第592話 要望を出す

「また『記録』か。はあ……」


 溜息をこぼす俺を見て、カヌスがにやにやと話し掛けてきた。


「その様子だと、領地同盟の会議の時と違い、『記録』がどう言ったものか、理解したようだな」


 これにも溜息をこぼす。


「ええ。ギフトが『虚空』になったからですかね? 今までその全容が分からなかった『記録』の真価は分かりました」


「ほうほう。分かった上で、ハルアキはこの提案を持ち掛けてきたのか」


「そうですよ」


 俺が当然のように返事をした事に、カヌスは驚き、呆れて嘆息を漏らす。


「『記録』の真価は有益だが、脳と心に特別負荷を掛けるものだ。人間の身で耐えられるものとは思えないが」


「ふふ。魔王様は人間と言うものを理解していないようですね。人間、死ぬ気・・・になれば、実力以上のものを出す事が出来るものなんですよ」


 これにまた嘆息をこぼすカヌス。


「確かにな。僕が魔王として人間と対峙していた頃も、死を覚悟した人間程、怖いものはなかった。これは今回のゲームも本気であたらねばならなさそうだ」


 おっと焚き付けてしまったか。まあ、良いや。『記録』の真価を引き出すまでもなく、一回で片を付ければ良いのだから。


「さあ、レギュレーションを決めましょう。先程宣言していた通り、そちらはカヌス様お一人でよろしいのですね?」


「ああ。それで良い」


 鷹揚頷くカヌス。


「では、こちらはリットーさんとカッテナさんを抜いた六人で対戦させて頂きます」


「六人か。そう言えば、事と次第で少し面子を絞ると言っていたな」


 カヌスは無自覚だろうが、何とも白々しく聞こえる。シンヤたちとともに行動していたリットーさんのスマホには、そもそもピクトレーサーがダウンロードされていないし、俺のスマホは現在カヌスが所持しているので、必然的にもう一人欠く事になるのだ。なので七人の中でピクトレーサーが一番下手なカッテナさんが抜ける事になる。


「そちらだって、スマホがなければ、ゲーム自体出来なくて、こちらの不戦勝になりますが?」


 俺の嫌味に、「ああ」と思い出したかのように、カヌスが『空間庫』から俺のスマホを取り出し、俺へと投げてきた。慌ててそれを受け取る。精密機械を投げるなよ。


「その心配をしていたのか。それなら返すよ。僕にはこれがあるからね」


 とカヌスが新たに『空間庫』から取り出したのは、握り易いグリップ付きのスマホだった。やっぱり俺のスマホを『複製』でコピーしていたか。更に魔改造までして。


「これで一対八か」


「いえ、リットーさんのスマホにはそもそもピクトレーサーがダウンロードされていませんし、リットーさん自身、ピクトレーサーで遊んだ事がないので、除外して一対七ですね。流石に全く遊んだ事がない人を、命の掛かったゲームに参加させるのは、まあ、足手まといになるので」


 俺たちは買い取った温泉宿だったり、この安全地帯の町に来てからも、まあまあの頻度でピクトレーサーで遊んでいたから、俺と武田さん以外も、初心者に毛が生えた程度にはピクトレーサーを操作出来るのだ。


「それで勝てると言うなら異存はないが、先程ハルアキが宣った通り、僕が勝ったら、その竜騎士にも死んで貰うよ?」


 カヌスのその言に、俺がちらりとリットーさんの方を見遣ると、リットーさんはこくりと頷いてみせた。リットーさんも覚悟は決まっているようだ。


「それで構いません」


「……そうか。ではレギュレーションを詰めていきたいところだが、その前に私の方で要望がある」


「要望、ですか?」


 ここで要望を出してくるって事は、こちらに不利なものに違いない。が、ゲーム勝負なんかでこのエキストラフィールド脱出を要求したのはこちらだ。ここでカヌスの要望を突っ撥ねるのは、何となく仁義に欠ける気がする。どうするか、皆を見遣ると皆の視線は、俺に任せる。と物語っていた。


