第215話 再会

「辰哉……、本当に辰哉なのね……?」


 ここはエルルランド首都にあるマリジール公別邸。その一室にて、シンヤとその家族である一条家が再会を果たしていた。本当ならシンヤに日本でご家族と再会して欲しかったが、シンヤがそれを頑なに拒否した為、俺がご家族を異世界に招いたのだ。


 涙目になるシンヤのお母さんとお姉さん二人。その横で父である一条議員は自らの手を握り締めてシンヤを見詰めていた。


「辰哉……」


「来ないでくれ!!」


 シンヤに近付こうとした母親を、シンヤは手を突き出して拒否した。その手は、いや、全身が震えていた。


「ごめんなさい。僕に皆に会う資格なんてないのに、こんなところにまで来て貰ってしまって……」


「何を言っているの辰哉。私たちは家族でしょう? 家族が会うのに、資格なんて要らないわ」


 シンヤの言を母は否定し、また一歩シンヤに近付くが、シンヤの方は一歩後退した。


「どうしたの辰哉? 嬉しくない? 私たちと会いたくなかった?」


 母の言に対して、思いっ切り首を横に振るうシンヤ。


「そんな訳ない! 会いたかったよ! この一年、ずっと皆の事考えていた!」

 

「なら、どうして?」


「言っただろう。会う資格がないって。僕の、僕のこの手は血にまみれている。僕はこっちに来て人を殺したんだ。そんなやつに、家族と手を取り合う資格なんてない!」


 絶句するシンヤの家族。両者ともに距離感を測りかね、それ以上近付けなくなっていた。


 ドンッ。


 そんなシンヤの尻を俺は蹴り飛ばしていた。自分の事ならともかく、友人のこんな姿は見ていられない。


 俺に蹴り飛ばされたシンヤは、たたらを踏みながら家族に近づいていき、そしてそっと家族に包み込まれた。


「おかえりなさい辰哉」


 泣きながら我が子を抱き締める母。それに追従する姉二人。しかしシンヤは複雑な顔で歯を食いしばっていた。


「辰哉……」


 その姿を見下ろす一条議員。


「良くぞ……、良くぞ無事に戻ってきてくれた……!」


 そう言って父の顔に戻った彼は、家族全員を抱き締めた。


「お父さん……ッ。う、うわあああああ……」


 家族で大涙を流す一条家。そこに俺がいるのは場違いだろう。俺はそっと部屋から退出したのだった。



「さて皆様、お忙しいところ、お集まり頂きありがとうございます」


 翌日。マリジール公別邸の一室には、俺、シンヤ、タカシ、小太郎くん、その妹の百香、三枝さんが卓に着いていた。全員日本人であり、珍しい組み合わせかも知れない。


 一条家は一日シンヤと語らった後、日本に帰って貰った。そして交代でやって来たのがこのメンツだ。タカシはシンヤと顔を合わせるなり、思いっきり殴りにいって、レベル差で自分の手を負傷していた。何やっているんだか。


