第19話 山頂

 ガサガサガサッと草陰からトカゲがいきなり大口を開けて襲い掛かってくる。


「くっ」


 それをスレスレで躱すと、直ぐ様アニンを黒剣に変えてトカゲを斬る。スパッと両断されるトカゲ。


 トカゲは草陰から急襲してくるのが厄介だが、直線的で回避能力がヤギより低いので、ヤギより狩りやすい。魔石もゲット出来るし。


 山を登ると一定確率でヤギやトカゲとエンカウントする。


 遭遇率自体はそれ程高くないが、山道である。戦い難い。ベナ草に覆われた斜面で山頂に向かって連戦。レベルアップでかなり体力が向上しているはずなのに、体力の消耗が激しく、息が上がる。


 ヤギヤギトカゲ、トカゲトカゲヤギトカゲ、と山頂に近付く程トカゲが増えてきた。


「山頂にトカゲの繁殖地でもあるのか?」


『いや、そんなものはなかったと思うが、何ぶん、我の記憶も古いものだからな』


 まあ、それはアニンが悪い訳じゃない。



「あっ!」


 大体七合目か八合目くらい登った場所に、拓けた場所があり、そこにいきなり朽ちた村落跡が建ち並んでいた。


 石と木で出来ていたのだろうが、木の部分は朽ちてなくなり、石で出来た土台部分だけが残っていた。


「ここって、もしかしてアニンが昔暮らしていた村?」


『うむ。もう朽ちてしまったが、家々の配置に、懐かしさを感じるな』


 自分が暮らしていた村が滅んだ跡を見る事になるなんて、なんとも言えない侘しさがあるな。それも俺が人間だからそう感じるのかも知れない。アニンは化神族だし、違う事考えているのかも。


 俺はしばらく村落跡をうろついてみたが、特にこれと言って発見はなかった。どうやら水路は生きているらしく、上水道は流れているが。RPGなんかだと、アイテムが見付かったりするものだが、一族でお引越しをしたって話だからな。小物も何も残っていなかった。


 いやまあ、もしかしたら史跡としての価値はあるのかも知れないが、俺にはそこら辺の事は分からない。スマホで写真でも撮った方が良いだろうか?


 もう一つ分かったのは、村落跡から見える南方の景色は、林の向こうに小さな港があり、その先に海が広がっていると言う事だった。広い海で、水平線に島や陸地は見当たらない。ここが南端って事なのだろう。


 しばらく村落跡で休憩。水と携行食を口にして体力回復すると、山頂を目指す。ここまでくればもう少しだ。



「山頂って何かあるの?」


 日本だと、山は神聖で、山頂に神社や鳥居、祠があったりする。


『ふむ。何かあったかな? 深い大穴と湖があったくらいだと思うが』


 深い大穴と言うのは、恐らく俺がいた崖下に繋がっている穴の事だろう。それに湖か。水路はそこから引かれているらしく、登山道の端を山頂からの水路が流れている。が、湖があっても大穴が空いてちゃ、住むには向いてない場所だったのかもな。


 水路に沿って登山道を登り切ると、山頂は霧に覆われていた。


「何にも見えない」


 足元に水路があるのが分かるくらいで、とても遠くまで見渡せる程の視界は確保出来ない。


 とりあえず水路に沿って湖まで歩いてみる事にする。が、湖が近付いてくるのに従って、背筋がぞわぞわしてくる。これは悪寒だ。俺の本能がこれ以上湖に近付くなと訴えている。


「アニン……」


『ああ、湖に何かがいるようだな』


 これは、今から引き返した方が良いだろうか? などと本気で考えていたところに、突然の突風が一瞬霧を吹き飛ばし、湖の景色を露わにする。


 ……目が合った。トカゲだ。しかも他のトカゲの何倍もデカい。だって俺が今まで戦ってきたトカゲを、頭から丸呑みしてたもん。あれは化け物だ。逃げよう。


 と思ってトカゲと目を合わせたまま後退ると、トカゲが口から大量の霧を吹き出した。この霧はあのトカゲが吐き出していたのか。


「逃げよう!」


『戦え!』


 はあ!? 俺が踵を返して逃げようとしていたところに、アニンから思わぬ提案。思わず耳を疑った。


「何考えてるんだ!? 勝てるわけない!」


『逃げられもせん。目が合ったからな。魔物と目を合わせるのは、敵対行為と同意だ。もうハルアキはあの大トカゲの敵と認定された。どこまでも追ってくるぞ。登山道で戦うくらいなら、山頂の方がまだ戦いやすい』


 うわあ、有益な情報をありがとう。成程、今までのカエルやらトカゲなども、俺が目を合わせていたから襲ってきていたのか。いや、目を合わせなくても襲ってきていた気がするが。


「だからって、戦えったってどうやって!? 相手は霧で姿が見えないんだぞ!?」


 とアニンに反論していると、背筋がゾワッとする。この場所が危険だと、本能が訴えるので、俺は直ぐ様横に飛び退いた。直後大トカゲの爪が俺の居た場所をえぐる。


『やれば出来るじゃないか。その調子で直感を研ぎ澄ませろ。さすればこの霧の中でも敵の位置を把握出来るようになるだろう』


 そんな無茶苦茶な。と文句を言おうとしたところに、更なる悪寒。俺はバックステップで大トカゲの攻撃を回避した。くっ、無茶でも何でも、やるしかなさそうだ。


「ふぅ〜」


 俺は感覚を研ぎ澄ませる為に、深呼吸して息を整える。恐らく大トカゲの攻撃をまともに食らえば俺はお終い。その緊張感で心臓が大きく鼓動し、耳がジンジンとうるさい。それを深呼吸で抑制していく。


「ふう〜」


 来る! 大トカゲは俺の右前方。左腕を振り上げている。俺はそれを左に移動して避ける。


 良し! 躱せる!


