第367話 呪い
影に呑まれて連れて来られた場所は、真っ暗だった。俺は恐らく百香だろう人物に腕を後ろ手に組まれて、地面に押し付けられている状況だ。
俺をこの真っ暗な空間に放り込んだのは、小太郎くんのスキルの一つ『影獣』だろう。『影獣』は小太郎くんがアンゲルスタのテロリストから『奪取』で奪ったスキルだ。あのテロリストは影で出来た獣を操るだけだったし、小太郎くんもそんな扱いをしていた。まさかこんな扱い方があったとはな。
さて、どうしたものか。百香の抑え込みはいつでも解ける。だがここがどこだか分からない。それ程大きな空間ではないようだが、この空間より先を、俺の全合一では認識出来ないのだ。百香を無力化しても、ここから脱出する方法が分からない。
「!?」
いきなりライトを向けられたものだから、思わず顔を背けてしまった。
「何だよ、いきなり。悪いけど、遊び相手ならよそに当たってくれ。半年先までスケジュールが埋まっているんだ」
目が慣れたところで、薄目をライト方向にいる小太郎くんに向ける。それでもライトの光が照らす部分以外は黒い影だ。ちょっと先に先程オルさんに連絡していたスマホが落ちているのがシュールだな。ここがどこなのかは判別出来ない。どこか実在する場所なのか、それとも小太郎くんが生み出した影の中なのか。
ライトを持っているのは小太郎くんではなく、影人間だった。小太郎くんの後ろに控え、ライトでこちらを照らしている。これは研究所を襲ったのも小太郎くんの可能性が高そうだ。そんな小太郎くんの腰には、刀がぶら下げられていた。
「悪いがこの場でおしゃべりはなしだ」
「二人で俺をどうにか出来ると思っているの?」
相変わらず俺を後ろから抑え込む百香だったが、この程度の力なら、アニンを使わず自力で解く事も可能だ。
「ハルアキ、お前は強いよ。地球人最強かも知れない。だけど力に頼り過ぎだな。スキルの可能性を失念している」
言って小太郎くんが百香に目配せすると、俺の背中に何か紙が貼られた。瞬間、俺を中心に魔法陣が浮かび上がる。この魔法陣には見覚えがあった。クーヨンのスキル屋で『空間庫』のスキルを取得した時と同じ魔法陣だ。と言う事は俺にスキルを付与するつもりか!? 何の為に!?
困惑するうちに俺の身体は光に包まれ、直後にガクンと身体の力が抜けた。先程まで軽く感じていた百香の伸し掛かりが、その重さを増した。百香の体重がいきなり増加したのでなければ、これは俺の力が弱くなったと言う事か? 藻掻いてジタバタしても、百香の抑え込みから逃げ出せない。
『何をしておる。我の力を使え』
確かに。状況は理解出来ない。これは祖父江兄妹の意思によって作られた状況なのか、それとも二人は誰かの命令で動いているのか、洗脳や催眠で操られているのか。何であれ、今は百香の抑え込みから抜け出すのが先決か。
俺は中空にアニンで作った黒い手を出現させると、それでもって百香を引き剥がしにかかるが、力が出せない。黒い手で百香を引っ張るも、簡単に振り解かれてしまった。
バキッ。
俺の抵抗する気力を削ぐ為だろう。後ろ手に抑えられていた腕の一本、左腕が折られた。
「ぐぁ」
思わず呻き声が漏れた。これで集中力が奪われてアニンの黒い手が消える。
「うざいよ」
苛立つ百香によって魔力を吸い取られる。有能なスキルを持っている。これでアニンの黒い手や黒刃を展開するのも難しくなった。
「無駄だ。ハルアキに強制的に取得させたスキルの名前は『逆転(呪)』。レベル差を逆転させるレアスキルだ。しかも呪われたな。もう外せないぜ」
レベル差を逆転? 呪われた? 外せない?
「つまり、あなたのレベルを基準に、自分のレベルより弱い者には弱くなるって事よ」
耳元で百香がささやいた。それでスキルを取得した直後から、百香の力が増した、いや、俺の力が弱くなったように感じたのか。しかも呪われていて外せないとか最悪だ。逆にどうやって手に入れたのか知りたいくらいだ。
「さて、しゃべり過ぎたな。ハルアキ、お前にはここで消えて貰う」
言いながら小太郎くんが近付いてくる。
「それって誰の差し金? 桂木さん? それとも別の誰かかな?」
「…………」
「…………」
しかし二人は黙して語らない。くっ、こんなところで死ねるかよ! 俺は死への抵抗のつもりで、魔力を百香に吸われながらも『聖結界』を展開するが、それは小太郎くんが腰から抜いた刀で斬り裂かれてしまった。
魔属性の刀か! 妖刀か! ならばと『清塩』を展開する。俺を中心に白いベナ草が花を咲かすが、これを何も気にせず踏み潰しながら小太郎くんはやって来て俺の前に立つ。片膝を突いて俺の頭に手を置くと、今度は俺の中から何かが引き摺り出される感覚があった。
「『回復』持ちはこれをしておかないと厄介だからな」
俺の『回復』スキルを『奪取』で奪ったのか。周到だな。そして小太郎くんは俺の髪を強引に引っ張り上げると、首筋に刀を押し当てる。あとは引き切るだけで俺の首筋から血が噴き出して死ぬ。これで俺の人生、ジ・エンドか。
ビーーーーッ!
終わりを覚悟した瞬間、強い光が目の前を通り過ぎた。それを察知した小太郎くんが俺から飛び退く。何事か!? と強い光が発せられた方を見れば、俺のスマホがあった場所に武田さんの従魔、覗く者のヒカルが浮かんでいた。
何で? と頭の中に『?』が浮かんだ次の瞬間、俺は影の空間から別の場所にいた。
「大丈夫か? 工藤?」
突然の明るさに目をしぼめながら、声の方へ振り向くと武田さんの姿が。周りにはタカシやオルさん、研究所の面々の姿もあった。ああ、そうか。武田さんが新たに取得した『転置』で、俺を転移させてくれたのか。ホッとすると同時に、左腕の痛みに顔を歪める。
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