第20話 今後の展望

 島……。島かあ。はあ〜。まあ、村落跡から南の景色を見た時に、あまりに海だらけだったから、もしかしたらその可能性ある? とは思っていたけどね。実際その通りだと、やはり凹む。


『スマンな。我から伝えても良かったんだが、やる気になっていたのを、水を差すのもどうかと思ってな』


 とアニンが言葉を掛けてくれる。まあ、確かに、山頂からの景色を自ら見なければ、俺も納得していなかっただろうから、結局俺は山を登っていただろう。


 山頂のへりをぐるりと一周する。見えるのは海海海海と海ばかりで、どの方角を眺めても。水平線の向こうに陸地や島の姿は見受けられない。


「え? ここって何? 他の陸地からものっ凄い離れている場所なの? 孤島なの?」


『そんな事はないはずだ。何日かに一便、船がやって来て交易をしていたからな』


 そう言われてもなあ。船を買うとかになったらかなりの出費だ。エンジン付きのボートを買ったところで、一日で対岸に着けるのか怪しい。


『確かにのう。この島は四方の陸地からは船で三日から五日は掛かると言う話だからな』


「終わった。もう脱出不可能じゃん」


『何を両手両膝地面に付いて、この世の終わりのような顔をしておるんだ? ハルアキには転移門があるんだから問題なかろう』


「転移門があっても問題があるから凹んでるんだよ。転移門ってのは、閉じた場所からしか開く事が出来ないんだ。つまり海のど真ん中、船の上で転移門を開いて、自室に戻ろうものなら、残された船が波に流されてどこかに行ってしまって、次に転移門を開いて冒険の続きをしようとしたところで、船はなくなっているって始末さ」


『成程のう。我が翼に変化して、空を飛んだとしても、今のハルアキの魔力量では、途中で魔力が枯渇して、陸地まで飛び切るのも難しいか』


「う〜ん、そうだね。翼で空を飛ぶって事に慣れてないから、余計に魔力消費量がかさみそうだしね。……いや、アニンって空飛べたのッ!?」


『うむ。我は化神族ぞ? 翼にくらいなれるわ』


「言ってよ〜〜〜〜」


 俺はアニンの言葉を聞いて、地面に突っ伏さずにはいられなかった。


『聞かれなかったからな』



 俺の背中には今黒い翼が一対生えている。アニンが変化した翼だ。意識を翼に向けると、バサッバサッと翼が扇がれ、ちょっと宙に浮く。


 おお! 凄え!


 さて、未だ空飛ぶ興奮にドキドキする心臓を、落ち着け落ち着けと心の中で声を掛けながら、俺は前方に見える、真っ暗な大穴前まで飛んで近付く。


 この大穴があの崖下まで続いているのか。覗き込んでみるが、上からそこは見えない。


 俺は意を決して翼を広げ、大穴の中へと飛びながら降りていった。


 何事もなく地面に着き、ヘッドライトで辺りを見回すと、湖があり、何より俺が開けたトンネルが残っていた。確かにここはあの崖下だ。


「はあ〜〜〜〜」


『どうした? 大きな溜息だな』


「そりゃあね。だってアニンで空を飛べたって知っていたら、別に地下墓地から先を掘らずに、飛んでこの崖下から脱出していたもの」


『そうだったのか? 我はハルアキが好き好んでトンネルを掘っていたのだと思っていたぞ』


 どんな勘違いだよ。はあ、これを知っていれば、一週間以上時間を短縮して外に出れたのになあ。あ、でもそうなるといきなりあの大トカゲと遭遇していたかも知れないのか。それは嫌なだなあ。


「もういいや。過ぎた事だし。戻ろう」


 俺はアニンの翼で山頂へと戻っていった。



 山頂に戻ると、風が吹き荒いている。大トカゲの時にも突然の突風があったが、この山頂は風を防ぐ木々も少ないので、上空の冷たい風がダイレクトに吹いて寒い。確かに、ここで暮らすのは得策ではないかもしれない。



 何かないかな? と辺りを見回していると、俺が倒した大トカゲに普通の(と言っても十分デカいが)トカゲが何匹も食らいついていた。まあ、魔石は回収済みなので勝手にしてほしい。魔石はスーパーボールくらいの大きさだった。


『あれらは恐らく親子だな』


「親子?」


 って事は、あの大トカゲは母親って事か?


