第378話 トモであったモノ
星空が見える。偽りの星空だ。何せ空は薄明るいのだから。『絶結界』とやらの中にいるのだから、見えるもの全て偽りなのかも知れない。
「なんであれで生きているんだよ。こっちはミサイルまで使ったんだぞ?」
俺の顔を覗き込む小太郎くん。俺の白刃のせいで肩から腹に酷い傷を負い、今も百香に肩を借りている。
「本当にねえ。何で生きているんだろう?」
白砂に埋もれた俺は、小太郎くん越しの偽りの星空を見上げながら、呟くように声を鳴らす。
「はぐらかすなよ」
そう言われてもな。俺も今起きた事を理論立てて説明出来ない。
「たまたまだよ。ミサイルが落ちる直前に、身体にハイポーションをぶっかけようとしたら、手元が狂って『清塩』にもぶっかけちゃったんだ。そうしたら何か、『清塩』がぶあああっと増殖して、お陰で俺は助かった訳さ」
それが今さっき起きた出来事だ。
「『清塩』が増殖って……」
と二人が辺り一帯に目を向ける。
「まさか、この辺の砂全て、ハルアキの『清塩』に置き換わっているのか?」
「そう言う事」
俺は塩の砂の中から手を出すと、パチンと指を鳴らした。すると辺り一面が白いベナ草の花に覆われる。
「は、ははは。これじゃあミサイルでも倒せなかった訳だ」
乾いた笑いで俯く小太郎くん。そのまま力をなくしたようにその場に崩折れた。
「いやあ、核爆弾でも持ってこられたら死んでいただろうけどね」
「流石に私もそこまでは持ってこられなかったわ」
場を和ませるジョークのつもりで言ったのだが、百香に真面目に返されてしまった。ふむ。この戦いの武器兵器の調達は百香がやっていたのか。正規ルートの訳ないし、『複製』のスキルでも手に入れたか? いや、それなら『空間庫』からミサイル出すはずないか。ブローカーか何かから調達したのかな?
「はあ、もう良いよ。気が済んだだろ? ここらで手打ちにしようぜ?」
俺は『空間庫』からハイポーションの小瓶を三本取り出し、二本を二人の前に放り投げた。が、それを頑なに飲もうとしない二人。毒なんて入ってないのに。とりあえず俺だけでも回復しておこうと小瓶を呷る。
「小太郎くんたち、こんな事して本当に二つの世界を魔王のものに出来ると思っていたの?」
「…………」
「…………」
俺の言葉が届いているのかいないのか、二人してだんまりとは。
「これでも色々手を打ってここにやってきたんだ。万全にはもうならないし、ここの外では本来の十分の一程度に戦力は削がれているかも知れない。それでも、魔王との決戦は回避出来ない。って言うのが、俺の現状の回答だよ」
「ハルアキは、魔王に会った事があるか?」
「あるよ。話もしたし」
「織田
俯いたままの小太郎くんだったが、わずかばかり肩が震えていた。
「会ったよ。アンゲルスタのカロエルの塔でね」
「どう感じた?」
何それ? どう感じた? と言われてもな。確かに圧倒的な力は感じたかなあ。このままでは俺も、あの場の誰一人として魔王に勝てない。それくらい圧倒的な力の差を感じていたかも。
「いや、口に出さなくて良い」
思った事を声に出そうとしたら止められた。
「俺たちも会ったんだ。向こうの世界で、六魔将のお一人、魔天使のネネエル様の計らいでな」
そうなんだ。
「…………俺の、俺たち一族の魔王の印象は、絶望だった」
絶望、ねえ。
「分からないかなあ? 分からないから、歯向かうんだよ。あの御方が一人いるだけで、世界を平らにするくらい容易い事なんだよ。魔王軍なんてのはオマケさ。あってもなくても結果は変わらない。実力差で言えば象とアリ、太陽と地球さ。戦争したって意味がない。絶対に勝てない」
そこまで言わなくても良くない?
「だから、戦争を回避して魔王の虚妄に一縷の望みを託したと?」
「そうだよ。あの御方の現在の興味は新たな世界に向いている。そこなら今とは違う形であっても俺たちは生を存続させられるんだ。現状お前たち相手にやっている事は遊びさ。わざと藪を突いて蛇が出てくるのを楽しんでいるだけだ」
遊び、ねえ。そう言えば魔王の人格の一人に幼い男の子がいたな。魔王の人格で俺が確認しているのは六人。名前が分かっているのはトモノリにノブナガ。他に老爺に女、そして男の子に青年だった。確かにこれだけいれば方向性がバラバラになりそうだ。
「これがもし破綻でもしてみろ? お前らが変に突ついて、魔王様の興味が今度の戦争にでも向いてみろ? 二つの世界はあっという間に消滅さ。跡形もなくな。これから訪れるはずだった未来も、こうやって話をしている現在も、もう取り戻せない過去も、全てがなかった事になるんだよ」
なんだか大それた話で、現実感がないな。魔王を確かな脅威と感じたのは事実だけど、小太郎くんたち程の絶望感は感じなかったな。そう感じたのは魔王の実力なのか、レベルなのか、はたまたスキルなのか、何かしらカロエルの塔で俺たちが感じなかった何かを、小太郎くんたちの前では発揮したんじゃなかろうか。そんな気がする。
「良し! 分かった!」
俺が声を張り上げれば、俯いていた小太郎くんも顔を上げる。
「分かった。って何がだよ? 勢いじゃ誤魔化されないぞ?」
あっはっはっ。
『バレバレだな』
アニンにまで呆れられてしまった。
「まあまあ、ここは手打ちにしたじゃない? このポーションで誤魔化されてよ?」
二人に嘆息されてしまった。
「意味がない」
「なんでよ?」
「俺たちはもうすぐ死ぬからだ」
「は? いや、死なない為のポーションなんだが? しかもハイポーションなんだが?」
俺は小瓶のフタを開けて、小太郎くんにハイポーションを無理矢理飲ませようするも、首を横に向けてこれを拒否する小太郎くん。
「無駄だよ。負けた忍者に居場所はない。それでなくても俺たちはハルアキに情報を与え過ぎた。これでハルアキが死んでくれていれば、俺たちも生かされていたかも知れないけど……」
なんだよそれ? どう言う事だよ? 訳が分からない俺は、それでも無理矢理ポーションを二人に飲ませようとする。が、
「熱っ!?」
小太郎くんに触れていた手が、焼けるような痛みを訴え、思わず手を引っ込めた。何事か? と二人を見遣れば、ブクブクドロドロと二人の身体が溶け始めていた。
「は? え?」
「忍者は死してその痕跡を遺すべからず。俺たちはこうやって人知れず歴史の影で死んできたんだ。悪いなハルアキ、こんな最期に付き合わせて」
「まあでも、最期に一人でも看取ってくれる人がいてくれただけ、私たち幸せだったかな」
そう言って最期に見せたのが笑顔だったのか、俺には判別出来なかった。二人は抱き合うようにドロドロに溶け合い、そして痕跡も遺らず赤い霧となって消えたからだ。
『この霧、毒霧だな。恐らくこれを吸った者もこの二人のようにドロドロになって消滅するのだろう』
アニンの声がいつもと違って遠くに聞こえた。多分、俺の頭の中が、小太郎くんと百香に埋め尽くされ、アニンの居場所がなくなっていたからだろう。何で二人の結末はこんなクソったれなものになってしまったのか。きっとこれを仕組んだであろう天海に尋ねても、俺の望む答えは返ってこないのだろう。ただ一言、誰に向けるでもなく呟いていた。
「俺に毒は効かないよ」
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