第18話 ヤギ

 翌日。崖下のベースキャンプを引き払う。タープやローチェア、クーラーボックスなどのキャンプ道具を自室の押入れに片し、地下墓地に戻ってきた俺は、崖下からのトンネルの天井に、魔法陣を貼った。


「爆ぜろ」


 俺がそう唱えると、ボンッと結構な爆発が起こり、トンネルが崩落した。


「うわあ、爆破魔法使うとあんなんになるのか」


『レベルが上がったからじゃないか?』


 とアニン。成程、その可能性は高いな。まあ、何にせよ、トンネルで爆破魔法を使わなかった俺、グッジョブ。


 その後、外に出た俺は、地下墓地から外に通じるトンネルも魔法陣で爆破、崩落させる。


『良かったのか?』


「何が?」


 アニンが何を尋ねているのか分からない。


『装飾品類を持ち出せば、魔法の足しになるなり、道中の金に替える事も出来ただろうに』


「俺に墓場泥棒しろって言うのかよ」


 確かに遺骨には、魔石で作られたらしいネックレスや腕輪などが着けられていたが、それを遺骨から強奪する勇気は俺にはない。何か呪われそうだし。


『まあ、ハルアキがそれで良いと言うのであれば、我は構わん』


 気を使ってくれてありがとう。


「さて、これからどこに向かえば良いのやら」


 周りに見えるのは鬱蒼とした林と、崖下から脱出した山ぐらいだ。人里どころか生活の痕跡は欠片も見付からない。


 俺は今、つなぎに安全靴、腰には包丁、手には魔法陣付きの手袋、腕にはアニンの腕輪が着けられている。背負うリュックの中には水のペットボトル二本に携行食、タオルや雨具などが入っている。テントやら重くなるものは持ってきていない。すぐに家に帰れるしね。


 崖下から外に出れはしたものの、いきなりマップが広がって右往左往って感じだ。こんな場合のセオリーと言うのも知らないしな。


『ならばこの山を登ると良い。ここら辺で一番高い場所だ。辺りが一望出来るぞ』


 成程。まずは周辺確認か。それっぽいな。


 と言う訳で、俺はアニンの指示に従い、俺が閉じ込められていた、この山を登る事にした。


 今俺がいるのは山の西側で、南に登山道があるとの話なので、そちらへ向かう。




 いざ歩くと、歩き辛い。腰までの草が生い茂っているので、それを掻き分けながら進まないといけないので、進むのに時間が掛かるのだ。流石に長く放置された場所である。


 何とか半日掛かりで南の登山道まで来たが、そこまでで疲れ切ってしまった。しかもアニンが語る登山道は、ここまでと同じく草に道を塞がれている。


 はあ。今日はここまででいいかなあ。



 翌日。登山道だった場所を登る。登山道と言うには急だし、草に道を塞がれているので登り辛いったらない。う〜ん、安全靴ではなく、本格的な登山靴にした方が良いだろうか? 周りをよく見ると俺の歩きを妨げているのは、同じ草のようだ。それが一面に生い茂っている。生命力あり過ぎじゃね?


 草を掻き分け登山道をしばらく進むと、前方でガサガサッと葉が揺れる音がした。


 魔物か? と俺はアニンを黒剣に変化させて戦闘に備える。


 ガサガサと揺れる音は段々と近付いてきて、葉音を起こしている奴は、俺の五メートル程手前で止まった。そして顔を出す。


 そいつは茶色の長毛に覆われ、頭には二本の角がある。見るからに、ヤギだ。結構大きい。


『ヤギだな』


 ヤギだった。ヤギはここら辺に生い茂っている草をはみながら、俺をジーッと見詰めている。いや、俺も見詰めているから、おあいこだけど。


『ここを引き払う時に逃げ出した奴が、野生化したのだろう』


 成程。危険なんだろうか?


