第593話 レギュレーション
二つのノートPCをコードで繋ぎ、情報の移し替えや削除を終えたら、カヌスの後ろに控える亡霊の女性が、武田さんの前までノートPCを取りに来て、それを受け取りカヌスの元まで持っていく。そうして手にしたノートPCを、カヌスはその場で『複製』して、元のノートPCは武田さんに戻された。
はあ、何であれ、これでやっとレギュレーションの話に入れるな。紅茶を一口飲んで口の滑りを良くすると、俺は改めてカヌスと向き直る。
「勝負はピクトレーサー。カヌス様対こちらはリットーさんを除いた七名で挑ませて頂きます。それでよろしいですね?」
俺の説明に鷹揚に頷くカヌス。ここまでは話の流れから問題ない。次だ。
「勝負はノーマルルールで、一戦はコースを三周。それを三戦して先に二勝した方が勝ち。でよろしいですね?」
「そこは譲歩しよう」
カヌスの言に、心の中でホッと一息吐く。命の懸かった真剣勝負だ。一戦勝負と言ってきてもおかしくなかった。向こう的に譲歩したのだから、それでも勝てる。と踏んでの事だろうが、これも僥倖と言える。
「コースはどうしますか?」
スマホ版のピクトレーサーには、全部で二十コースある。これでも少ない方で、据え置き機やPC版は百コースを超え、更にはピクトと組み合わせる事で、コースを作成する事も可能である為、実質ピクトレーサーのコースは無限にあるとも言えるのだ。
「コースか……」
「何でしたら、カヌス様が得意なコースに絞って頂いてもよろしいですよ?」
俺の提案に首を横に振るカヌス。
「僕がコースを絞ったら、そちらが対策し易くなるだけだろう」
バレたか。
「コースは当日、ピクトレーサーに収録されている二十種のコースから、ランダムで選ばれたコースでレースをする。そちらがピクトを使って作成したコースも駄目だ」
まあ、妥当な落としどころと言えるな。この勝負に公平性を持って臨むカヌスからしたら、当然の要求だし、普通過ぎるとも言える提案だ。
「レース前のマシンのチューニング時間はどうしますか?」
このピクトレーサーには、レース前にコースに合わせてマシンをチューニングする時間が設けられている。オフロードやオンロード、空中に水中に宇宙など、コースが多岐にわたるからだ。コースに合わせてマシンをチューニングしなければ、到底勝ちは望めない。
「標準の一分三十秒だ」
これはそう来るだろう。一分三十秒は短いと思うだろうが、これはピクトレーサーなら、事前に様々なコースに合わせた部品を用意しておくのが当たり前で、一分三十秒以内に部品をコースに合わせて交換するのが普通だからである。次に、
「スキルやギフトなど、魔法の使用もオーケーして貰えますか?」
「一部だな。例えば、ハルアキの『六識接続』で七人全員と意識を共有して、状況を把握して僕を出し抜くつもりなのは構わないけれど、ダイザーロだっけ? その少年のスキルで、電気で動くこのゲームに異常を起こさせて、そちらに有利な状況を作り出すのは駄目だし、もちろんPCやスマホ自体を破壊して、ゲームをぶち壊しにして再勝負なんてのは論外だ。それをしたら即刻死が待っていると思ってくれたまえ」
まあ、それはそうだろうな。それに口にはしていないが、カヌスもスキルなりギフトなりを使ってくると考えておいた方が良いだろう。こちらだけ魔法オーケーとはならないはず。
「では最後に、勝負の期日ですが、二日後でよろしいでしょうか?」
「二日? 早くないか?」
こちらとしたら一刻も早く、このエキストラフィールドから脱出したいのだ。
「ハルアキ、急ぐ気持ちは分かるけれど、ここは慎重を期すところよ」
反論が出たのは、横のバヨネッタさんからだった。その一言にハッとして仲間を見ると、皆どことなく不安そうな顔をしている。ふう……。確かに。俺一人でカヌスに挑む訳じゃない。ここ冒険者ギルドにカヌス本人がいて、ここまでトントン拍子にきたから、そのままの勢いで突っ走ってしまうところだった。あれやこれやを短期間に詰め込んで、本番でボロが出たら、目も当てられない。
「すみません、撤回させてください」
「ああ、別に良いよ」
カヌスが穏健な魔王で良かった。俺は一息吐くと、皆へと目を向けた。
「どうします? 皆さん何日くらい必要ですか?」
「そこはハルアキくんの作戦次第じゃないかなあ。この勝負において、我々はハルアキくんの駒になるのだろう? 難しい作戦を用意されるとなれば、それ相応の練習時間が必要になってくるよ」
ミカリー卿の言葉は、全員の総意であるらしく、これに首肯する。まあ、確かに、それはそうだよなあ。リットーさんを除く全員との対戦を『記録』してあるから、誰がどの程度の戦力になるのかは理解しているつもりだ。そこから、レースにおいて皆に何をさせるかのビジョンは、既に俺の頭の中にある。が、全二十種のコースの何が選ばれるかにより、勝率が格段に違ってくるのも事実だ。
苦手なコースは捨てて、得意なコースが出てくる事を祈ってそちらに注力すれば、短期間で勝率は上げられるが、三戦して三戦とも苦手なコースになる可能性だってあるのだ。こちらには幸運のダイザーロくんがいるが、向こうは初代魔王のカヌスだ。どちらの幸運値が高いか、俺には推し量れないので、そうなってくると、どうしたって苦手コースが出てきても、一厘の勝ちの可能性を模索したくもなる。
二十コース。午前と午後に一コースずつみっちり練習して、十日か。それだったら初めから、四つの最奥のダンジョンに挑んだ方が良かった気がしてくるな。確か、五十%の確率で当たるクジを二回引いて当たりが出る確率は七十五%だったっけ。それなら、半分の十コースだけみっちり練習して、残る十コースは捨てよう。これで練習期間は半分の五日になる。
「勝負は六日後でどうでしょうか?」
俺は今一度カヌスと向き直り、そう提案した。これに鷹揚に頷くカヌス。
「それで良いだろう。それだけ時間があれば、住民たちにピクトレーサーのルールや仕組みを十分周知させる事も出来るからな」
カヌスの懸念はそこだったのか。まあ、闘技場で興行としてやるなら、一人でも多くルールを知っている方が盛り上がるだろうし。
「では、これでレギュレーションは決定。と言う事で?」
「ああ」
カヌスの返答を聞いて、俺は薄青い依頼票に細々とした依頼内容やレギュレーション、日程などを書いていき、それが書き終わったら、カヌスの後ろに控える亡霊の女性が、それをカヌスのところへ持っていき、カヌスが依頼票にサインをする。これで依頼確定だ。この依頼票を、亡霊の女性が受付に持っていく為に会議室から出ていった。
「ふふっ。ゲームと分かっていても、どうやって僕を倒しにくるか、興奮するね。久しく忘れていた感情だよ」
会議室に一人残ったカヌスは、当日が待ち切れないようなワクワクした顔をして、自身の前に置かれたお茶に口を付けるのだった。
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