第260話 アンバサダー

「えー…………、バヨネッタ様の管財人に関しては、次回と言う事にしまして」


 飛ばすのかよ三枝さん! 大事でしょ!?


「大丈夫よ。魔石じゃなくて宝石だから。綺麗だけど石ころよ? 何なら見物客に宝石をプレゼントしても良いくらいよ」


 しれっとトンデモ発言をするバヨネッタさんに、俺は背中を流れる冷や汗を抑えきれない。


「…………それは、出来るなら確かに、入場者数が百倍くらい違ってくるでしょうねえ」


「あらそうなの? じゃあやりましょう!」


 じゃあやりましょう! じゃあないから! そりゃあバヨネッタさんは、チケットの売り上げ次第で懐に入ってくるお金が違ってくるのかも知れないから、沢山の見物客に来て欲しいでしょうけど、宝石目当てでいったい何百万と言う人が来るか、考えていないよなあこの人。


「良いですね!」


 が、なんとそれに乗っかってきたのは、博物館協会の人だった。


「う、うえええッ!? 本気で言っています!?」


「はい。もちろん。ただ入場者全員と言うのは無理なので、先着百五十万名様にプレゼントと言うのでどうでしょう?」


 いや、先着百五十万名様って……。数ぅ。


「出来るんですか?」


「はい。これまでにも、入場者特典を配布した実績もありますし、宝石の加工や、特典作りをしてくださる工場に伝手もあります。問題ありません」


 マジか。凄えな日本。


「それで、その宝石樹に生る宝石の実とは、どのようなものなのでしょう?」


 未知なる宝石の実に、興味津々と言った具合の博物館協会の人。凄いな。『好き』を仕事にしている人って感じだ。


「これよ」


 バヨネッタさんが『空間庫』から出したのは、イチゴ程の大きさで柿のような形をした宝石だ。それを十個。赤やら緑やら青やら全て色が違う。


 確かに宝石だ。魔力は感じない。が流石は宝石。息を呑む程美しい。ちらりと博物館協会の人を見遣ると、それこそ息を呑んで固まっていた。


「あの、大丈夫ですか?」


「ひ、ひゃい!」


 うわ、めっちゃテンパっている。


「これじゃあ小さかったかしら? もっと大きいのもあるけれど」


「これ以上ですか!? これだけでももう国宝級ですよ!? 大英博物館やルーヴル美術館、スミソニアン博物館に展示されていたって誰も文句を言わないレベルだ!!」


 そうなんだ。


「あらそうなの? これくらいで良ければ、百万でも二百万でも用意出来るわよ」


 博物館協会の人が椅子から転げ落ちた。横の西山さんが助け起こそうとしているけれど、腰を抜かしているのか、中々起き上がれずにいる。


「それは流石に市場が荒れます。お止めください」


 やっと着席し直した博物館協会の人の第一声がこれだった。どうやらもっと価値の低いクズ宝石が出てくると思っていたらしく、それを加工して、0.1カラット程の宝石にして、入場者プレゼントにしようと思っていたらしい。