『そんな事はない。ヤギだぞ?』


 なら無視していいか。と剣の構えを解いたのがいけなかった。


 ヤギは俺が気を抜いたのを見逃さず、いきなり俺に向かって突進してきたのだ。


「うおっ!? 危ねえ!?」


 間一髪で避けたつもりだったが、頭の角が腕をかすめ、切れて血が垂れる。


「危険はないんじゃないのかよ!?」


『ふむ。我の認識は彼奴らが野生化する前のものだったからな。我が寝ている間、彼奴らも戦わずには生きてこれなかったのかも知れんな』


 ああ、そうですか。俺は改めてアニンの黒剣を構えると、直ぐ様それをヤギに向かって振り下ろした。


 黒剣から放たれる刃の波動。いくら攻撃的とは言え、ヤギだ。これでお終いだろう。と思っていたら、避けられた。


「マジか!? 避けるのかよ!?」


 更に角を突き出し突進してくるヤギ。ヤギ凶暴。


 俺はその突進を何とか躱すと、通り過ぎていくヤギ目掛け、振り向きざまに黒剣を横薙ぎに振るう。そこら辺の草が刃の波動でザッと一閃されるが、なんとヤギは高くジャンプしてそれを回避した。


 マジか!? ヤギ手強いぞ。


 ヤギはジャンプしてジャンプして、そのまま飛び跳ねながら頭突きをかましてきた。


 それを横に回転して避ける俺。しかしヤギの攻撃は止まらず、ジャンプしながら頭突きしてくる。くっ、ジャンプのせいで攻撃のタイミングが取り辛い。


 ジャンプ頭突きを回転しながら避け、避け、避け、合間に黒剣を振るうがこっちの攻撃も全て避けられる。


 くう〜。明らかに崖下のカエルなんかよりも眼前のヤギの方が格上だ。このヤギ、レベルが高いのかも知れない。


 何度となく俺とヤギは交錯し、その都度ヤギの角で引っ掻かれ傷が増えていく。


「だあッ! もうッ! 面倒臭え!」


 俺は黒剣を地面に刺すと、ジャンプ頭突きをしてくるヤギを素手で迎え撃つ。


 鋭いその角を両手でガッチリ掴む。ヤギの突進力に、数歩後退させられる俺だが、なんとか堪え切ると、ヤギをその場で投げて地面に叩き付けた。


 驚きで、「メェ〜ッ!?」と声を上げるヤギ。俺は素早く黒剣を掴むと、ザクッと立ち上がろうとするヤギの首を刎ねたのだった。


「はあ〜〜〜〜」


 すぐ側で血を流すヤギを横目に、ドシンと腰を降ろし嘆息する。まさかヤギに手こずるとはなあ。


 身体を見ると中々傷だらけだ。傷が治っていない事から、レベルアップはしなかったようだ。


「どうしよ、この傷」


『その程度、ベナ草ですぐ治るだろう』


「ベナ草って?」


『薬草だ。そこら辺に生えているのを千切って傷口に塗り込んでも良いし、口から摂取しても自然治癒力が向上して回復してくれるぞ。村の人間たちは乾燥させて粉にし、水に溶かして使っていたな』


 成程、薬草か。アニンの話を聞く限り、ポーションの原料って感じだな。


「で、そのベナ草? ってのはどこにあるんだ?」


『どこも何も、そこら中に生えているだろう』


 そこら中って、もしかして、この生い茂っている雑草の事か?


『ベナ草は生命力が高いからな。放っておくと辺り一面ベナ草だらけになってしまうのだ』


 それ、薬草って言うより害草って感じだな。まあ、良いか。


 俺はその辺のベナ草の葉を一枚千切る。葉がヒダヒダになっている感じが、ヨモギっぽい。


 噛んでみると、苦かった。まあ、良薬口に苦しだな。何枚かベナ草を千切ると、俺は傷口にこすりつけた。


 腕の傷にこすりつけると、傷が速攻で塞がっていき、あっという間に痕も残らず回復してしまった。う〜ん、凄い。流石は魔法のある世界の薬草だ。


 俺は今後の冒険の事を考え、ベナ草を何本か茎ごと採取すると、リュックの中からポリ袋を出してそこに仕舞った。乾燥させてポーションにしてみるのも良いな。


 傷が回復し、ペットボトルの水で喉を潤した俺は、横のヤギの腹を裂く。肉や毛皮の為じゃない。魔石回収の為だ。肉や毛皮も欲しいところだが、どうすれば良いのか分からん。


「あれ? 魔石が見当たらない」


 心臓辺りにもないし、頭にも見当たらない。どこにあるのだろう?


『何を言っとるんだ? ヤギだぞ? 魔石なんてあるはずなかろう』


 どうやら、魔石のない生き物もいるようだ。残念。

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