第595話 勝負前

 割れんばかりの歓声に対して、カヌスがスッと右手を上げると、サーッと静まり返る闘技場。なんて訓練された観客たちなんだ。


 パチンッ。


 静けさを取り戻した闘技場に、カヌスが鳴らした指の音が響く。すると、丸テーブルだけだった舞台中央に、人数分の椅子が現れた。しかもゲーミングチェアだ。何でこんなもの知っているのやら。


「さて、始めようか」


 余裕の笑みを浮かべ、俺たちとは対面にある椅子に座るカヌスに対して、俺は右手を上げた。


「戦う前に一つよろしいでしょうか?」


「何かな?」


「ゲームをやるメンバーの変更を、お許し頂きたいのですが」


「メンバーの?」


 これを聞いて、俺たちを順々に視野に入れるカヌス。特に目を向けたのはリットーさんだ。


「それは、三戦通してかい? それとも一戦ずつ?」


 痛いところを突いてくる。


「ケースバイケースですかね」


 俺の一言に、顎に手を当て、カヌスは考える素振りをみせる。


「まあ、良いだろう。依頼票には、選手の交代をしてはならない。との項目は書かれていないからね。そちらの好きにすると良い」


 ふう。良かった。これで勝率がかなり変わってくるからな。


「他に言っておきたい事はないな?」


「はい」


 そう返事をして、俺たちは割り振られた席に座る。座らないのはカッテナさんとリットーさんの二人だ。


「ふむ。その二人をコースで使い分ける訳か」


 カヌスの言う通りだ。この六日間、毎日寝る間も惜しんでピクトレーサーをやってきた俺たち八人。その毎日のレースの日課になっていたのが、順位付けである。七人で走り、誰がどの順位になるかで、作戦が変わってくるので、大事な事だった。


 そんな順位付けのレースに、「私もやってみたい!」と参戦してきたのが、リットーさんだった。まあ、毎回同じ面子でレースをやっても、結果は目に見えているので、趣向を変える意味も含めて、リットーさんにピクトレーサーをやらせてみたのだが、これが意外と上手かったのだ。


 考えてみればそれも一理ある話で、リットーさんは遍歴竜騎士であり、普段から大空を縦横無尽に翔け巡っていた訳だから、ピクトレーサーの操作方法さえ覚えてしまえば、どんなコースであろうと、相応の結果を出す事が出来た。ぶっちゃけ、カッテナさんより圧倒的に上手かったのだ。


 順位付けのレースの最終結果は、俺を除くと、ダイザーロくんが一位で、以下、リットーさん、バヨネッタさん、武田さん、デムレイさん、ミカリー卿、カッテナさんと言う順位となった。


 なので上位勢にはカヌスと真っ向勝負をして貰い、下位勢にはカヌスの妨害をして貰う運びとなったのだが、このゲームに出場出来る選手は七人までだ。となると必然的に一人出場出来ない選手が出てくる。


 これには頭を抱えてしまった。こちらは七人で出場すると依頼票に明記してしまっていたからだ。カヌスの『複製』や俺の『模造』で、ピクトレーサーのダウンロードされたスマホは造れるから、出場人数を増やす事は可能だ。


 それに恐らく、ジオでもベイビードゥでも通して、カヌスに依頼票の内容の変更を申し出れば、カヌスの方も受けてはくれただろうが、噂千里を走るとも言う。俺たちが後から依頼の変更を願い出た話は、瞬く間にこの安全地帯の町はおろか、六領地全域に伝播してもおかしくない。そうなれば、人間はすぐに約束を反故にするとの噂が立ち、後々六領地で活動するに当たって、人間側が不利益を被る事になるだろう。


 それを防ぐ為に、依頼の穴を突く形で、レースごとにメンバーを入れ替える作戦をとる事に落ち着いた。何故なら、コースによっては、速ければ速い程良いコースもあれば、頭を使うコースもあり、乱戦になるコースもあるからだ。ただ速ければ良い訳ではないのだ。


「ふう」


 心を落ち着かせるように息を吐き、ゲーミングチェアに身体を預けて、手に握られたスマホを、舞台中央にあるノートPCと接続する。ノートPCでは既にピクトのアプリが立ち上がっており、それとリンクさせる。既にピクトのアプリ内にはルームが作られており、一人入室していた。当然ホストであるカヌスだ。そこに俺も入室して、他の面々も続々と入室してくる。リットーさんとカッテナさんのところも、リットーさんが入室した。


「じゃあ、コースを選択しよう」


 役者が揃ったところで、ワクワク顔のカヌスがコース選択画面でランダムを選ぶ。ピロピロピロと二十種あるコースが映っては消えを繰り返し、そして選ばれたのは、砂漠コースだった。


「くっ」


 これに俺たちの顔が曇る。砂漠コースは広大な砂漠の中にオフロードコースがあり、その開けた広大さの為に、妨害をする障害物が少ないのだ。こうなると純粋にマシン性能とテクニックの勝負になり易く、TASを出している。と豪語しているカヌスに有利なコースと言える。


「おやおや? もう負けたかのような顔をしているが、大丈夫かな?」


 カヌスの煽りに、闘技場の観客席から笑い声が上がる。この六日間、カジノでピクトレーサーは盛況で、ゲームをする為に二時間待ち三時間待ちは当たり前で、カジノではゲームが遊べるスマホやノートPCを増産して対応していたと宿屋の店主から耳にした。なのでこの闘技場にいる観客たちは、このコースがどんなコースか、理解しているのだろう。だからこそ笑い声を上げたのだ。


「ははっ。あの日も言いましたけど、予選でいくら速く走れたからって、本戦が思い通りになるとはいきませんよ?」


 俺の精一杯の虚勢も、闘技場の笑い声に掻き消されてしまったし、カヌスも笑顔を崩さない。ぐぬぬ。


『落ち着きなさい。このコースは出ると踏んで、特訓をしたコースの一つ。冷静に対処しましょう』


 バヨネッタさんの念話に、俺たちは目配せをして、互いに頷き合うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る