「そんなに小さくて良いの? ただの宝石よ?」


「こっちじゃあ、それ売るだけで一財産築けますから。もうそっちで金策しますか?」


「それも悪くないわね」


 ケラケラ笑うバヨネッタさん。うん。それで良いと思う。


「まあ良いわ。とりあえずこれだけ渡しておくから、砕いて配るなりすれば良いわよ」


 とバヨネッタさんから百個程宝石の実を受け取った博物館協会の人は、軽く一分気絶した。



 一分後──。


「えー、では、バヨネッタ様の管財人は早急に用意する事にしたいのですが、どうしましょう?」


 先程とは打って変わって、三枝さんが困った顔でこちらを見てくるが、俺に何か出来る訳ないじゃん。


「管財人なら、余のところから貸し出そう」


 助け舟を出してくれたのは、ジョンポチ帝だ。


「良いのですか?」


 俺が尋ねると、ジョンポチ帝は鷹揚に頷き返す。


「帝室には何人か管財人がおるからな。一人貸し出したところで問題ない」


 心強い陛下のお言葉。ソダル翁の方を見れば、そちらも頷き返してくれた。良かった。すぐに管財人の当てが出来て。


「では陛下。陛下の管財人を一人お借りします」


「何を堅苦しい事を。余とハルアキの仲ではないか」


 いやあ、縁を繋いでおいて良かった。と俺と陛下がニコニコ笑い合っていると、


「何ならパジャンからも貸してやろうか?」


 ラシンシャ天からもありがたいお言葉が。


「遠慮しておきます」


「何でだ?」


「いえ、何故か本能があなたに借りを作ってはいけないと、警鐘を鳴らしているので」


「ハルアキ、お前のそう言うところがいけ好かないぞ」


 そう言いながらも、ラシンシャ天は頬杖肘を突いて、面白そうにこちらを見てくるのだった。


「では、バヨネッタ様はオルドランド帝室より管財人を借りると言う事でよろしいでしょうか」


 三枝さんの言葉に、俺とジョンポチ帝が頷く。


「では続きまして、宣伝に関して話を詰めていきたいと思います」


 議題が次に移る。


「今回いらしてくださいました、ミウラ様とアネカネ様には、アンバサダーとして様々なメディアにご出演頂き……」


「ちょっと待って」


 三枝さんの説明を、アネカネが一旦止める。会議室の視線がアネカネに集まった。


「間違えているわ、お兄さん。私もミウラも大使アンバサダーじゃないわよ。大使はミウラのお父様よ」


 アネカネの発言で、俺が三枝さんに睨まれた。


「あれ? 俺説明していなかったっけ?」


「何の事?」


「ここでのアンバサダーって言うのは、宣伝大使の事で、外交官の大使とは違うんだよ。つまり今回の合同企画展の為に、色んなメディアで今回の企画展がいかに良いものか宣伝して欲しい。って言うんで呼んだんだけど」


「いや、聞いてないけど」


 言ってなかったかあ。まあ、徹夜で頭の中グッチャグチャだったからなあ。


「まあいいや。やってくれない?」


「まあいいや。って問題ではないわよね? 国のトップが出張ってくるような企画展で、私たちに矢面に立てって言っているのよね?」


「この人たちの事は気にしなくて良いから。嫌なら断ってくれれば、こっちで代役立てるから」


「いえいえいえいえ、そんな、断るなんて出来ません!」


 声を上げたのはミウラさんだ。


「帝と神の子の下知を断ったなんて知れたら、我が家はお家取り潰しですよ!」


 下知って、そんな大袈裟だなあ。


「私だって、この場にお姉ちゃんがいるのに、断れないわよ」


 とアネカネも観念したような嘆息を漏らす。


「いや、本当に嫌なら断って」


「やるから」


「やります」


 二人に睨まれた。怖い。まあ、やってくれるならありがたい。


「でも、学校とかどうするのよ」


 アネカネの言い分。確かに、学校に通い始めたばかりだもんな。


「国も関わっているし、学校もある程度融通してくれるんじゃないか?」


 学生タレントなんていくらでもいるし。


「へえ、そう言う事言っちゃうんだ?」


 意味深なアネカネの視線が俺を刺す。あ、これ俺にブーメランのやつだ。


「そうだよねえ、学生は学校に通うのが本分だよねえ。三枝さん、二人のスケジュールは放課後と土日でお願いします」


「はあ。そうなりますと、予定の半分も宣伝活動をこなせなくなりますが」


 ですよねえ。


「誰か代役を立てるはずだったんでしょう? その人に頼めば?」


 アネカネの言に、しかし三枝さんは首を横に振るう。


「いえ、まだ代役は決まっておりません」


 それはそうか。昨日の今日だもんな。向こうの世界の貴族の誰かに頼むにしても、貴族だって暇じゃあないもんな。アニメやマンガ、ラノベだと暇そうにしてるけど。


「良いかい?」


 ここで手を上げたのはオルさんだ。


「そのアンバサダーは、何か資格や条件があるのかい?」


「いえ、まだ企画会議自体始まったばかりですし、それも詰めていこうかと。誰か推薦したい方がおられるのですか?」


「ああ。全然無名なんだけどね。僕の配下で暇にしているのが、五人いるんだ。もし良ければ、一度面接だけでもしてみてくれないかな? 顔の良さなら保証するよ」


 へえ。オルさんの下にそんな人材がいたのか。顔の良い五人ねえ…………。


「うわあッ!!」


 俺がいきなりデカい声を上げたものだから、全員の視線がこちらに集中した。


「あ、あはは。オルさん、それってアルーヴ五人組の事ですか?」


「うん」


 ああ、そうか。あの先遣隊かあ。確かに、あいつら今、暇しているだろうなあ。


「アルーヴ五人組とは?」


 西山さんや博物館協会の人が、首を傾げて説明を求めていた。


「アルーヴは、こっちで言うエルフの事です」


「エルフ!」


 一気にテンションが上がったな。これはもしかして、あの五人組がアンバサダーに就任するかも知れないな。

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