第532話 要望内容

「それで? 要望とは?」


 ジオが俺を睨み付けながら尋ねてきた。もうこれだけで怖い。


「外の魔物、どうにかなりません? 明らかに俺たちでどうにか出来るレベル帯じゃないと思うんですけど?」


「なら死ね」


 辛辣っ! 仮にも町長の言葉とは思えない。


「お前たちはブーギーラグナ様に陳情に伺うんだろう? それを考えたら、外の魔物くらいどうにか出来ないと、お伺いの場に立つ前に全滅だぞ」


 成程。つまり地下界━━無窮界の魔物はあのレベルが普通だと? 俺はじろりと向かいに座る武田さんを見遣る。


「俺が地下界でバァを追い詰めた時は、あそこまで強い魔物とは遭遇しなかったぞ」


 嘘ではないだろう。もしあのレベルの魔物がうろうろしていると武田さんが知っていたなら、地下界の資源開発を発案した時点で、何が何でも中止を進言したはずだ。となると、この地上界の地下は無窮界でも浅層で魔物も弱く(とは言えレベル五十は超えていると思われる)、ブーギーラグナが居を構える場所は、もっと強い魔物たちが跋扈している危険地帯であると推測される訳か。


「帰りたい」


「こちらとしてもお帰り願いたいね」


 ジオと視線を交わし、それが叶わぬ夢想である事実に、互いに嘆息をこぼす。


「要望は終わりか? まあ、外の魔物も、全部が全部強大と言う訳ではない。蟻やアブラムシくらいなら倒せるだろう」


 成程。外のフィールドはあれはあれで食物連鎖的なものが成り立っているのか。そうなると、あの巨大トンボを食べるような魔物も存在しそうだなあ。…………嫌だなあ。


「とりあえず死にたくないので、次善策を要望します」


「まあ、そうなるか」


 ジオは当然それが来るだろう事を予想していたらしく、優雅にお茶を飲みながら、目で俺に次善策について促す。


「アリーナ……、闘技場の建設を要求します」


「ほう」


 俺の案に、ジオの目がキランと光った気がした。そしてお茶の入ったカップをテーブルに置くと、椅子の背もたれに身体を預けて足を組む。


「話を聞こう」


「現状、我々は外で一日過ごす事が出来ない程弱い。ですので、この町で強くなる他に、生き延びる術がない訳です。なので、強くなれる場所が必要です」


「それで闘技場か。……良いのか?」


 ジオが聞き返してきた理由は分かる。闘技場で闘うとなると、相応の危険、つまり死の危険がつきまとうからだ。死にたくないからこの安全地帯の町に逃げ込んだのに、闘技場と言う死に場所を造る矛盾を指摘したいのだろう。それにこれは俺の意見で、仲間には相談していない。なのでダイザーロくんやカッテナさんがかなり驚いている。それでも俺が二人に視線を向けると、頷き返してくれた。武田さんは無視だ。


「まあ、こちらとしても死の危険は出来るだけ避けたいところですが、この世界、死地に飛び込まないと強くなれませんからね。外で勝てない魔物と鬼ごっこをするくらいなら、ここで強くなる方が、……まあ、ぶっちゃけるとマシ。と言うのが私の意見です。もちろんレベル帯を合わせて貰うなり、降参出来るなり、何かしら救済措置は欲しいですけど」


 俺の進言に対して、手を顎に当てて数秒考えたジオだったが、


「良いだろう。レベル帯も同等のやつを用意する。でなければ賭けが成立しないからな」


 パンとサーカスか。アンデッドに食料が必要か知らないが、娯楽は必要らしい。


「話はそれだけか?」


「そうですねえ。あとは……」


「どこか広い場所を確保したいわ」


 横から口を出してきたのはバヨネッタさんだった。


「広い場所?」


「平地で何もない場所」


「畑でも耕すのか? それならそれを専門にしている者たちにやらせている。明日にも市場に野菜や肉が並ぶだろう」


 明日にも、か。魔法で育てているんだろうなあ。……肉は何の肉なんだろう。想像したくないんだが。


「寝床を用意するのよ。私たちはあなたたちと違って、二十四時間動ける訳じゃないのよ」


「寝床ならこちらが用意した宿屋がある。それを使え」


「は。こんな何もない町の安宿に泊まれと?」


「墓荒らし風情が、宮殿でもお望みかな? 全施設出禁にしてやろうか?」


「はあ?」


 はあ。何でそんな二人してケンカ腰なの?


「申し訳ありません、ジオ町長。わざわざ宿屋まで用意して頂いたようで心苦しいのですけれど、こちらもこちらで、住居を持ち込んでいますので」


「住居、ねえ」


 おれの発言に、またも顎に手を当てるジオだった。



 俺たちがやって来たのは、町外れの本当に何もない場所だ。この町(安全地帯)は円形になっており、入り口から真っ直ぐ商店街的な大通りが通っており、その先に噴水、そして突き当たりに町役場がある。大通りの左は農地やら牧場となっており、右は特に何もない。ここは今後町に必要な施設が出来た場合に備えて、あえて何もない空白地帯とされているらしい。まあ、俺の闘技場の意見が通ったので、闘技場を造るのは確定だろうけど。


 そして俺たちがやって来たのはそんな右の空白地帯でも入り口に近い場所、円の右下の場所だ。


「ここで良いだろう?」


 何故か仕事があるであろうジオまでが、俺たちに付いてきていた。と言うかベイビードゥやら他のアンデッドたちの姿まである。意外と野次馬根性があると言うか、人間臭いんだな。


「ふふ。見て驚きなさい」


 そんなアンデッドたちに対して見せびらかすように、バヨネッタさんが中空にキーライフルを差し込むと、光が放射状に広がり巨大な門となり、その門の中からサングリッター・スローンがその姿を現した。


「ふふふ。どう? この金色に輝くきらびやかな飛空艇。美しいでしょう? 素晴らしいでしょう? 羨ましいでしょう? これこそ世界に唯一で、私が住まう居城であり、あるべき移動宮殿よ」


 バヨネッタさん、そんな風に思っていたんだあ。しかしこれにはアンデッドたちもその口を開けて驚いている。まあ、サングリッター・スローンの威容には敬服させる存在感があるよねえ。が、このサングリッター・スローンを前にしても、ジオとベイビードゥは動じた様子を見せなかった。


「ふ〜ん。まあ、頑張ったで賞くらいはあげよう」


 ジオの一言に逆にバヨネッタさんが驚愕の顔を晒す。


「ブーギーラグナ様の御殿で、同じ事が言えたなら褒めてやるよ」


 ベイビードゥが更に追い打ちを掛けた。この一言に固まるバヨネッタさん。ブーギーラグナの城は、とんでもない場所のようだ。

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