「それで? なんでこのメンツで呼ばれたの?」


 最近は異世界調査隊の運び屋として、その『超空間転移』が重宝されている百香が口を開いた。


「私、結構忙しい身なんだけど?」


「まあ、そう言うなよ。ハルアキは意味もなく人を集める事はしないやつだ」


 と小太郎くんがなだめてくれる。


「まあ、そうだね。今回、祖父江妹はいなくても良かったんだけど、この情報を聞いた時にいた一人だから、共有しておこうと思って」


「私帰っても良い?」


 俺の言に立ち上がる祖父江妹。


「良いのか? 魔王に関する事なんだけど」


 この一言に百香の動きが止まり、逡巡した後、また席に着いた。


「いつの間に手に入れたんだ?」


 全員の驚きを代表する形で、タカシが尋ねてきた。


「シンヤに取り付いていたのが魔王軍のひとりでな。そいつからの情報だよ」


 聞いていないぞ。とそこでシンヤに視線が行き、シンヤは恥ずかしそうに小さくなっていた。


「じゃあ、かなり確度の高い情報なんだね?」


 三枝さんが確認してくる。


「はい。その魔王軍の先兵を、アニンが取り込んだ事で、記憶の形でアニンが持っています」


 俺の答えに、全員気が引き締まったような顔になった。


「つまりどうなんだ? その魔王ノブナガの正体が分かったって事で良いのか?」


 タカシが不安そうに尋ねてきた。シンヤも不安そう。祖父江兄妹と三枝さんは厳しい顔をしている。俺の答え次第で、対応が変わるからだろう。


「そうだな。気になるのは今代の魔王ノブナガが、あの事故で転生したであろうトモノリなのか、それとも別の日本人なのか、それとも全く関係ないのか……」


 ゴクリ。と誰かの喉が鳴った。


「答えとしては、微妙、だ」


「なんだよそれ!?」


 声を荒げるタカシを、話は最後まで聞け。と俺は手で制する。


「今代の魔王がこの世界に生まれたのは、確かに俺たちが事故にあった時とほぼ同時であったようです」


 俺の言葉に、全員が厳しい顔になる。トモノリかどうかはともかく、日本人である可能性は高まり、その事で地球の各国からも、この世界の国々からも責められる可能性があるからだ。


「ギリード……、アニンが取り込んだ魔王軍の先兵の記憶が確かなら、まだ赤子だった魔王は、魔王軍へのお披露目で軍の前に現れた時、自らノブナガと名乗ったようです」


 更に厳しい顔付きになる面々。


「しかしそれが、この世界で生きた魔王の前世の記憶なのか、日本から転生してきた日本人の記憶なのかは、ギリードには定かではないようです」


「ん? どう言う事だ?」


 シンヤや皆の疑問を代弁する。


「どうやら、今代の魔王には、この世界の前世で魔王をしていた記憶と、異世界である地球で日本人として生きてきた記憶。二つの記憶があるらしい」


「二つの記憶」


「ああ。これによって今代の魔王は単純計算で二倍のギフトと二倍のスキルを得たらしい。それだけ今代の魔王は脅威と言う事だ」


 俺の言葉に絶望的な顔をしたのはシンヤだけで、他の面々はピンときていないようだった。


「アニンが取り込んだ記憶では、前世魔王と日本人、どちらが主人格かは分からないけど、これは俺たち日本人的には幸運だったと言えると思う」


 それに頷いたのはタカシと百香以外だ。俺はタカシと百香にも分かるように説明する。


「つまり、全部前世魔王のせいにしてしまおうと言う訳だ。この前世魔王と融合してしまった日本人は、ただ異世界に転生しただけで、魔王になる気はなかった。ただ運悪く転生の途中で前世魔王と融合してしまい、異世界に魔王として転生してしまった。と世間的に言い訳が出来るって寸法だ」


 理解出来たのか、二人は深く頷いてくれた。


「ただ、そうなってくるとシンヤには頑張って貰わないと困る」


 頷くシンヤ。そう、頑張って貰わなければ困るのだ。これには魔王の口から真実が語られ、それが世間にバレる可能性があるからだ。


「もちろん、日本国としても相応の支援はさせて貰うよ」


 と三枝さん。多分クドウ商会を通して、シンヤたち勇者パーティを支援する事になるだろう。出来るのならモーハルドが集めている魔王討伐連合軍に、日本国も同行する事になるかも知れない。法律的には難しいかな。でもここで動かないと日本の未来が危うい。


「どうなんですかねえ?」


 俺が尋ねると、


「今のところは、個人が傭兵として戦場に赴くなら問題ない。と言う事になっているね」


 との三枝さんの返答。そうか、そうやって偽装すれば良いのか。バレバレの気もするが、やらないよりはマシだろう。


「じゃあ、魔王に関しては早め早めに対処する。と言う方針で」


 全会一致で魔王に対する方針が決定した。

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