第514話 対骸骨騎士(前編)

「はあ、ここでお出ましですか」


 地下四十一階。その広いホール状のフロアに、ベイビードゥが軍勢を引き連れ待ち構えていた。


「何か問題があったかな?」


 既に勝ち誇ったように、右手の剣で左手を叩くベイビードゥ。そりゃあ、勝った気にもなるだろう。ベイビードゥの軍勢の中には、中ボスたちまで含まれているのだから。


「どう言う事ですか?」


 俺はアニンの曲剣を出し、ベイビードゥを牽制しつつ、ちらりと武田さんを見遣る。


「地下四十一階以降は、倒した中ボスが少し弱くなって、フィールドモンスターとして徘徊するようになるんだよ。恐らくそれを支配下に置いたんだろう」


 成程。


「『支配』か『指揮』のスキルを持っているのかな?」


 とミカリー卿が武田さんに尋ねる。


「恐らく。強力な『隠蔽』であいつのスキル構成は見えないけど」


 そうでなければ武田さんに、ベイビードゥが消えたりする理屈が分からないはずないものね。


「当たりだ。両方持っているぜ」


 ベイビードゥはカカカと笑いながらそう答えた。


「意外だな。スキルを教えてくれるなんて」


「お前たちの中に、『奪取』やスキル封じ系のスキルを所持している面子はいないみたいだからな。知られたところで。それに……」


「それに?」


「ここで全滅するんだ。冥土の土産ってやつだよ」


 こっちの世界にもそんな文化あるのか。


「それなら、あの突然消えたり現れたりするスキルも教えて欲しいんだけど?」


「そっちもすぐに分かるさ」


 とベイビードゥは答えて、右手に持つ剣を俺たちへ向けた。それを合図に、魔物の軍勢が俺たちへと押し寄せる。


 バヨネッタさんを囲う三体の鎧ミノタウロスに、スピードでデムレイさんを撹乱する狼の中ボスたち。ミカリー卿には数で対抗するらしく、フロアで良く見るアンデッド系魔物が一斉に押し寄せている。カッテナさん、ダイザーロくんも魔物たちに囲まれ動けず、武田さんはヒカルの結界の中で事の次第を見守っている。


 そうなると俺の相手は、


「ダイザーロくんに執着していたと思っていたけど?」


 俺の前には、ベイビードゥと人型の中ボスが二人立っている。


「雷使いか? 確かに俺の鎧を壊してくれたんだ。報復してやりたい気持ちはあるが、まずはお前だ」


『まずは』ね。俺を倒してからダイザーロくんを倒すつもりか。となると、ベイビードゥの中で俺の何かが、ダイザーロくんを差し置いても倒さなければならない対象になっている訳か。が、そんな悠長に思考を巡らせている時間を、相手が与えてくれている訳がなかった。


(消えたか!)


 目の前から人型二体の魔物の姿はなくなり、俺は直ぐ様未来視の片眼鏡を発動して、敵二体の動きを予測する。すると二体の動きが良く見えた。片方は双剣で片方は槍を持ち、高速移動で俺に攻撃を仕掛けてくる。俺はそれをバックステップで躱すと、一息吐いて『時間操作』タイプBを発動させる。


『どうやらベイビードゥは、己のスキルを配下の魔物にも発動させる事が出来るようだな』


 アニンの意見に首肯しながら、俺はアニンの曲剣を構え直す。と消える二体の魔物たち。が、未来視の片眼鏡には、二体の姿がはっきりと映っている。


 武田さんが言うように、少し弱くなっているからだろう。俺は二体の魔物相手でも、反撃は出来ないものの、攻撃を受け止めるには十分だった。そうやって攻撃を受け止めつつ、俺は『重拳』を発動させる為に、坩堝を回転させていく。


 そして二体の攻撃を曲剣で受け止めたところで、『重拳』発動。周囲に重力フィールドを展開する。これで二体の動きを封じられたはず。と攻撃に移ろうとしたところで、二体はバックステップであっさりこの重力フィールドから退避してみせた。


(どうなっているんだ?)


 疑問が顔に出ていたのか、一歩も動かないベイビードゥが、カカカとまた笑う。くっ、恐らくは向こうだけが状況を理解しているのが可笑しいのだろうが、笑われるのは癪に触る。と、


「くっ、攻撃すると消えやがる!」


「こっちもだねえ」


「俺たちの攻撃も当たりません!」


 とこそかしこからそんな声が聞こえてくる。攻撃が当たっていないのは、俺だけではないみたいだ。いや、攻撃しようとしたら、皆の場合は消えているのか。俺は見えているからちょっと違うな。


「どぅわあっ!? ぎゃあああ!? ぬわあああ!?」


 そこに武田さんの悲鳴まで聞こえてきた。見れば武田さんが魔物たちから逃げている。武田さんはヒカルが結界を張っているはずだ。それをすり抜けてきたのか? となると、ベイビードゥのスキルは、攻撃をすり抜ける能力? いや、それなら消える理由ってなんだ?


 ギィンッ! ガガッ!


「ほらほら、考えている余裕なんてあるのかな?」


 などとベイビードゥが二体の魔物をけしかけてくる。くっ、確かに思考の時間は短いけれど、こう言う事だって、出来るんだぜ? と俺はアニンを地中を這わせて、エルデタータの時のように、ベイビードゥの下から攻撃する。いや、しようとしたのだ。が、ベイビードゥはそれが来るのを分かっていたかのように、アニンが足下から攻撃する前に、それを避けてみせた。


「その動き、未来視か」


「う〜ん? どうだろうなあ?」


 はぐらかすって事は、半分は当たっていると考えるべきか。だが、ベイビードゥが未来視を持っているなら、こちらの攻撃が当たらない理由の説明はつく。消える理由は説明出来ないけど。

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