『性別までは分からんが、山頂の湖に卵を産み、幼体が孵るまで飲まず食わずで守っていたのだろう』


「飲まず食わずで守っていたって……、あいつ、自分の子供食べてたぞ?」


『自然界では稀にある事じゃよ。極限状態で錯乱でもしておったのだろう』


 そんな話をしている横では、生まれたばかりのトカゲの幼体が、湖から顔を出すと、死んだ大トカゲの元へ一直線に進み、その死骸に食らいついていた。


 大トカゲを倒したのは俺だ。トカゲたちだって生きていくのに必死だ。だけど俺の心はやるせなさに覆われていった。



 翌日、日本、と言うか俺の地域は雪だった。二月だし、こんな日もある。


 さて、あの島から脱出するにはどうすれば良いのだろう? 飛んでいくにも魔力が足りず、船で行くにも日数が問題だ。八方手詰まりって感じがするなあ。


「暗えなあハルアキ。背中が煤けているぞ」


 帰り道、自転車が無理なので歩いて帰っていると、後ろからタカシが声を掛けてきた。


「そっちこそ珍しいな、一人で帰宅なんて」


 タカシはいつもならハーレムの女性の車で送り迎えして貰っているはずだ。例えそうでなくても、いつも周りに女の子を侍らせている。


「この雪だぜ? 車は危ないから遠慮させて貰ったよ。女子たちとも、あまり大勢で動くのもどうかと思ってな」


 ふ〜ん、女の子たちの事、考えてるんだな。なんか偉そうに聞こえるのは嫉妬か?


「まあ、あまりにもいつもいつも周りが女の子ばっかりになったから、たまにはそこから離れたくなったってのもあるけどな」


 何だそりゃ。知らんがな。自分が天使に望んだ能力だろ?



「なんかこの雪で電車も止まってるらしいぜ?」


「都会の電車は、雪ですぐ止まるよな」


 他愛ない話を、ザクッザクッと一足一足踏みしめながら、転ばないように歩く。足音は俺とタカシともう二つ。ちらりと振り向くが、誰もいない。


「……つけられているな」


 俺の言葉にキョトンとするタカシ。


『ああ、つけられているな』


 一方アニンは俺の言葉に同意してくれた。


「誰だろ? 俺のハーレム希望者かな?」


 タカシは楽観的だなあ。


「だといいけどな。マスコミ系かも知れん」


 俺は良くマスコミに追いかけ回された。尾行に良い思い出がない。まあ、尾行に良い思い出のあるやつなんていないだろうけど。


 しかしマスコミか? と言われると怪しい。俺は大トカゲと戦った事で直感が鋭くなり、周辺の気配察知のレベルは一般人より高い。その俺の勘が、マスコミじゃないと告げていた。


 付かず離れずのところはマスコミっぽいが、尾行のレベルがもう一段高い気がするのだ。マスコミなら昔の俺でも振り返った時に姿が見切れてたし。でも今は振り返っても姿が見えない。この雪の中でだ。尾行スキル高過ぎじゃね? ドローンでも飛ばしてるのかな? いやでも、雪降ってるしな。


「タカシ、ちょっとゴメンよ」


 俺はそう言うと、まだ同意していないタカシを脇に抱え走り出した。次の角で撒く。


 と、追跡者は俺の計画通り、角を曲がったところで俺たちの姿を見失った。まあ、普通人間が翼生やして空飛べるとは思わないよな。


「嘘でしょ!?」


 女の方が素っ頓狂な声を上げる。


「ありえない。気付いていた節は見られたが、まさか俺たちが撒かれるとは」


 と男の方も周りをキョロキョロして俺の姿を探している。


「どうしよう、桂木さん怒るかなあ?」


「いや、俺たちの尾行を振り切ったんだ。逆に興味が湧いて、自ら会いに来られるかも」


「それは困るなあ」


 俺が二人の後ろから声を掛けると、尾行していた二人はビクッとして俺を振り返った。

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