第549話 天使、王、仙者
宿屋一階、卓を挟んで一人の骸骨と向き合うバヨネッタさん。そしてそれを囲む大勢のアンデッドたち。そんなバヨネッタさんの後ろには、財宝が山と積まれている。何故こんな事になっているのか。卓に敷かれたボードゲームを見れば、自ずとその推測もつくと言うものだ。
バヨネッタさんが骸骨と、いや、骸骨で遊んでいるのはドロケイだ。地球で子供たちが遊ぶドロケイではなく、パジャンのトホウ山でゼラン仙者と初めて邂逅した時に、財宝を賭けて勝負していたこっちの世界のボードゲームだ。バヨネッタさんはどうやらそれでアンデッドたち相手に荒稼ぎしているらしい。
今日も今日とて会議で時間を取られ、くたくたになって帰ってきたら、バヨネッタさんとダイザーロくんの卓が賑わっていた。ダイザーロくんは分かるが、バヨネッタさんは何だろうと覗いたら、ドロケイをしていたのだ。
「ふっ。ポーカーのダイザーロにドロケイのバヨネッタか。やはりあの二強は強いな」
何としたものか、状況に付いていけずに呆けていたところで、後ろから声を掛けられて振り返ったら、ベイビードゥが立っていた。
「店は良いのか?」
「ああ。部下に任せてある」
まあ、交換所の運営なら、ベイビードゥじゃなくても出来るか。
「それより、二強って?」
「ボッサム騒ぎのせいで闘技場が封鎖され、カジノの開店も先送りされた。そこにきてギルドと宿屋でゲームが出来るようになって数日。台頭してきたのがこの二人だ」
そうなんだ。まあ、ダイザーロくんは元々幸運値が高いし、バヨネッタさんはドロケイの仕組みを熟知しているからな。二人に勝つのは難しいだろう。しかし、
「バヨネッタさんはダンジョンの方に気が向いていたと思っていたけど……」
「ダンジョン攻略も進めているみたいだぞ。ただ、カヌス様が日々ダンジョンを増やしていくから、少ない人数で攻略するのが難しくなってきてな」
「それがあの光景と関係あるのか?」
「バヨネッタは賭けの対象にダンジョン産のお宝か、うちの交換所の景品しか受け付けないんだ。それで冒険者ギルドで依頼を受けるやつらが激増してな。今、このエキストラフィールドにあるダンジョンは、様々な同胞たちによって攻略されつつある」
俺たちパーティだけでは攻略するのに時間が掛かり過ぎると考えて、人海戦術に舵を切り替えたのか。巧いな。
「しかし、ギルドは依頼を捌けて嬉しい悲鳴だろうけど、交換所は……」
だからベイビードゥはここに逃げてきたのか。まあ、良いや。好きにさせよう。それより、
「腹減った……」
俺は腹を擦りながら、ダンジョン帰りであろうリットーさんたちが集まる卓に座る。
「おう! お疲れ!」
「お疲れ様です」
リットーさん、ミカリー卿、デムレイさんが俺を迎え入れてくれた。卓には既に多くの料理が並べられている。主にリットーさんの前に。
「ご注文何にしましょう?」
そこへウエイトレスの骸骨さんが注文を受けに来た。
「
「俺はスパークリングソウルドリンク」
「…………何を普通に同席して頼んでいるんだよ?」
ベイビードゥに半眼を向けるが、
「まあ、良いじゃないか。他の卓は満席なんだよ」
ベイビードゥが言う通り、確かに他の卓は埋まっているが、だからって……。
「良いじゃないか! 長く旅を続けていれば、こんな日もあるさ!」
リットーさんはそう言うし、ミカリー卿もデムレイさんもうんうん頷いている。ここで俺だけ拒否するのも場が白けるか。はあ。
「どうですか、リットーさん? このエキストラフィールドのダンジョンは」
気持ちを切り替えて別の話題をリットーさんに振る。
「ああ! 良い実戦の場になっているよ! 出現する魔物は明らかにペッグ回廊よりも強いな!」
やっぱりそうか。そもそもアルティニン廟自体がカヌス最後の作とデムレイさんが言っていたし、そこに更にエキストラフィールドを造ったのだから、魔物が強いのは当然だよなあ。
「こっちとしても、リットーが来てくれて助かっているよ。貴重な前衛だからな」
つまみであろうクラッカーにピクルスを載せたものを口にしながら、デムレイさんはそんな事を口にして、酒でそれらを流し込んだ。
前衛か。確かにリットーさんはレベル五十を超えた超越者で、パジャンさんと同じく天使系だからなあ。
