第147話 紹介・商会

「ナナマチさん、ちょっと良いかしら?」


 客室で化粧品を選ぶご令嬢の一人が、化粧品を一つ指差し七町さんに尋ねる。


「そちらはベースメイク用の化粧品でして、化粧をする前にそちらを顔に塗って頂く事で、シミを隠したり化粧のノリが良くなる品でございます」


「まあ、そうなの。良いわね」


 七町さんがサリィに来てから二日目。七町さんは貴族の女性陣に大人気だ。


「このようにアイラインを引く事で、目を大きく見せる効果があります」


 マスタック家で働く侍女さんの一人に化粧品のテスターになって貰い、集まった女性陣の前で、七町さんがその侍女さんに化粧を施していく。その様子を食い入るように見詰める女性陣。説明する七町さん以外声も発しない集中っぷりだ。



「はああ、疲れた〜」


 女性陣が帰った後、ソファに倒れ込む七町さん。


「お疲れ様です。助かりました」


 俺はお茶を淹れて七町さんにお出しする。


「こんな事する為に役人になったんじゃないんですけど」


 お茶を飲みながら愚痴る七町さんだったが、顔は満更でもなさそうだ。故郷に錦を飾るじゃないが、前世の世界で手が届かなかった貴族令嬢たちにチヤホヤされたのは、気持ちの良いものだったらしい。


 そこに部屋の扉をノックする音が響く。


「はい」


「ブストー商会とシシール商会の方がお見えになっております」


「通してください」


 早かったな。シシール商会はラガーの街にある商会だ。こんなに早くシシール商会の人間が来るとは思っていなかった。客人が来た事で、ソファでだらしなくしていた七町さんがビシッと姿勢を正す。


「どうもシシールです。先日はありがとうございました」


 来たのはシシール会頭本人だった。


「え? シシールさん、サリィに来てたんですか?」


「ええ。お陰様でブストー商会さんの協力もありまして、サリィに支店を出す事になりまして、その下見に来ていたところなんです」


 何でもシシール商会はブストー商会との共同出資で、サリィに薬品と化粧品の店を出すのだと言う。それで丁度サリィに来ていたところに、俺からブストー商会を通して呼び出しがあったのだ。


「なんだか、すみませんと言うべきか、ありがとうございます、と言うべきか」


「いえ、こちらこそありがたい限りです。何でも新しい化粧品をこちらに紹介してくださるとか」


 と、シシールさんはテーブルに並ぶ化粧品をチラチラと見遣る。


「シシール会頭、化粧品に目が向くのは分かるが、私の紹介もして貰えますか?」


 とシシールさんの隣りの細身に眼鏡の男性が、我慢出来ずに声を発する。


「そうでした。ハルアキ様、こちらはブストー商会の会頭、ブストー氏です」


 紹介されたブストー氏が、こちらをじっくり見た後に、頭を深く下げる。


「ブストーです。今後ともよろしくお願い申し上げます」


「いやいや、そうかしこまらないでください」


 俺がそう言って初めて頭を上げるブストー氏。あくまで下手に出るその態度は、プロの商人だと思わせるものがあった。


「そしてこちらはサリィの商人ギルドのデムスさんです」


「デムスです」


 続いて紹介されたのは赤黒髪の男性だった。恐らくドワヴなのだろう。背は低く身体がガッシリしている。


「商人ギルドですか?」


「はい。ハルアキ様は現在自由に外出出来ないと聞いております。でしたらこちらでライセンス契約を済ませてしまおうかと思いまして」


 とデムスさんが語る。成程、確かに今の状況では、商人ギルドに行くのは無理があるな。


「それはわざわざありがとうございます」


 と俺はデムスさんともあいさつを交わす。するとやって来た三人の視線は、自然と部屋にいるもう一人の人間、七町さんに向けられる。


「ああ、彼女は俺の同僚? の七町さんです」


 俺が紹介すると、七町さんは立ち上がり、自ら自己紹介を口にした。


「カレン・ナナマチです。ナナマチと呼んでください」


「ご同僚でしたか」


 と社会人らしく全員であいさつを交わし、席に着く。


 そして行われる化粧品のライセンス契約。これらがつつがなく行われたところで、改めて七町さんを同席させた理由を語る。


「実は、化粧品などの商品の売買に関しまして、オルドランドでは今後、俺の代わりにこの七町さんにやって貰おうと思っているんです」


 俺以外が全員驚いている。七町さんもだ。それはそうだろう。だってここで初めて言ったんだから。


「俺は旅の行商人ですから、オルドランドに長く留まっている事は出来ません」


「成程」と唸る三人。七町さんはまだ固まったままだ。そして俺は声をひそめる。


「ここだけの話ですが、俺の母国が、オルドランドと国交を結びたいと思っているようなのです」


「ほう?」


 身を乗り出したのはブストー氏だ。ブストー商会は化粧品だけでなく、幅広い商品を扱っている。これを商機と捉えているのだろう。


「まだ決定ではないので詳しい事は言えないのですが。そうなると後任はここの七町さんになると思います」


 俺の言葉に三人は強く頷いてくれた。そして商人ギルドのデムスさんが口を開く。


「ではハルアキ様。商会を作られてはいかがでしょうか?」


「商会ですか?」


「サリィに商会の事務所を作り、その商会を通して、ハルアキ様の国の商品などを売買するのです」


 成程な。悪くないかも知れない。商会と言うより、商事って感じになりそうだけど。まあ良いか。


「分かりました」


 俺が首肯すると、デムスさんは直ぐ様書類を取り出した。どうやらデムスさん、と言うか商人ギルド的には、俺に商会を作っておいて欲しかったようだ。


「ちょっとハルアキくん」


 七町さんが俺に耳打ちする。


「私、政府の役人なんですけど?」


「確か官民人事交流って制度がありましたよね?」


 俺の言葉に一瞬口をつぐむ七町さん。


「良くご存知で。でもこの会社、日本の会社って訳じゃないですよね?」


「だったらバレなくて良いですね」


「バレますよ絶対」


「じゃあ、そこはそれ、どうにかしてください」


 七町さんは深く溜息を吐くと、ちらりと眼前の三人を見遣る。三人は期待する眼差しを七町さんに向けていた。


「確かに、ここに会社を作っておけば、オルドランドで活動する足掛かりにはなりますね。政府には私の方から説明しておきます」


 こうして、この日、クドウ商会が発足したのである。ハルアキ商会じゃないのかって? 流石に恥ずかしいからね。

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