第66話 奴隷なんて存在しません
「ただいま〜」
「ゥワン」
学校から帰ってくると、玄関でミデンがおすわりをして待ってくれていた。
「おう、ミデンただいま」
そう言って俺はミデンを抱き上げる。すると首輪に見慣れない札が二枚付いているのを発見した。
「母さんただいま」
「おかえり」
リビングでソファに座りながらクッションを抱え、チョコを食べながらテレビで午後のニュースを見ている母に、あいさつがてら尋ねてみる。
「ねえ、ミデンの首輪に付いている札って何?」
「ああそれ? 鑑札って言う犬を役所に登録した時に貰える登録証明と、注射済票って言う、狂犬病の予防注射を済ませていますよって言う証明の札よ。二枚とも付けておかなきゃいけないから、勝手に外さないでね。特に鑑札は登録番号が明記されてて、どこの犬か分かるようになっているから」
そうなのか。ならこれでミデンがもしもこっちで迷子になっても、鑑札のお陰でどこの犬かすぐに分かって、保護されたら連絡がくるって訳だな。まあ、ミデンが迷子になるとかあり得ないけど。
と、こんな事を考えている場合じゃなかった。バヨネッタさんに報告する事があったんだった。
俺はミデンを連れて自室に戻ると、直ぐ様つなぎに着替えて転移門を開いた。と、そこで「ただいま〜」とカナが帰宅したようだ。
「ミーちゃんただいま〜」
とミデンに声を掛けているのが聞こえてくる。ん? ミデンここにいるよな? ミデンを見ると「ワンッ」と一声吠えた。成程分身か。確かに、俺たちが異世界に行っている間に、うちの家族がミデンの姿が見当たらない事を心配するかも知れないからな。やはりミデンは賢い犬だ。
などと思いながら、俺とミデンは転移門を潜って異世界へと向かったのだった。
黒犬の寝床亭の俺とオルさんの部屋に、オルさんの姿は見られなかった。バヨネッタさんとアンリさんの部屋かな? と思って俺が隣りの部屋へ向かうと、部屋からズラズラと冒険者たちが肩を落として出てくる。ポンコ砦の番犬の一件に取り組んでいた、十一人の冒険者たちだ。
彼らは俺に気付きもしないで、まるでお通夜のように暗い顔をして、黒犬の寝床亭を後にしたのだった。
「あら、ハルアキくん、戻っていたのですね」
それを見送る俺に、部屋の中からアンリさんが声を掛けてくる。
「あ、はい。ただいま戻りました。あの、あの人たちどうかしたんですか? 絶望が全身から漏れ出ていましたけど?」
「借金を申し込んできたのよ」
それに答えてくれたのは、部屋の奥の椅子に座るバヨネッタさんだ。その膝の上には二匹のミデンが乗っていた。そういや、昨日、家に帰る前に分身してたっけ。
三匹のミデンは互いを確認すると一ヶ所に集まり、また一匹のミデンに戻り、とてとてと俺の元にやって来る。俺はミデンを抱き上げると、それをバヨネッタさんにパスした。
「借金、ですか?」
「ほら、彼らポンコ砦の攻略に、大量に冒険者ギルドで冒険者を雇っていただろう。その賃金の支払いを、攻略の報奨金で払おうと思っていたのに、バヨネッタ様とハルアキくんが先に攻略してしまったから、払うアテがなくなってしまったんだよ」
とバヨネッタさんの横に座っていたオルさんが答えてくれた。
「それで借金をしに頭下げてきたんですか?」
余程切羽詰まっていたのだろうな。俺だったらそんな厚かましい事出来ない。
「あいつら領主にも借金の申し出をしたらしいけど、断られてこっちにきたのよ」
う〜ん。
「払えないとどうなるんですか?」
「当然犯罪者として牢屋行きよ。その後労役で払えなかった借金を払っていく事になるでしょうね」
「犯罪奴隷的な扱いですか?」
俺がこの言葉を口にすると、バヨネッタさんだけでなく、オルさんもアンリさんまで厳しい顔つきになった。
「そんな旧時代の言葉、どこで覚えてきたの?」
「旧時代、ですか?」
バヨネッタさんの話し方から察するに、奴隷と言うものはいないらしい。それどころか、その発想が忌むべき事なのだと分かる。ラノベやマンガとは違うようだ。そう言えば、使用人や召使い、お手伝いさんのような人は見掛けても、今まで奴隷を見掛けた事は一度もなかった。
「奴隷制と言うものは、人間から尊厳を奪い、人間を物扱い、ただの労働力として扱い、人間を使い潰す、そんな制度よね?」
そう言われると酷い制度だ。
「現在、この世界では魔法が広く普及してきているわ。そのお陰で貴族であれ大商人であれ、奴隷を持たず、使用人を雇うと言う形で家を維持出来るようになった。今後はもっと魔法が普及して、使用人も必要なくなり、庶民でも個人で何でも出来るようになると言われているの。奴隷制の時代は終わったのよ」
成程、この世界でも奴隷制は旧時代の負の文化として語られているのか。まあ確かに、地球でも奴隷制は古い制度で、奴隷がするような労働は、ほとんど機械化、ロボット化が進み、今後は様々な場面でロボットの手助けを受ける時代になるんだろうと言われているしな。
「すみません。変な事を口にしました」
「私たちの前だったから良かったものの、人権派を名乗る活動家の前で言っていたら、どうなっていたか分からないわよ?」
そんな活動している人もいるのか。不用意な事は口に出来ないな。
「さて、あと五日は街から動けない訳だし、今日は今後のルートの説明でもしようかしら」
「あ、その前に一つ質問良いですか?」
「何かしら?」
俺は首を傾げるバヨネッタさんに、手を上げて質問する。緊張でゴクリと喉が鳴る。
「この世界の魔王の事なんですけど」
「うん?」
「魔王の名前って、伺っても良いですか?」
「名前、教えていなかったかしら?」
「はい」
「魔王の名は、ノブナガよ」
はあ〜〜〜。やっぱりか。俺は脱力して手で顔を覆い、その場に膝を付いてしまった。
「どうかしたの?」
俺が人目も憚らず落胆しているからだろう、あまり物事に動じないバヨネッタさんさえ、心配そうに声を掛けてくれた。
「その、ノブナガって魔王、もしかしたら俺の世界からの転生者かも知れません」
「は?」
「え?」
「!?」
三人とも、俺の発言の意味が分からずフリーズしていた。
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