第402話 ソモサンセッパ

「なんでこんなところにいるんですか?」


「はっはっはっ。天に向かってそんな胡乱な目を向けるのは、二世界合わせてもお前くらいのものだろうな」


 答えになっていないんですけど。


「なに、塩の買い付けに少々な。ここで良い塩が採れると聞いてな」


 なんで天自ら塩の買い付けしてんだよ。いや、理由は分かるけど。


「すみません、その塩に関してはサブさんのご実家を通してください」


 俺の弁明に、ラシンシャ天の側に控えていた勇者パーティの一人、青龍偃月刀の使い手であるサブさんがギクッとしている。サブさんのご実家は庄屋で商いもしている。パジャン天国では我が社の上得意でもあるのだ。


「ふむ。そうなのか?」


 ラシンシャ天は振り向いて、サブさんに返答を求めた。


「いえ、天の行いを妨げるような事は、我が家にはございません。どうぞ、ご随意になさってください」


 膝を折って答えるサブさん。ちょっとビクビクしている。悪い事したかな。


「と、サブは申しておるが?」


 俺に向き直るラシンシャ天。面倒臭いなあ。ここでパジャン天国を優遇すると、他国がどう出るか分からないんだよなあ。


「ラシンシャ天」


 俺は恭しく頭を垂れる。


「なんだ?」


「天とは、世界ちじょうの上に御座おわす方と存じます」


「そうだな」


 それが当たり前であるかのように返答するラシンシャ天。


「であるなら、世界はあまねくラシンシャ天のもの。そこに格差を持ち込むのは、いらぬいさかいを生む恐れがあり、今は魔王との戦いを控える時期であるならば、どうか公平な采配をふるわれるよう、市井の臣として具申させてください」


「嫌だね」


 くっ、通じなかったか。


「確かにこの世界は余の下にある。なれどそこに生きるすべての民草が、余に貢献している訳ではない。無頼を振るう市井の徒に、金のなる木に触れる機会を与える程、余は仁徳ある聖人君子ではない」


 ええ? 嫌いな奴や国に、『清塩』は渡さないって事? そんなの魔王との戦争の前に、その事で戦争になるよ。


「でしたらこの塩は渡せません」


「ほう?」


 頭を下げているので顔を見る事は出来ていないが、ラシンシャ天が怒気を発しているのは感じる。


「私は、生まれも育ちもこの世界ではございません。天も地も世界も関係ないこの身なれば、この世界の天に敬意を持って順ずるのもここまで」


 そこで顔を上げれば、ラシンシャ天は正しく怒髪天を衝く形相でこちらを見下ろしていた。しかし俺は意を決して言葉を続ける。


「今後、我が商会の塩は向こうの世界でのみ販売いたしますので、欲しくなりましたら、御自ら向こうの世界まで買い付けにいらしてください。それ以外にパジャン天国へは一粒も売りません」


 ラシンシャ天の顔が更に厳しくなる。こんな事をすれば当たり前だが打ち首ものだ。しかし今のところ俺以外に『清塩』を生成出来る人間はいない。そしてアニンを持つ俺は対魔王軍用の戦力としても使える人間だ。


 俺を殺せば『清塩』は手に入らなくなり、それは間接的にこの世界での人間の生存率を下げる事になる。ベナ草がなくなれば、ポーションが作れなくなり、魔物との戦いが難しくなるからね。そして戦力としての俺を失えば、今度の魔王軍戦において、少々厳しさが上がるだろう。元々の勝率が低いのだ。これ以上下げるのはラシンシャ天としても避けたいはずだ。


「ふ」


 ふ?


「ふふふ、くっくっくっ、はっはっはっはっはっはっ!! 流石はハルアキ! 余にそこまでの意見を申せる人間は、二世界広しと言えども、ハルアキだけであろうよ。はっはっはっはっはっはっ!!」


 呵々大笑とはこの事か。眼前のラシンシャ天は腹を抱えて大笑いしている。これは試されたと見るべきか? でもここで俺が引き下がっていたら、本当にラシンシャ天が、パジャン天国が『清塩』を九割方持っていきそうなんだよなあ。


「ご無礼つかまつりました」


 と俺がもう一度頭を垂れれば、


「良い良い、良き余興であった」


 とラシンシャ天はまた大笑いするのだった。はあ。冗談で済んで良かった。


「さて、一笑いしたら政務の憂さも雲散霧消したようだ。勇者の修行の邪魔も大概にせねば、それこそ余の世界が魔王によって簒奪されてしまう。余はこのまま碧天城へ帰るとしよう」


 そうですか。いやー、残念だなー。もう少しお話したかったなー。


「ん? ハルアキがそんなに名残り惜しそうにするのなら、もう少し留まるかな」


「いえ、世界の危機ですから、ご政務を優先してくださって結構です。我々も全力で修行に取り組みます」


「そうか。では帰ろう。ラズゥよ、余を碧天城へ」


「かしこまりました」


 とラシンシャ天の後ろに控えていたラズゥさんは、スススとラシンシャ天の脇を通って宮殿の前庭に出てくると、懐から呪符を出したと思えば、それが展開して門の形をなしていく。ラズゥさんの簡易転移扉だ。


「では、ラシンシャ天、こちらをお通りください」


 転移扉が開通したところで、ラズゥさんは横へとずれて頭を垂れる。


「うむ。ご苦労」


 とラシンシャ天が簡易転移扉を通ろうとした時だった。


 ドーンッッ!!


 眼前の転移扉を中心に周辺が大炎上したのだ。炎に巻き込まれる形となったラシンシャ天にラズゥさん、女官たち。その姿は、黒煙と熱波で確認出来ない。何が起こった!? と辺りを探れば、宮殿の上空に反応あり。見上げればそれは人影で、何もない空にまるで足場があるかのように立っていた。あいつの仕業か。

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