第395話 疫病

 想像してみよう。バァにとって俺は、魔王側の心象を悪くしてでも今ここで倒しておきたかった敵だ。何故か? 俺のスキルなりギフトなりがバァにとって厄介だったからだろう。


 俺が最近獲得したスキルは『記憶』と『ドブさらい』と『代償』。ギフトは『清塩』。バァに対抗出来るとしたら『清塩』か? 俺の『清塩』が病気に効く。と言う事か? 『ドブさらい』と掛け合わせれば毒無効だったけど。いや、何か決め手に欠ける気がする。この程度であそこまでして俺を殺そうとするものだろうか?


 目の前で武田さんは追加で頼んだホットドッグを、また三口で食べ切っていた。良くもまあこんな時に食欲が湧くものだ。武田さんって五十年前もこんな感じの人だったんだろうなあ。モーハルドのストーノ教皇も、一目でセクシーマンだと気付いていたし。


「武田さんの時代のバァは、どんな疫病を流行らせたんですか?」


「分からない」


 と俺の質問にカフェオレを飲む手を止めて、首を横に振るう武田さん。


「分からないんですか?」


 武田さんのスキルなら、すぐに発見出来そうだが。


「ああ、俺たちの時代のバァは、どちらかと言うと『灼熱』を振るい、世界中を乾燥させて不作を生み出す魔王だったからな」


 ふむ。不作を生み出す魔王って、嫌過ぎるな。


「『疫種』はユニークスキルでな、その強過ぎる権能からか、一生で一度しか疫病を生み出す事が出来ないスキルなんだ」


 まあ、後世にまで災禍が遺るスキルだものなあ。それくらいでなければ、向こうの世界は既に滅んでいるだろう。


「多分俺たちの時代のバァは、どんな疫病を流行らすか決めあぐねていたんだろう。その証拠と言うか、奴は最期の時に、こう言っていた。「次が最後だ。私が復活した時、お前たちは何も出来ず、ただ蹂躙されるだけとなるのだ」とな」


 物騒な辞世の句だな。だけどそうなると、


「じゃあバァは、最後の最後に『疫種』を発動させたんですか?」


「かも知れないが、俺はその後にまんまと奴が蔓延させた疫病の一つに罹って死んでしまってな。奴を倒して一、二年しか生きていないんだ」


 何をやっているんだか。武田さんらしいけど。


「その疫病は、バァが最後に遺した疫病じゃあないんですね?」


「ああ、俺が生まれる前から俺の母が罹患し、俺は生まれた時には既に罹っていた病だ」


 うへえ。まあ、そう言う事もあるか。母子感染する病気だったんだな。


紫斑病しはんびょうと言ってな。身体に紫の斑点が出来るんだ。その斑点は魔力を食らって大きくなるものだから、魔力量の多い強いやつから死んでいく。これだけでバァの底意地の悪さが分かるだろう」


 確かに。悪魔的な発想だ。生き残る為にはレベルを低く抑えなければならないが、向こうの世界には魔物が跋扈しているのだから、そうも言っていられない。レベルを上げれば紫斑病で、レベルを抑えれば魔物によって死が与えられる。魔王らしいと言えば魔王らしいのかも知れないが。


 そう言えば、地球にも斑点が出来る病気ってあるよな。黄斑とか黒斑とか。黒斑病は植物がなるんだっけ? …………。


「武田さん」


「どうかしたか?」


「その疫病はどうやって治したんですか?」


「俺は発見が遅かったからあれだが、俺の仲間の一人に優秀な薬師がいてな。そいつがポーションとオークの腎臓から作った薬が特効薬となり、幼少期にそれを服薬する事で、ほぼ完治する病になったよ」


