第594話 ゲーム勝負当日

 冒険者ギルドでのカヌスとのやり取りの後、宿屋へ戻って来た俺たちは、店主にもう一部屋借りて、そこをピクトレーサーの特訓部屋とした。部屋の四隅にはバヨネッタさんが結界用に小型の柱を置き、そこに俺がカッテナさんの『付与』で『聖結界』を付与する事で、この部屋を俺たち以外入れないように施す。


「さて、やるべき事は決まっています」


「特訓ね」


 バヨネッタさんの言に頷く。が、それだけではない。


「それもそうですが、まずは役割分担を決めないと。なので、今から何レースかして、速い者数名を、カヌスと真っ向勝負する係に、遅い者にはカヌスの走行の妨害をする係になって貰います」


「まあ、それが妥当だろう。だがそうなると、この中でダントツに速い工藤は、もうカヌスと勝負するので決定だろう?」


 俺の話を聞いて、武田さんがそのように言ってくる。


「いえ、俺は、カヌスと勝負するのと邪魔をするの、両方を視野に入れて臨もうかと。『六識接続』もありますから」


「コースによって作戦を変える必要があるからか。確かに、ピクトレーサーに精通しているうえ、『六識接続』でリアルタイムで全員の状況を把握出来る工藤なら、相手が嫌がる手を打てるか」


 これに首肯する。


「なので、皆さんには、とりあえずこれまで使ってきた自機で普通にレースをして貰い、その結果を元に、役割を振り分けていきたいと思います」


 俺の話を聞きながら、武田さんがノートPCを立ち上げ、皆の各スマホと接続し、ピクトレーサーを始める。一人暇なリットーさんは、ノートPCの画面で展開されているレースに興味津々らしく、食い入るように七機の目線に分割された映像を見入っていた。



 六日と言う時間は、ピクトレーサーを上手くなるには短い時間であり、朝昼夜と特訓漬けで過ごしてもあっという間で、気付けばもうカヌスとのゲーム勝負当日となっていた。


「うう」


 落ち着かないダイザーロくんが、俺たちに宛てがわれた控え室の中を行ったり来たりしている。


「少しは落ち着きなさい。そんなにうろちょろされたら、こちらの集中力が削がれるわ」


 バヨネッタさんの忠言に、更に「はあ」と肩を落として、ダイザーロくんはバヨネッタさんの目に入らない隅っこの椅子に座るが、今度は貧乏揺すりを始めている。まあ、今後の未来が懸かっているとなると、落ち着かないのもしょうがないだろう。むしろ、他の皆が落ち着き過ぎな気もするかな。


 いや、テーブルに置かれた紅茶の減りが早く、カッテナさんが何度となく皆のカップに紅茶を注ぎ直しているところ、皆も内心落ち着いていないのだろう。


 コンコンコン。


 そんな風に皆が皆、これから行われるゲーム勝負に気を揉んでいる中、入口のドアがノックされ、皆の視線がバッとそちらへ向けられた。


「はい」


「お時間ですので、皆様、闘技場の方へお越しください」


 俺がノックに応えると、ドア越しにそんな返答がなされ、さて出番か。と皆が立ち上がる。


「スマホは?」


 確認の為に皆に尋ねると、皆が懐からスマホを取り出す。


「ノートPCはカヌスが『複製』したものを使用するでしょうけど、武田さんも一応持っていってください」


「分かっている」


 と『空間庫』からノートPCを取り出してみせる武田さん。


「飲み物と食べ物も。ゲーム勝負と言っても、相当脳を酷使するでしょうからね」


 これにはカッテナさんが頷いてみせた。問題ないようだ。


「では、行きましょうか」


 俺の言に皆が頷き、俺が先頭になって入口のドアを開けると、先程俺たちを呼びに来ただろうスタッフがドアの脇に立っており、その先導で闘技場へと歩き出す。


 左曲がりの曲線を描く通路を進んでいくと、その途中にある左の壁に、上へと続く階段が見えてきた。それを上っていくと、上方からザワザワとざわめきが聞こえてきて、それが階段を上る程大きくなっていく。


 上方に目を向ければ、眩しい光が差し込んできて、その光に導かれるように階段を上りきれば、出口の先には闘技場の舞台が敷かれていた。ここまで来ればざわめきは煩い騒音であり、それが観客たちの期待の声であると分かる。


『煩いわね』


『これじゃあ、すぐ隣りの人と話しても、何を言っているのか分からないね』


 既に全員と『六識接続』はなされており、これによってバヨネッタさんとミカリー卿の『念話』が、俺の脳内に流れてくる。それに皆も同意らしく、うんうんと頷いていた。


 お祭り好きは人間も魔物も変わらないなあ。などと俺が思っていると、観客席から一際大きな歓声が巻き起こった。何事か!? と出口から闘技場を覗き込むと、舞台の上空に設置されている大型ビジョンに、カウントダウンが出現し、それに合わせて観客たちがカウントダウンを刻んでいたのだ。


 5、4、3、2、1、


「ゼローー!!!!」


 観客たちが一つとなって声を張り上げ、その後にまた「うおー! うおー!」と叫声がけたたましく闘技場を揺るがせる。それがまるで地震のようで、闘技場がまた壊れるんじゃないかと不安になるが、舞台上のビジョンに俺たちの姿が映し出された瞬間、それまでの歓声が嘘のように静まり返った。その恐ろしい程の静寂に混じり、観客席全体から殺気が放たれている。完全にアウェイだな。


「それでは、ご入場お願いします」


 何でもないかのようにスタッフにそう告げられ、逃げ出す訳にもいかない俺たちは、覚悟を決めて舞台へと歩を進めた。俺たちが現れても、闘技場はシーンと静まり返ったままで、ただ射殺さんばかりの殺気が俺たちに注がれており、これだけで生きた心地がしない。


 舞台の中央には大きな丸テーブルが設置され、その中央には『複製』されたノートPCが置かれている。俺たちがその丸テーブルまでたどり着いたところで、また闘技場が割れんばかりの歓声に包まれた。今度は何事か!? とキョロキョロすれば、俺たちの向かいからカヌスが現れ、悠然とこちらへ歩いてくるのだった。

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