第292話 株分け
武田さんを乗せたゼストルスはどこか重たそうに宙を飛び、天頂の月まで彼を運んだ。そうして月の周りをぐるぐる飛び回ると、
ドーンッ!
こちらまで轟く破砕音を響かせて月が砕けると、その中から蛇腹状の何かが、いくつか地上に向かって落ちてくる。
「あれって、脱出シューターかな?」
月を見上げていたシンヤが独り言ちる。
「だろうな」
「何よ、脱出シューターって?」
疑問を素直に口にするバヨネッタさん。シンヤと俺以外地球人がいない状況では、知らないのも無理はないか。
「災害時などに高所から安全に、素早く脱出する為に考案された、脱出用の滑り台ですよ」
とシンヤが皆に説明している。しかしあの高さから脱出シューター使うとか、尻が摩擦熱で燃えそうだ。
「…………え? 今度は滑り台を上るの?」
勇者パーティは嫌そうだな。
「体力も魔力もまだまだあるからそっちは良いよ。俺なんてこんな状態だぞ?」
未だに四つん這いの俺を見下ろし、ラズゥさんに軽蔑の視線を向けられた。俺にそんな趣味はない。
「ゼラン様、どうにかなりませんか?」
余程俺と同じ境遇なのが嫌なようで、両手を合わせてゼラン仙者に頼み込むラズゥさん。
「これも修業だ。諦めよ」
これにラズゥさんはがっくり肩を落とす。残念でしたね。などと口にすれば、睨まれるのは必至だろうから言わない。
「残念だったわね」
バヨネッタさん、わざとですね。ラズゥさんが睨んでますよ。バヨネッタさんはどこ吹く風だけど。
「で? ハルアキは動けそうなの?」
「…………頑張ります」
俺の返答に嘆息したバヨネッタさんは、魔法で俺を浮かせると、トゥインクルステッキの後ろに俺を荷物でも置くように載せてくれた。
「どこかの誰かさんと違って、私は優しいから」
とゼラン仙者を見遣るバヨネッタさん。
「ただ嫌がらせをしている訳ではない。これは修業だ」
それに対して睨み返すゼラン仙者の言葉は、どこか言い訳がましい。
「どうかしらねえ。そもそも、空中の敵を想定せず、勇者たちに飛行系の魔道具の一つも渡していなかったのが問題なんじゃないかしら?」
バヨネッタさんの言葉に、歯ぎしりするゼラン仙者。
「確かにこやつらは既に
これを聞かされた勇者パーティの顔は暗い。
「と言うか、その飛行雲? にシンヤたちを乗せてあげる事は出来ないんですか?」
俺の質問に、そっぽを向いて良い顔をしないゼラン仙者。出来ない訳じゃないけれど、したくない。って感じだな。
「ここで時間を食うのは嫌なんですよ。こちらで融通出来る事があるなら、言ってください」
これを口にして俺は後悔した。そうしてにんまりと口角をあげる外道仙者。
「ほう? そうか? 悪いなあ」
バヨネッタさんに睨まれた。すみません。
「では、そうだなあ、私は株が欲しいな」
「か、株ですか!?」
どこでそんな言葉を覚えたんだ?
「ハルアキの会社は、これからの成長が期待されている気鋭の会社なのだろう?」
しかもウチの会社!? マジか!? くっ、ニヤニヤしやがって。
「分かりました」
「ほう? 良いのか?」
「ただし! ウチの会社の役員になって貰います!」
「ほうほう? 私を使おうと?」
「いえいえ、その神算鬼謀のお知恵を、たまにお借りしたいだけですよ」
俺の提案に対して、一度夜空を見上げたゼラン仙者だったが、ちらりとバヨネッタさんを見てから、「良いだろう」と口にした。これに対して、バヨネッタさんが良い顔をしなかったのは仕方ない。
「では勇者諸君、この雲を分けてやろう」
ゼラン仙者の言に呼応するように、仙者の雲は量を増やし、その後、二つに分裂した。
「飛行雲を操るには、数日必要なんじゃなかったんですか?」
俺たちが白い目で見ても、ゼラン仙者はどこ吹く風だ。
「あれはシンヤたちを鍛える為の嘘だ」
真正面から言い切ったな。シンヤたちとしてもこれ以上付き合っていられないと思ったのだろう。株分けされた飛行雲に、さっさと乗り込むのだった。
俺たちが月まで到着すると、リットーさんたちは月の内側で待っていてくれた。俺もここまで休息を取れば、身体も動くようになる。月の裏側に設置されていた階段を、皆と一緒に上っていく。十五分程上ると扉があり、それを開けると次の階層に到着した。
第三階層は牧草地帯だった。緑の草原が一面に広がり、その向こうでは山の稜線が夜空に融け込んでいる。きっと普段ならば家畜が草を
「いらっしゃい」
そしてそこで待ち受けていたのは、赤からピンクへとグラデーションする燃えるような髪を持つ美女、ティカだった。その姿を視認するなり、いや、それより先に俺たちは周囲に向けて各々武器を構えていた。当然だ。既に周囲は強大な魔物たちに囲まれているのだから。
「大層な歓迎会を催して貰って、痛み入るよ」
「良いのよ、素敵なゲストのあの世への送別会だもの、派手にいかないと」
俺の皮肉も、上手く返されてしまったな。第二階層も魔物だらけだったが、こちらの魔物たちは一味違うと肌感覚が告げている。
「こいつらは、『粗製乱造』で量産された魔物じゃあありませんね」
見れば魔物たちは同種でも一匹一匹違う造形をした魔物だ。『粗製乱造』で増やしたのではなく、ティカが己の『完全魅了』で配下にした魔物たちなのだろう。
「良かったですね武田さん、これだけ魔物がいれば、レベルアップし放題ですよ」
「俺としてはプレイヤースキルの問題もあるから、もう少しちょっとずつレベルアップしたいところだ。それより工藤」
「なんですか?」
「耳寄りな情報だ」
「聞きたくありません」
俺は聞く前に全否定した。したのに、
「おめでとう工藤。ここにいる魔物たちを倒せば、工藤のレベルがアップします」
などと宣うのだ。聞きたくなかった。だが、聞いたからには実践しなければならないだろう。何故なら俺は今、魔力が一割程しか回復しておらず、このまま第四階層、第五階層と上がっていき、ドミニクの下にたどり着いたとしても、魔力は全回復していないだろうからだ。それなら、ここでレベルを上げて、レベルアップとともに全回復した方が儲けものだ。
「はあ……、分かりましたよ! ここは俺が食い止めます! 皆さんは次階への階段を探してください!」
俺の言葉を言質と取って、皆は首肯すると八方に散っていった。
「なんだ。追わないんだな」
俺が尋ねると、首を横に振るうティカ。
「ドミニク様から、まずあなたを殺すように仰せつかっているの。だってあなたを殺せば、今世界を覆っているあの結界が消えるのでしょう?」
成程。下のランドロックといい、俺に執着していると思ったら、ちゃんと理由があったんだな。確かにそう言われれば、俺は安全な所に隠れて、ドミニクが殺されるのを待っていた方が堅実だったかも知れないな。まあ、来ちゃったものは仕方ない。ドミニク倒すか。と、その前に、
「まずはこいつらからだな」
俺は周囲を警戒しながら、アニンの黒槍を構えたのだった。
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