートベルトでガッチガチにシートと固定された。


「しかし本当に大丈夫なのか?」


 心配そうに俺の顔を覗き込んでくる日系米兵。


「何がですか?」


 俺は相手の意図するところが分からず、首を傾げた。


「そんな軽装でラプターに乗るなんて、自殺行為だと言っているんだ。上からの命令じゃなければ誰が乗せるものか」


 成程、そう言う話ね。


「戦闘機に乗る際には、フライトスーツと呼ばれる耐Gスーツの着用が義務付けられている。それは戦闘機が急加速や急旋回する時などに、3〜5Gとも言われる強烈なGが搭乗者を襲うからだ。それを軽減するフライトスーツがなければ、一瞬にしてブラックアウト、目の前が真っ暗になって気絶するからさ。分かるか?」


「はあ」


 脅しているのか、心配しているのか。まあ、後者として受け取っておこう。


「まあ、頑丈なんで大丈夫だと思いますよ」


 俺の返答が軽かったからか、日系米兵には嘆息されてしまった。


「Okay、分かったよ。Walter、最高速でぶっ飛ばして、こいつを気絶させてやれ」


 そう言われた前方座席のパイロットは、日系米兵にサムズアップで応える。


「それじゃあな。快適な空の旅を堪能しな。Good luck !」


 言って日系米兵が梯子を降りていくと、すぐに操縦席の天蓋キャノピーが降りてきて、操縦席は密室へと変わった。


「Let's go boy!!」


 前方座席のパイロットはそう言うとF-22を滑走路へとゆっくり進ませる。そうして『聖結界』で虹色に揺らめく夜の滑走路の両脇に、煌々とランプが点灯する中、位置に着いたF-22は、どんどんと滑走路を加速していき、大空へと舞い上がったのだ。


 恐らくは常人では耐えられないだろうGが身体をシートへと押し付けるが、これくらいならば問題なさそうだった。それよりも問題はたった四時間でどこまですっからかんの魔力が回復するかだろうなあ。

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