第293話 人生に懊悩するフリ(前編)
「やってしまいなさい!」
ギィンッ!!
ティカの命令で、一斉に攻撃を仕掛けてきた魔物たちの動きが止まった。俺がその隙を縫うように、黒槍を伸ばしてティカを攻撃したからだ。残念ながら『結界』で阻まれてしまったが。
しかしティカは『結界』をザクトハに頼っていたはず。と注意深くティカを見定めると、その周囲をバスケットボール大の目玉が数体飛んでいた。どうやらあれらが『結界』を張っているらしい。って言うか、あれ何? 魔物?
「いきなりの奇襲だけど、残念だったわね」
その割りには声が震えているが、まあ指摘する事でもないか。
「下階で後手に回ってね。今回は先に中ボスを倒しておこうと思ったんだけど、世の中上手くいかないね」
「そうね、神はきっと、人生に懊悩している人間が大好きなのよ。でなければ、知的生物にこのような試練をお与えになると思えないわ」
「確かに。それには同意しかない」
きっと世の中もっと上手く回せるはずなのだ。なのにこれ程上手くいかないのは、神の趣味だと言われれば納得だ。
「だからと言って、その大波に飲まれて、人生の船を沈没させるつもりはないけどね」
「私だって、やっと見付けた導きの星なのよ。これを雲に
ここでもぶつかるのは、互いに譲れない信条って訳か。俺は呼吸を一拍置いて、もう一度アニンの黒槍を軽く握り直す。それに呼応するかのように、魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
ボンッ!
それを見越して、俺は『空間庫』から煙幕を取り出して辺りを白煙に包み込み、自分の姿を隠す。周囲は何もない牧草地だ。そんな中で身体を晒して戦うなんて、狙ってくださいと言っているようなものだからね。
白煙に融ける俺を見失った魔物たちは、俺の姿を探して右往左往し、密集していたが為に他の魔物とぶつかって
ゴブリンやオークに、オーガや凍血鬼、それに最初のヌーサンス島で出会ったカエルやら大トカゲの姿もあれば、見た事もない魔物の姿もあった。
頭の先に一つ目がギョロリと付いた大ムカデやら、一つ目の巨人やら、三つ目の大ガエルやら、八つ目のサイやら、どうやら目が強調された魔物が多い気がする。ティカの『完全魅了』が視線によって相手を魅了するスキルだからかも知れない。そんな事を考えながら、俺は白煙に紛れて魔物たちを次から次へと屠っていった。
「くっ!?」
が、だからと言って攻撃が来ない訳ではない。巨大ヘビが俺を飲み込もうと、その大口を開けて襲い掛かってきたのを、寸でのところで前転して躱す。
(この大ヘビ、ヌーサンス島にもいた奴だ。あの時は絶対に敵わないと思って息を潜めて隠れていたっけ)
ヘビにはピット器官と言う熱を感知するサーモグラフィーのような器官が目と鼻の間にあり、煙幕を使ったところで意味がなかった。これまで攻撃を仕掛けてこなかったのは、仲間の魔物が多過ぎて、身動きが出来なかったか。
大ヘビはその大口に相応しい巨大な牙を生やし、二又の舌をゆらゆら揺らし、こちらを威嚇してくる。それに対して俺は、槍先が大ヘビの頭に向かうように構え、それを感知した大ヘビは、一気に大口を開けて俺に襲い掛かろうしてきた。
「見え見えだよ!」
対する俺は、くるりと踵を返して反対側を向くと、大口のフェイントを無視して、後ろから迫ってきていた尻尾の攻撃にカウンターを合わせて黒槍を突き刺す。
「ギシャー!」
悲鳴を上げる大ヘビ。その巨体をうねらせて黒槍を無理矢理振り解こうとするより早く、俺は黒槍を引き抜くと、もう一度身体を反転させて大ヘビの正面へと向き合い、その頭に黒槍を突き刺したのだった。
頭蓋を貫かれて絶命する大ヘビから素早く黒槍を元に戻すと、残心を心掛けながらも周囲へと気を配る。煙幕は大分薄くなってきた。俺の姿は夜闇の中でも浮かび上がり、まだ数多く残る魔物たちが俺を視認する。
「ふう」
一息入れて、黒槍を握る手に力を込め直す。まだレベルアップは果たしていないようだ。武田さんの言だから、話半分程度だと思っていたのだが、もしかしたらこの場の魔物全部倒さないとレベルアップしないかも知れない。それだときついな。
再び襲い来る魔物たちに対して、俺はまた一段階ギアを上げる。こうなれば
(アニン!)
『まだ無理だな。『闇命の鎧』をまとうには魔力が足りない』
くっ。俺は歯ぎしりをしながら、魔物たちの怒涛の攻撃を紙一重で躱し、避け、いなし、その隙間に槍先を突き刺していく。『時間操作』で何とか保っているが、しかし多勢に無勢。しかも体力魔力ともにジリ貧となれば、押し込まれるのは必然だ。段々と攻撃がかする回数が増えていき、身体がふらつき、足がもつれ、眼前をかすめる攻撃に、死の恐怖を感じる。このままでは駄目だ!
(アニン!)
『やった事がない。が、出来なくはないだろう』
俺が瞬間的にイメージした提案に、アニンからGOサインが出た。同時に押し寄せる魔物たち。
「やったわ!」
俺を押し潰すように重なり合う魔物たちを見て、ティカは無邪気に声を上げたが、そこに俺はいない。その異変にすぐに気付いた奴らは、俺の姿を探すように、周囲をキョロキョロしだし、そしてティカの後ろに立つ俺の姿を見付けたのだった。
「くっ、いつの間に!?」
俺から飛び退くティカだったが、俺はティカを逃すまいと、黒槍を突き刺した。
バキンッ!
『結界』が破れて、黒槍が突き刺さった左腕から、血を滴らすティカ。
「何故? って顔だな」
アニンの黒槍を持つ俺の手は、『闇命の鎧』の手甲に覆われていた。
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