「リットーさんは中衛の王系になると思っていました」
そこへ丁度ウエイトレスさんが料理を運んできてくれたので、果実汁で喉を潤しながら、思っていた事を口にした。
「そうだな! 私もゼストルスと二人だけで旅を続けていたら、天使系になっていただろうと、ゼラン様もおっしゃられていたな! ただここのところハルアキやシンヤたちと行動をともにする事が多くなったので、天使系になったのだろう! とのゼラン様の推測だ!」
成程、そう言う事もあるのか。
「なあ、その、天使系? とか、王系? ってのは何だ?」
横のベイビードゥが、スパークリングソウルドリンクなる紫色の毒々しい怪しいドリンクの入ったジョッキを片手に、図々しくも尋ねてくる。
「魔物はどうか分かりませんが、我々人間はレベル五十となり、エリクサーで上限開放すると、超越者と呼ばれるようになり、それまでの行いから、天使系、王系、仙者系と別れるのです」
心優しくもミカリー卿がベイビードゥに説明してくれた。
「ほう、面白いな。それでそこの男は天使になったのか?」
「ああ! 私は天騎士だ!」
誇らしげに胸を張るリットーさん。天騎士か。竜を駆るリットーさんにはお似合いかもなあ。
「んじゃあ、そっちの二人は?」
はあ。ベイビードゥよ。早々答える訳が……、
「私は仙者系の常仙ですね」
「俺は王系の巌鉄王だ」
答えちゃうんだ。
「ふ〜ん……」
返事をしながらジョッキを呷るベイビードゥの視線は、当然のようにもう一人いるレベル五十オーバーの人物、バヨネッタさんに向けられた。
「彼女は私と同じく仙者系の輝仙です」
「ミカリー卿」
俺の視線に気付いてか、ミカリー卿がしゃべり過ぎたと口を塞いだ。
「何だよ、スキルを聞いた訳じゃないだろう? そんな言っちゃ不味い事だったのか?」
などと馴れ馴れしく俺の肩に腕を絡ませてくるベイビードゥ。うっとおしい。
「人による。特にバヨネッタさんの前で、あの人が仙者であるとは口にするなよ?」
「何で?」
「何ででもだ。命が惜しければな」
これを聞いてカタカタカタと笑う骸骨騎士。嫌な予感しかしない。そしてそれはすぐに証明された。
「おい! そこの魔女さん! あんた仙者なんだって!?」
くるりとバヨネッタさんの方を向いたベイビードゥは、宿屋中に響き渡るくらいの大声で、バヨネッタさんを煽ったのだ。
これに対してドロケイをしていたバヨネッタさんの手がピタリと止まり、次の瞬間には宝物庫からキーライフルを取り出したと思ったら、それを『二倍化』で次々と増殖させていき、その銃口は一斉にベイビードゥがいる俺たちの卓に向けられ、『加減乗除』と『限界突破』で強化された一撃が、火を吹いたのだった。
俺の『聖結界』とミカリー卿の結界魔法で俺たちは何とか難を逃れたが、当然宿屋は全壊。その被害は周辺まで及び、辺り一帯を火の海へと変えてしまった。
これでは流石のベイビードゥも一溜まりもない。かと思ったが、
「び、びびったあ……」
どうやら『未来挙動』で何とか回避したらしく、瓦礫の中から現れるベイビードゥ。
「あら? まだ動いていたのね?」
能面のように感情が消えたバヨネッタさんが、ベイビードゥの背後に立ち、それに恐れをなした動かないはずの骸骨の顔が、恐怖に歪んでいるように俺には見えた。
「いやあ、あの、ちょっとしたおふざけと言うか……」
ガチガチと震えながら後ろを振り返るベイビードゥ。が、バヨネッタさんと目が合った瞬間、ベイビードゥは一目散にその場から逃げ出し、それを追い掛けキーライフルを撃ちまくるバヨネッタさん。
「だから言ったのに」
「あそこまでガチギレしなくても……」
町を破壊しながらベイビードゥを追い掛けるバヨネッタさんの後ろ姿に、デムレイさんは嘆息をこぼすが、バヨネッタさん、ゼラン仙者と同じ仙者系になった事、本当に嫌がっていたからなあ。
「悪い事をしたかなあ」
ミカリー卿が罪悪感からかそんな事を口にするが、俺が忠告したのにそれを茶化したベイビードゥが悪い。
その後ベイビードゥはバヨネッタさんに粘着され、一日一回はバヨネッタさんに倒される日々を送る事になるのだった。
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