第442話 新たな商機

 デウサリオンがあるマルガンダから少し離れたところに、モーハルド軍の訓練施設がある。今日、俺、バヨネッタさん、武田さんの三人はここを訪れている。理由は一次面接を通過した人たちの特訓を見学に来たのだ。


 一次通過者には既に伝えてあるが、二次テストは実戦だ。二日後に迫った教皇選挙の試練の場で、俺の守護者として、選挙の立候補者たちから俺を守って貰う。その為、いきなり実戦投入は可哀想なので、特訓期間を多少設けさせて貰った。


 この期間中に己の武を高めるも良し、他の一次通過者と交渉して連携を考えるも良し。自身に合った特訓期間として欲しいものである。


 一次面接通過者の数は二十七名。そんな彼ら彼女らが訓練施設で特訓に励んでいた。


「は〜〜〜〜〜」


「長い溜息だね」


 励んでいない者もいる。俺の横でウンチ座りしているのは、一次通過者の一人、マチコさんだ。マチコと言う名前だが男性である。フード付きの黒い服装に身を包み、黒髪金眼のその姿は、猫背と言う事もあって、黒猫を彷彿とさせる。


「帰りた〜い」


 と地べたに横になるマチコさん。やる気のなさがのんびり黒猫だな。


「もう! そんなところで何しているのよ! ハルアキ様に迷惑でしょ! それに私たちには後がないのよ!」


 そう怒りながらこちらへやって来たのはガドガンさんだ。一度は同行を拒否されたガドガンさんだったが、自ら今回の募集に応募して、見事に一次面接を突破した。マチコさんとガドガンさんは幼馴染だそうで、マチコさんはガドガンさんに付き添われて嫌々やって来たのだが、何故か一次を通過してしまったので、ここにいるのも不満なのだろう。


「後がないのはガドガンだけだろう。俺は別に不合格でも構わないんだよ」


「もう! そんな事言わないでよ! 幼馴染がピンチなんだから、助けるのがあなたの義務でしょう!」


「俺は先代の弟子なのであって、お前のお守りじゃないんだが」


「分かっているわよ〜。お願いします〜」


 拝み込むガドガンさん。こっちにもこう言う文化があるんだな。


「はあ……」


 嘆息しながらも、マチコさんは起き上がると、ガドガンさんに手を引かれてグラウンドに戻っていった。


 あんなにやる気のないマチコさんだが、一次面接は三人揃って合格を出している。何故ならマチコさんのスキルが、貴重な『範囲再生』と言う他者を回復させられるスキルだからだ。俺たちからしたらポーション以外の回復手段である為、次の二次テストで余程のマイナス点を叩き出さない限り、彼は合格だ。なので現状ガドガンさんが合格する可能性の方が低いのは事実だ。


 さてマチコさん以外の一次通過者たちは大抵が勤勉だ。が、やはりと言うかミカリー卿にすり寄る輩が何人かいる。当然と言えば当然なのだが、彼らの場合、残るのに必死と言うよりもミカリー卿に顔を覚えて貰うのに必死だ。だいたいここら辺の輩は、デウサリウス教やモーハルド国の要人の子女であり、どうにか出来ませんか? との要請があって、それをこちらを請けた形だからだ。二次は通らないだろうけど、今回の募集で二次まで行けた。と言う経歴を活かして、今後の人生を優位に生きていくんだろうなあ。


「いやあ、参ったよ」


 特訓にならないと判断したのだろう。ミカリー卿は彼らに断りを入れると、グラウンドを離れて俺たちの方へやって来た。


「お疲れ様、です?」


 水のペットボトルの蓋を外し、それをミカリー卿に渡しながら、俺は首を傾げて疑問形を発していた。だってミカリー卿は他の応募者たちに囲まれていただけで、特に何か運動したりスキルや魔法を使ったりしていなかったからだ。それでも人に囲まれていては気疲れするか。


「ははは。そうだね。人前は久しぶりだったから、ちょっと疲れたかもね」


 と言いながら水を一口飲むミカリー卿。


「お。結構美味しい水だね」


「結構、ですか?」


 地球のミネラルウォーターはこっちの世界では評判が良い。飲む人間の大抵が美味しいと口を揃えて言うくらいだが、『結構』を付けると言う事は、ミカリー卿はこれより美味しい水を普段から常飲しているのかな?


「モーハルドは水が美味しい国として有名なんだよ。何せセクシーマンからの雪解け水が流れているからね。私が住む土地はセクシーマンも近く、川も流れ、湧水もあるから、水は美味しいんだよ」


 成程。天然のミネラルウォーターが流れているのか。それには負けそうだ。いや、これは商機かも知れない。売れるんじゃね? その天然のミネラルウォーター。これは手を付けるべきだろう。いやいや、ここは元々桂木が手を出していた国だ。もう既に手を出しているのでは?


「どうかしたのかい?」


 首を傾げるミカリー卿に、物は試しと聞いてみる。


「そこの水って、売り出されていたりするんですか?」


「水を売る? 考えた事もなかったな」


 いよし! これはいけるのではないか?


「あの〜、私、実は商会を経営していまして……」


「噂くらいは聞いているよ。クドウ商会だろう? この国にも支店があるしね」


 そうでしたね。


「できましたら、ミカリー卿の地元の水を、うちの商会で売り出したいんですけど……」


「うちの水を……売りたいのかい?」


 凄え不思議なものを見る目をされてしまった。


「はい。飲料となる清潔な天然水は、向こうの世界では貴重でして。各国で、特に私のいる国では人気の商品なんです。ですので、それを売る権利を頂けないものかと」


「タダの水が売れる。と言うのは興味深い話だね。でもねえ……」


 駄目か。


「私は承認しても良いけれど、地元を運営している地方議会が何と言うかなあ」


「それはそうですね」


 先走り過ぎてしまった。通すべきは教会のお偉いさんではなく、地方議会だ。


「まあ、興味深い話だし、地方と言うのはどこも資金繰りに困っているものだからね。話は通しておこう」


 おお! ありがたい。ミカリー卿から地方議会に働きかけてくれたら、こちらも動き易くなるだろう。


「すみません、こんな場所で枢機卿相手に下世話な話をしてしまって」


「ははは。気にしなくて良いよ。地元民が潤うなら、嬉しいお誘いさ」


 そう言って貰えると助かるな。

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