第394話 流行り廃り

「ああ、君か。五十年前にバァさんを倒した勇者と言うのは」


 ブラフマーにちらりと横目で見られただけで、武田さんは顔面蒼白となり、ガタガタと震えだした。しかし武田さんは一度拳を強く握り締めて大きく深呼吸すると、キッとブラフマーを睨み返す。


「だったらどうした? また俺たちがお前らを倒してやるよ」


 おお! 凄いぞ武田さん! 最高神相手に啖呵を切るなんて、俺には出来ない芸当だ!


「フフ。面白いね。やはり世界は愉快でなければ。今回の戦いに参戦したのは間違いじゃなかった」


 歓びを噛み締めるように笑うブラフマー。何を考えているのか俺には分からず、分からないものと言うのは怖いもので、俺には笑っているブラフマーの姿が不気味に映った。


「ハルアキ、何でこんなとんでもない奴とカフェでお茶しているんだよ?」


 ブラフマーが笑っている隙に、武田さんが俺の横に座り、耳元で話し掛けてきた。


「俺にも分かりません。ここで一服していたら、向こうから話し掛けてきたんです」


 小太郎くんたちの事をこの場で話題に上げても、武田さんは憶えていないだろう。だからか、ますます事態を理解出来なくなった武田さんは、眉根を寄せて首を傾げる。


「フフ。詳しい事情は、後で隣りの子にゆっくり説明して貰うと良い。それを聞いて絶望する姿を直接見られないのは残念だけどね」


 ブラフマーの言葉に目を細める武田さん。何か言いたそうだが、それを飲み込み、周囲の客たちを気にしてから、再び口を開いた。


「今回の魔族による日本国首相の誘拐や、異世界各国への急襲は、バァの命令によるもので間違いないんだな?」


 武田さんの質問に、ブラフマーは鷹揚に頷いてみせた。それに対して歯ぎしりしてみせる武田さん。これが五十年前に自分が倒したはずの魔王による攻撃だと言うなら、武田さんとしては複雑な心境だろう。


 魔王自体は何度も復活しているらしい。旅の道中で今世の魔王の名がノブナガだと俺が知った時、バヨネッタさんやオルさんがそんな事を言っていた。まあ、実際に復活した魔王なのか、過去の魔王にあやかってその名を名乗っているのかは分からない。とも言っていたが。


「しかし何故そのバァと言う魔王は、俺を狙ってこんな大規模な作戦を行ったんだ?」


「さあ?」


 俺の質問は、しかしブラフマーに首を傾げられてしまった。だがその口角が上がっている事から、事情を理解している事が見て取れる。


「武田さん、そのバァと言う魔王はどんな魔王なんですか?」


 俺の問いに武田さんは生唾を飲み込んでから、何言か口に出そうとして、しかし口内がカラカラなのだろう。何も発せず、何度も唾を飲み込むばかりだった。


「フフ。君たちのやり取りをもっと見学していたいところだけど、そちらの大柄の子には私の存在感が少々重荷なようだね。私はここらでお暇させて貰おう」


 などと軽口とともに立ち上がったブラフマーは、午後のティータイムを終えたビジネスマンのように、当たり前に入口から出ていった。


「ぷふぁーーーーッッ」


 それを見届けてから、大きく息を吐き出す武田さん。


「大丈夫ですか?」


「ああ。入口を出てすぐに奴の存在が消えた。どうやら向こうの世界に帰ったらしい」


 武田さんはそう言いながらテーブルに突っ伏した。


「全く、何なんだよ今世の魔王は。どいつもこいつもフットワーク軽過ぎるだろ?」


 ははは、そうッスね。乾いた笑いとともに俺はカフェラテを飲もうとして、タンブラーが既に空な事に気付いた。



 俺はカフェラテをおかわりし、武田さんはミルクと砂糖マシマシのカフェオレにBLTサンドを注文して席に戻ってきた。


「はあ。お先真っ暗だな。あんなの相手にしないといけないなんて」


「向こうは暇潰しらしいのが、唯一の救いですかね。話した感じだと、今回のメインはあくまでノブナガやトモノリなんかの他の魔王たちであり、あのブラフマーを名乗る魔王はサポートって印象でした。なのであのブラフマーを本気にさせなければ、こちらに活路があると思います。あの男を本気にさせたら、それこそこの戦いはそこでお終いです」


 俺の話に、武田さんはBLTサンドを大口で食べながら首肯する。いや、さっきの緊張から解き放たれた解放感がそうさせるのか知らないけど、こっちとしたらもう少し緊張感を維持して欲しい。


「本気本気」


 言いながら武田さんはBLTサンドを、たった三口で食べきってしまった。


「で、ブラフマーのどうたらこうたらは、また後日バヨネッタたちがいる時にするとして、バァがどんな魔王か知りたいんだったな?」


 人心地ついた武田さんに首肯する俺。


バァはその名の通り干魃の魔王だ。まあ、それはこちらの世界に来て俺も知った事実だけどな」


 魃は元々中国神話に出てくる日照り神で、黄帝の娘とされていたが、時代が降るとその姿は一変し、人面獣身として描かれるようになっていった。


「あいつは別名、太陽の魔王ともあだ名されていてな。その体内に蓄えた熱のせいで、バァが通った後には草一本生えていないと言われていたし、実際その通りだった」


「炎熱系のスキルを持った魔王なんですか?」


 しかし武田さんはその首を横に振るう。


「確かにその側面はあった。スキルに『灼熱』を持っているしな。だがそれだけじゃない。バァは向こうの世界では、過去に何度も現れた事のある魔王なんだが、討伐レベルとしては中の上から上の下と言ったところだ。だが、その被害レベルは特大級とされている」


「そんなにですか?」


 驚いて思わず声が裏返ってしまった。それを気にも止めず、武田さんは首肯する。


「あいつが魔王として生まれると、疫病が流行るんだよ」


「疫病……」


 ごくりと自分の喉が鳴ったのが分かった。確かに、干魃になると疫病が流行る。と言うのは良く聞く話だ。


「確かハルアキも罹ったよな? ブンマオ病。あれもバァが流行らせた疫病の一つだ」


 ブンマオ病も!? あれには俺も死にかけたなあ。まあ、海賊に襲われて死にかけたのもあるけど。


「それが奴のもう一つのスキル『疫種』。そうやってバァが現れる度に疫病が流行り、その爪痕が残されていく。俺からしたら、その危険度はノブナガより上だ。あいつは何するか分からないからな」


 そんなにか。はあ。なんでそんな奴がノブナガやトモノリと一緒になって、世界を滅ぼそうとするかねえ。


「でも、そんな魔王がなんでピンポイントで、俺を狙ってきたんですかねえ?」


「俺が知るかよ。ハルアキが何かバァを怒らせる事をしたんだろう?」


 心当たりが全くない。

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