第67話 天魔王

 時は少し遡り、この日の昼。昼食を食べ終えた俺は、タカシとともに祖父江兄妹に人気の少ない特別教室脇の階段に呼び出されていた。


「何だよ? あんまり学校で呼び出しとかやめてくれよな。女の子たちが拗ねるからさ」


 階段の踊り場で不貞腐れた態度のタカシを、祖父江兄の小太郎がなだめる。


「そう言うなよ。こっちも色々事情があるんだ」


 そっちの事情はそっちで片付けて欲しい。こちらに持ち込まれても困る。


「で? 何かあったんだ?」


「あった。と言うか、確認。と言うか」


 はっきりしないな。


「工藤は向こうの世界に魔王が存在しているのは知っているか?」


 今回は魔王の話か。


「まあ。先日の土曜も、魔王の『狂乱』のせいで酷い目に遭ったばかりだよ」


「『狂乱』?」


 そこは知らないのかよ。


「魔王の能力だよ。『狂乱』状態の者同士が戦えば、同族であっても経験値が入るんだ。それの影響で魔物たちの生態系が狂っちゃって」


「じゃあ、その魔王の『狂乱』のせいで、異世界の魔物たちがおかしくなって暴れているのか?」


「みたいだね」


 祖父江兄は俺の話を聞いて、「ふ〜む」と考え込んでしまった。


「これが聞きたかった事?」


「ああまあ、そうだな。魔王のせいでモーハルド国内が騒がしくなってきているのは事実だ。何なら魔王を倒す為にその本拠地に乗り込もう。って話も持ち上がっているって噂も流れている」


「モーハルドから魔王の本拠地? 魔王がいるのは、俺たちのいる大陸から海を越えて東南の果てだって話だぞ? 大陸の西に位置するモーハルドからじゃ、行くだけで何ヶ月掛かる事か」


「そんなに遠いのか!?」


 祖父江兄妹が驚いていた。


「ああ。陸路から行って途中で海路に変更するにしろ、最初から海路で行くにしろ、準備だけでも一、二年は掛かるプロジェクトになるだろうな。モーハルドと魔王の本拠地では位置が悪過ぎる」


「それなら噂は噂でしかないのか」


 などとブツブツ呟く祖父江兄。お国事情は俺には分からん。俺とタカシは顔を見合わせ肩を竦めた。


「話って、これだけじゃないよな?」


 これだけなら俺だけ呼び出せば良い話だ。タカシが呼ばれた理由が分からない。


「ああ。工藤は魔王の名前を聞いてどう思った?」


「魔王の名前? そもそも俺は魔王の名前を知らないんだけど」


「そうなのか?」


 そんなに驚かれてもな。二人からしたら、俺の方が色々情報を仕入れている。と思われているのかも知れないが、俺だって知らない事はある。


「魔王の名前がどうかしたの?」


 タカシが祖父江兄に尋ねた。


「ああ。…………何でもその魔王、『ノブナガ』と言うらしい」


 四人の間に沈黙が流れる。


「…………へえ。それは、魔王は魔王でも第六天魔王なのでは?」


「いや、ハルアキ、第七の天魔王かも知れないぞッ」


 俺のボケにツッコミを入れるタカシ。なんかタカシが興奮している。だがタカシよ、


「織田信長が第六天魔王って言われているのは、仏教世界の第六天と言う場所に住む魔王が、仏教に仇なす者で、信長が比叡山を焼き討ちした事から、その仏教に仇なす魔王になぞらえて、第六天魔王って言われてるんだよ」


「え? じゃあ第七、第八の天魔王とかいないのか?」


「いない」


 凄えショック受けているなタカシ。


「話続けて良いか?」


「ああ、はい」


 と俺とタカシは祖父江兄妹と向き直る。


「どう思う?」


「十中八九、転生者か転移者だろうね」


「はあ。やっぱりそう思うよなあ」


 四人で頭を抱えてしまった。これが問題になってくる事は俺やタカシでも分かる。俺たちの世界から転生、または転移した者が、異世界をおびやかしているのだ。完全に外交問題。日本人が外国行って大量殺人を犯しているような話だ。


「これって、モーハルドの人たちにバレてんの?」


 もしバレていれば、いくら関係ないと言い張ったところで、今後モーハルドでの桂木の立場が悪くなる事は目に見えていた。


 それどころかモーハルド人や他の国の上層部が日本に乗り込んできて、本格的な外交問題に発展する可能性だってなきにしもあらずだ。


「ほら、俺たちの異世界調査隊って多国籍プロジェクトだろ?」


「ああ」


 嫌な予感しかしない。


「その、チームの人間がポロっとな。日本にはかつて信長と言う魔王がいた。と」


 何言ってんだよそいつ! 日本に詳しいのか知らんが、そいつのお陰で外交問題だよ!


「で? モーハルド側はどんな反応だったんだ?」


「ビミョー」


 う〜ん、直ぐ様どうにかしようって感じじゃないのか。一度国に持ち帰って指示を仰ぐのかも知れないな。


「って言うかそもそもさあ、今回の事故でお亡くなりになった人とか、行方不明になった人の中に、ノブナガって名前の人はいるの?」


 とタカシ。ナイスだタカシ! 確かに事故関係者の中にいなければ、俺たちの国から転生、または転移した者じゃないと言い張れる!


「いない」


 祖父江兄は言い切った。良し!


「去年の事故で亡くなった者や行方不明者の中に、ノブナガと言う名前の人間はいなかった。更に範囲を拡張して、事故の関係者全員を調べてみたが、ノブナガと言う名前の人間はいなかった」


 良し良ーし!


「だったらもう関係ないんじゃない?」


 と一縷の望みにすがる俺。


「だから一応二人に尋ねているんだよ。お前らと一緒に事故に巻き込まれた友人の中に、ノブナガなんて名前を名乗りそうなやつっているか?」


 はあ? そんな人間いる訳…………、


「いるかも」


 思わず口に出してしまい、俺はしまった! と思いながら祖父江兄妹の方を見た。渋い顔をしている。タカシを見れば、タカシも思い当たったらしい。


「トモノリか」


 ぽつりとこぼすタカシに首肯する。俺たちの友人であるトモノリ。去年の事故で死んだ二人の内の一人。戦国マニアと言う訳ではないが、名字が織田だった事から、信長には小学校の頃から固執していた。あいつならノブナガと名乗っていても不思議じゃない。


「でも確定じゃないよ」


 俺は予防線を張っておく。そしてそれ以上に信じたくないと言う思いがあった。俺の友人が故意か無意識か知らないが、異世界人に迷惑掛けているなんて信じたくない。


「それはそうだが、桂木さんには報告しておくぞ」


 首肯する俺とタカシ。はあ。なんかどっと疲れた。異世界行くのが憂鬱だ。

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