 へえ。オークと言う名のあの豚ね。肉が食えるだけでなく、腎臓が薬になるとは、有益な豚だ。いや、そうじゃなく。


「ポーションから薬を作っていたんですか」


「ああ。何せ大流行だったからな。手に入らない高価な素材じゃなく、そこら中に生えているベナ草でなんとか出来ないかと、その薬師は試行錯誤していたよ」


「当時は手に入り易かったんですね、ベナ草」


 俺の一言で武田さんの顔色が変わった。


 そう、ベナ草だ。バヨネッタさんが俺が脱出に苦労したヌーサンス島に、ベナ草が繁茂している事に驚いたように、武田さんが前にベナ草ならそこら中に生えているだろ? と指摘したように、五十年前に比べて、現代ではベナ草は手に入り難い薬草となっている。


 俺はその理由が、人間による乱獲だと思っていた。人間が必要以上にベナ草を採取し過ぎた為に、ベナ草自体の数が減少、その為に危険を冒して魔物の住む人里離れた場所まで行かねばならなくなったのだと。


「いや、は? どう言う事だ?」


 武田さんは分かっているけど信じたくない。そんな風に俺には見えた。


「つまりバァは、人間が罹る疫病ではなく、ベナ草だけが罹る疫病を流行らせたんです。そのせいで五十年前に比べて、向こうの世界ではベナ草が減少してしまった」


 黙り込む武田さん。


「細菌なのかウイルスなのか知りませんけど、多分ベナ草からベナ草へ病気を運んでいたキャリアは人間でしょう。多分ですけど、ベナ草を採取する際、全部採らずに少し残す慣習なり仕来りなりがあるんじゃないですか?」


 武田さんは無言で首肯した。


「そこを狙ったんですね。人間の採取を免れたベナ草は、しかし人間の持ち込んだ病原体によって枯れてしまった。その繰り返しが五十年続いた結果、向こうの世界からベナ草が激減してしまったのでしょう」


「そんな…………」


 武田さんは項垂れながら震えていた。


『言わなくて良いのか?』


 何を?


『もしかしたらベナ草を枯らす病原体の、最初のキャリアは武田たち勇者パーティだったかも知れないと』


 その事実に、武田さんが気付いていないだろうとでも? 気付いたからって、元に戻せる訳じゃないし。武田さんたちが五十年前にバァを倒していなければ、どのみちバァによって向こうの世界は五十年前に滅んでいたんだ。


『魔王と言う奴は、最低な二択を突き付けてくるものだな』


 全くだ。ゾッとして今すぐ逃げ出したいよ。


『逃げる先なぞなかろうよ』


 全くだ。返す言葉もない。


「とんでもない…………。取り返しがつかない」


 長い沈黙の後、俯いたまま、誰に聞かせるでもなく呟く武田さん。事の重さに今にも押し潰されそうだ。


「取り返し、つくかも知れませんよ?」


 俺の言葉に、武田さんはバッと顔を上げる。


「本当か!?」


 必死だ。そして必死になるのも頷ける。だから俺は頷いてみせた。


「何故、バァはああまでして俺を殺そうとしてきたと思いますか?」


「! そうか、『清塩』か!」


 俺はもう一度頷いてみせた。そう、『清塩』の塩の中には、ベナ草と同じヒーラー体が存在する。そして忍者軍団と戦った時、俺の『清塩』はハイポーションに強烈な反応を起こして大増殖してみせた。更には『清塩』に覚醒した時などに見せたように、『清塩』は白いベナ草の形をとる事が良くある。この事からも俺の『清塩』とベナ草には何かしら通じるものがあるのは確かだろう。恐らくはベナ草の病気を癒すような力が。


 だからバァは俺を排除しようとしたのだ。それはそうだろう。何せ五十年掛かりの大仕掛けが、たった十七年生きたガキが、ちょっと前に覚醒したギフトでひっくり返されようとしているのだから。俺がバァでもまず始めに俺を狙う。


「俺はこの事をオルさんに伝えてきますから、詳しいところは明日にしましょう。なんだか俺はもう疲れました。早く帰って眠りたい」


 今日と言う酷い一日を思い出して、寝られるか分からないけど。

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