 攻撃を躱された大トカゲは、俺の左前方に移動し、連続攻撃を仕掛けてきた。左右の腕を激しく振り、更に大口で俺に噛み付いてくる。俺がそれらを全て躱すと、ダメ押しとばかりに尻尾を振り込んてきた。


 尻尾攻撃をジャンプして躱すと、俺はそのまま大トカゲに斬り掛かる。黒い刃の波動が、大トカゲに裂傷を与えるが、浅い。身体が頑強で、トカゲのように真っ二つに出来なかった。


「くっ」


『攻撃は当たっている。そのまま続けるんだ』


「ああ」


 それからは避けては攻撃の連続だった。大トカゲの爪を、大口を、尻尾を、避けては斬り掛かる。向こうの攻撃は直感でなんとか躱せているが、こちらの攻撃もあまり向こうに効いているとは言い難い。ジリジリとした命のやり取りが続く。


 尻尾の攻撃を躱し、俺はその尻尾を斬り裂いた。斬り裂かれて分離した尻尾は、大トカゲから離れてもばたんばたんと動いている。何であれこれで相手の攻撃パターンの一つを潰したぞ。


 気付けば霧が晴れて、辺りの見晴らしは良くなっていた。大トカゲも俺との交戦に集中せざるをえず、霧を発生させるのに時間を割けなかったのだろう。


 成程、俺は良くやれている。その思いが慢心に繋がったとは思えないが、尻尾が斬られ、霧が晴れた事で、大トカゲの攻撃パターンが変わったのだ。


 ボシュッ! 大トカゲの口から、水弾が放出された。突然のパターンの変化。更に今までなかった遠距離攻撃に、俺の反応が一瞬遅れ、水弾が左肩に命中した。


「ぐわあああッ」


 肩に当たっただけなのに、激痛とともに身体ごと吹っ飛ばされる。俺は近くの木にぶつかって止まった。


『大丈夫か?』


「ああ」


 返事はしたが、左腕はもう使い物にならなそうだ。などと左腕を気にしていると、背筋がゾクッとする。


 ハッと大トカゲを見ると、大口を開けて次の水弾を撃とうとしていた。慌てて横っ飛びで水弾を避ける俺。俺の背後の木が、水弾に当って砕け折れる。あれの直撃を食らうのはヤバいな。


 俺は霧の晴れた山頂を走り回った。水弾の狙いを定めさせない為だ。大トカゲを中心に、時計回りに動き、水弾の隙を縫って黒剣で攻撃していく。


 攻撃しては走り、走りながら攻撃しては躱す。またもジリジリする時間が続いた。と、


「ぬはっ!?」


 走り回っていた俺だったが、何かにつまづいて転んでしまった。振り返ると水路があった。


「ちっ」


 舌打ちしながら横転する。俺がさっきまで居た場所を、水弾が破壊した。俺はすぐに立ち上がるとまた走り出した。


 流石に疲れてきた。足が重い。肺が苦しい。しかし止まれば水弾の餌食だ。くっ、ジリ貧だ。先に俺の体力が尽きた。


「はあ……、はあ……、はあ……」


 黒剣を地面に突き立て、倒れないようにするので精一杯だ。俺もここまでか。そう思って大トカゲを見るが、水弾が飛んでこない。


 その代わり大トカゲはのそのそとこちらに歩いてくる。はは〜ん。どうやらあちらもエネルギー切れか。ならば、こちらだって負けていられない。残った力を振り絞って、迎え撃ってやる。


 俺のすぐ近くまでやって来た大トカゲは、大口を開けて、今にも俺を飲み込もうとしている。


「くっ、おおおッ!!」


 気合いを入れて俺は黒剣を地面から引き抜くと、大トカゲの大口にその黒剣を突き刺したのだ。が、大トカゲは止まらず、そのまま大トカゲに飲み込まれる俺。大トカゲの巨体が、俺に倒れ込んできた。



『生きているか? ハルアキ』


「こんなところで死ねるかよ」


 大トカゲの口からのそりと外に出る。


「うげえ。唾液でベタベタだ」


 俺は全身を確認する。ベタベタしている以外傷はない。左肩も完治していた。大トカゲを倒してレベルが上がったのだろう。


「はあ。これで一息吐け……」


 大トカゲを倒して早々、俺は絶句した。大トカゲの上から、俺は辺りを一望する。山頂から眼下に見える景色は、海、海、海、海。四方を囲う海だった。


「もしかしなくてもここ、島……なのか」

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