第379話 状況把握

 そこにさっきまでいた兄妹を想って、二人の『空間庫』の中身だけが遺された白塩の砂地を見入る。


『いつまで呆けているつもりだ?』


 アニンの厳しい言葉に我に返るも、何だか涙が込み上げてきた。しかしこのままではいけない。ここで天海や忍者軍団を止めないと、今後の魔王との戦いが滅茶苦茶になってしまう。と涙を振り払い、砂地の向こうに薄っすら見える森を見据えた。


「え?」


 その次の瞬間には、俺はゴツゴツした岩ばかりで足場の悪い森の中にいた。眼前に見上げるは土塀に囲まれ石垣の上に建つ、白壁に和瓦、最上階は天守閣になっている日本風の城だ。城は赤い霧に包まれ、天守閣は霞んでいる。


 そしてその城を、城と同程度の高さを持つ巨大な人骨、妖怪餓者髑髏がしゃどくろのようなものが襲い、その周囲は結界が張られて赤い霧も巨大人骨も結界から出られないようになっていた。更にその周りでは、東洋風の龍が城郭を取り囲み、その龍に赤と緑の天狗面の天使二人が攻撃している。どう言う状況なのかさっぱり飲み込めない。


「悪いな、感傷に浸る時間も与えてやれなくて」


 声がした方を振り向けば、武田さんがしゃがんで真剣な顔をしていた。この時点で理解出来たのは、俺が武田さんの『転置』で瞬間移動させられた事だけだ。だがそれで十分だ。


「何事ですか? やはり天海相手では、バヨネッタさんたちも苦戦を強いられている感じですか?」


「いや、戦局としては五分と五分なのだが…………、天海!? 俺たちが相手をしているのは天海なのか!?」


 まあ、武田さんたちはここに忍者軍団のボスがいる。ってだけでここに来ているからな。いや?


「『空識』で分からなかったんですか?」


「『空識』で出た名前はジゲンだった」


 ジゲン。きっとそれが南光坊天海であり明智光秀であった者の真の名なのだろう。


「ジゲン仙者は一千五百年前に姿を暗ませた仙者だ。ガチガチの武闘派のな」


 と声を掛けてきたのはゼラン仙者である。いや、仙者がガチガチの武闘派ってどうなの? まあ、今回の行動からそれっぽさはプンプン薫っているけど。


「それよりもタケダ、敵の親玉の正体なんぞ今は横に置いておけ。お前の後ろの奴らが死ぬぞ」


「そうだった!」


 ゼラン仙者の言葉にハッとして大声を上げた武田さんが後ろを振り向くと、そこには木に横たわる高橋首相の姿が。


「救出出来たんですね!」


「ああ。俺の『転置』で意外な程あっさりな。奴らの狙いは俺たちをこの『絶結界』内に閉じ込める事だからな。高橋首相は既にお役御免と言う事なのだろう」


「そうでしたか。それにしても具合悪そうですけど、大丈夫…………じゃあないんですよね?」


 俺の言に首肯する武田さん。本当に大変なのだろう。高橋首相だけでなく、自衛隊の面々までもが横たわっていた。


「何やっているんですか? ポーション持ってきていますよね?」


 俺が諫めるように武田さんに話し掛けると、首を横に振るう武田さん。


「違う! 毒にやられてポーションじゃ治らないんだよ!」


 毒! 瞬間的にさっきの祖父江兄妹が思い出され、俺はそれを忘れるべく強く首を振った。そして霧になって消えていった二人と、城を覆う霧が結び付き振り返る。


「あの赤い霧が猛毒でな。少し触れただけで今にも死にそうなのさ。今はバヨネッタが結界を張って毒霧の拡散を防いでいる」


 成程。


「ではこれを」


 俺が握りこぶしから取り出したのは、飴くらいの大きさの塩の塊だ。それを片手から溢れるくらい武田さんに渡す。


「これを、食べさせれば良いのか?」


「はい。俺の『清塩』と『ドブさらい』のスキルの効果で、体内の毒が除去されるはずです」


「『ドブさらい』の効果ねえ」


「今はスキル名に文句付けている場合じゃないと思いますけど?」


 そんな事俺に言われなくても分かっているのだろう。武田さんはまず自分が毒見役だと言わんばかりに、己の口に俺の塩を放り込んだ。


「しょっぱ……」


「塩なんだから当たり前でしょう。ちゃんと噛んでくださいね」


 武田さんは塩を持っていない方の手でオーケーサインを出すと、良く噛んでごくりと塩を飲み込む。


「まあ。特に問題もなさそうか」


 俺の塩を何だと思っているんだ? そんな事している場合じゃないよねえ? と俺は武田さんを押し退けて高橋首相に近付き、塩を差し出す。


「これを服用して下さい」


 高橋首相の顔は真っ青で、目は焦点が合わず小刻みに揺れており、身体の力が入らないのか、「あ……あ……」と掠れた声を上げるのでやっとだった。そんな姿を見兼ねた俺は、高橋首相の少しだけ開いた口に砕いた塩を突っ込み、魔法で作った水で流し込む。


 その後も俺と武田さんで自衛隊員たちに塩を飲ませていった。



「落ち着いたみたいだな」


 あれ程真っ青だった皆の顔色も、五分も経つとすっかり元の血色に戻ってきていた。あとは出来ればこんなゴツゴツした場所でなく、ベッドで安静にさせてあげたいところだ。


「武田さんの『転置』でも、『絶結界』から脱出する事は出来ないんですか?」


 小太郎くんの『影獣』の影空間にも転移出来たのだから、可能なのでは? だが俺の質問に武田さんは首を横に振るう。


「でしたら、ここは戦場ですし、高橋首相と自衛隊員たちだけでも、先程の砂地に移動させてあげられませんか?」


 向こうが完全に安全とは言い切れないが、ここにいるよりはマシだろう。


「それは良いが……」


 何故か口ごもる武田さん。


「何か問題でも?」


「俺も砂地の方で待機じゃ駄目かね?」


「いや、あんたは戦えよ。元勇者だろ」

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