第357話 ヒーラー
「それで、何か分かったんですか」
「水にもお湯にも溶けないのは、本当みたいだねえ」
だからそう言っているのに。まあ、学者としては自分で調べて確かめたかったのだろう。オルさんの机には、顕微鏡の他にも実験器具が色々ある。学校で見た事のあるものもあれば、ないものもあり、今ビーカーの水を沸騰させているのは、魔道具の火である。
「形は塩だね。良くあるサイコロ型の結晶だけど、恐ろしく綺麗なサイコロ型だ。まだちゃんと調べていないけど、恐らく縦横高さ全て同じ長さの、正六面体なんじゃないかな」
へえ。まあ、ギフトで生み出された魔法の塩だからな。形が正確であるのは頷ける。
「大きさは普通の塩よりも小さいかな。個々の大きさは様々だね。目視で見ても粒が揃っていない」
「そうなんですか?」
そこまで細かくチェックしていなかったなあ。
「ああ。形がこれ程正確なのに、粒の大きさが揃っていないのは、多分ハルアキくんの魔力の問題だろうねえ」
「俺の魔力、ですか?」
「うん。魔力の扱いに
斑ねえ。
「扱うのは極小の塩だからねえ。それだけ繊細なコントロールが要求されるんだろうねえ」
想像するだけで難しそうだ。
「さてと……」
と独り言をぼやきながら、オルさんはプレパラートにピンセットで塩を置いていく。
「結構大きな顕微鏡ですけど、普通の顕微鏡なんですか?」
「いや、これは魔導顕微鏡だよ」
魔導顕微鏡!? 流石は異世界。そんな顕微鏡が存在するのか。
「ほら、浅野さんがガイツクールと一緒に色んなデータを寄越してくれただろう? その中にこの顕微鏡のデータもあってねえ。それを元に作ったんだ」
……ああ、そうだったんだ。流石は『再現』のスキルの持ち主だ。
「…………ん?」
「何か分かったんですか?」
「いや…………。え? ちょっと待って…………」
何やら慌ただしくプレパラートの上の塩を何度も取り替え、そして横のパソコンから何やら画像を呼び出して、それと顕微鏡を何往復もするオルさん。
「いや、え? こんな事ってあるのか?」
オルさんは言いながら天を仰ぐ。俺とアンリさんも一緒になって上を見上げるが、あるのは蛍光灯の付いた天井だけだ。
「ちょっと待ってねえ」
と言いながらオルさんは立ち上がると、冷蔵庫から氷を取り出し、塩を入れたビーカーから別のビーカーに分け、そこに氷を一つ置く。何で? と首を傾げる暇もなく、氷は見る見るうちに溶けていった。
「は? え? どう言う事ですか?」
俺が尋ねても、オルさんは反応せず、ビーカーにどんどん氷を投入していく。どんどん溶けていく氷。そう言えば塩には氷や雪を溶かす作用があるって、浅野とトモノリが言っていたっけ。これか? でも、明らかに異常に溶けてないか?
「ああ。氷からなら、水に溶けるのか」
そんな独り言を呟くオルさん。そうなんだ。氷からなら、ねえ。へえ〜。
「旦那様。そろそろ何かしらご説明頂きませんと、ハルアキくんが混乱しておられますよ」
アンリさんがそう言うと、オルさんはハッとなってこっちを振り返った。
「ああ、悪いねえ。ちょっとびっくりしてしまって。思考する事で手一杯になっていたよ」
確かに、オルさんも驚いているようだった。
「さて…………、ハルアキくん。細胞内共生説と言うものを知っているかい?」
神妙な顔をしたオルさんが、いきなり何を言い出したのか、一瞬俺には理解出来なかった。だが俺を見詰めるオルさんの顔は真剣そのものなので、きっと関係があるのだろうと、それを飲み込む。
「ええっと、あれですよね? ミトコンドリアとか、葉緑体とか、ゴルジ体とか、細胞小器官は、その昔は細胞の元になった真核生物とは別の生き物で、生き残る為に細胞に取り込まれ、細胞小器官になったって説、ですよね?」
首肯するオルさん。合っていたらしい。が、それがどう関係しているのか分からない。
「実は以前、ポーションがどのようにして傷を癒やすのか解明しようと、この顕微鏡でポーションやポーションの材料となるベナ草を調べた事があるんだけど、その時に、ベナ草には他の生物には存在しない、細胞小器官が存在する事が分かったんだ」
へえ。
「つまりその細胞小器官が、ポーションで傷が癒える理由って訳ですか?」
オルさんが首肯する。成程。潰したり何なりしてベナ草に傷を付ければ、細胞壁が傷付いて、そこからその細胞小器官が水に溶け出し、ポーションになるって寸法か。
「その細胞小器官が、どう言う仕組みで傷を癒やしているのかは未だ解明中なんだけど、その細胞小器官を、この研究所の研究員たちは、ヒーラー体と呼んでいる」
ヒーラー体ねえ。妥当な名前だなあ。ゴルジ体みたいに発見者の名前にしなかったんだ。オルバーニュ体とかね。
「それで、ここからが驚きの事実なんだけど…………、そのヒーラー体がハルアキくんの塩の中にも存在しているようなんだ」
……………………は?
「え? ちょっ、どう言う事ですか?」
「それは僕が聞きたいよ。全ての塩の結晶の中にヒーラー体がある訳ではなかったけれど、一割には入っていた。どうなっているの? 塩を生成するギフトだよね? ポーションを生み出すギフトじゃないよね?」
「そ〜う〜で〜す〜よ〜〜〜〜」
肩を持って揺さぶるオルさんに、俺は激しく首を縦に振るしかなかった。
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