「…………話を聞きましょう」


「対戦前に、そちらのノートPCだったかな? を『複製』させて欲しい」


「ノートPCを?」


 カヌスの視線が武田さんの方を向いているので、『複製』したいのは武田さんのノートPCで間違いないだろう。う〜ん。武田さんのノートPCには、ピクトレーサーの元であるピクトがインストールされている。ピクトとピクトレーサーとの互換性から、ピクトを用いてピクトレーサー用のコースを作成出来るが、それが狙いとは思えない。恐らくカヌスはその事を知らないからだ。となると、武田さんのノートPCに保存されている、これまでの旅で得てきた様々な情報が狙いだろうか?


「目的をお聞きしても?」


「なに、今回のゲーム勝負を盛り上げるのに使えるかと思ってな」


「盛り上げる、ですか?」


 ちょっと意味が分からないな。


「ハルアキは、今回、どのように決着をつけるつもりだ?」


「それは、ピクトレーサーで一対七で勝負して、我々七人のうち、一人でもカヌス様に勝ったら、このエキストラフィールドから出して貰おうかと」


「だろうな」


 含みがある応えだ。俺の回答に間違いはないと思うが。


「だが、ルールのある勝負事となると、それを裁定する審判者が必要だ」


「はあ」


「もっと言えば、誰から見ても勝った。と思わせなければ、ハルアキたちをここから出すのは、僕としては憚られる」


 カヌスが何を言わんとしているのか、何となく掴めてきた。


「つまり、誰も見ていない場所で勝負して、我々が勝ったところで、下にいる住民たちへ勝利宣言をしても、何人がそれを信じるか、と言いたい訳ですか?」


 この答えに口角を上げるカヌス。


「ああ。この勝負、やるなら大勢の前でやる必要がある」


 確かに。一理ある。が、


「この安全地帯の町で生活している者たちの中に、ピクトレーサーのルールを知る者はいない」


 先にカヌスに言われてしまった。その通りだ。どんなに面白いゲームでも、ルールが理解出来なければ、見ていてもつまらないだけだし、勝った負けたの勝負事も、どっちが勝ったか判断出来ない。


「なので、ノートPCの複製をカジノの一角に設置し、大画面に接続、ピクトレーサーのダウンロードされた複製スマホを配る事で、実際にピクトレーサーを遊んで貰い、ピクトレーサーがどのようなゲームなのかを、ここ安全地帯の町に住む住民たちに周知しようと言う訳さ」


 成程。


「そしてゲームのルールが住民たちに周知されたところで、ゲーム勝負を衆人環視、この場合は住民が多く集まれる闘技場が良いでしょうか。そこで大々的にゲーム勝負をしよう。と言う訳ですか」


 これに鷹揚に頷くカヌスは、とても満足そうな顔をしている。しかしなあ。上述した通り、武田さんのノートPCには、俺たちの情報も入っている。これを覗かれる可能性を考えると、承諾するのが躊躇われる。


「問題ない」


 そう発言したのは武田さんだった。バッと武田さんを見遣ると、真剣な顔で首肯を返してくれる。


「そっちが欲しいのは、ゲーム……あと映画もか」


「ああ」


 武田さんの問いにこちらも首肯で返すカヌス。そうか、映画館用の映画も、武田さんのノートPCに入っているのか。


「だったら、他のデータは別のPCに移し替えれば問題ない」


「武田さん、二台持ちだったんですか?」


「壊れた時用に、予備を持っておくのは当然だろう」


 はい。そうですね。すみません、スマホ一台でここまで来て。と言うか、


「もしかして、スマホも二台持っていたんじゃ?」


「工藤、お前、自分のスマホをおいそれと他人に渡したいか?」


 それはそうか。何であれ、カヌスの要望は叶えられそうだ。

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