第317話 中学最後
「トモノリのやつ、本当にそう言ったのか?」
百香によってテーブルに供された大ぶりなシュークリームに手をつける事もなく、タカシは間違いであって欲しいと念を込めるように俺に尋ねてきた。
「ああ」
しかしその願いは、俺の返事によって無惨に打ち砕かれる。一度天を仰ぎ見てから、項垂れるタカシ。
タカシがここまで落ち込むのも、俺とシンヤがカロエルの塔でトモノリから聞いた話を思えば仕方がない事だろう。
『俺のやっている事に巻き込んじまったみたいで』
カロエルの塔でトモノリがそう口にしたのを、俺は鮮明に覚えている。
「と言う事は、あの橋の事件は、天使の失敗によって偶発的に起こった事ではなく、天使ネオトロンが、トモノリを狙って引き起こした事案だったって訳か?」
タカシとの会話を静観して見ていた小太郎くんが、口を挟んできた。俺はそれに首肯で返す。
「カロエルの塔での話を精査すると、どうやら天使はこの世界の真実を知り、それを変えようとする者は転生させるらしい。天使カロエル自身がそう口にしていたよ」
「じゃあそのトモノリは、何らかの形で世界の真実を知り、その境遇を改変する行動に出た為に、天使によって転生させられた訳か」
俺は首肯する。
「それによってあんな凄惨な事故が引き起こされたなんて、巻き込まれた人たちの怨念が聞こえてきそうだわ」
同情らしい言葉を口にしながらも、百香はいちごのミルフィーユを食べる手を止めない。
「そんなに凄惨な事故だったんですか?」
尋ねるミウラ嬢が食べているのは、抹茶と和栗のショートケーキだ。
「そうですね、死者行方不明者だけで二十人を超えますからね」
「へえ」
そこにあまり関心がないのか、空返事のアネカネはせっせと濃厚なガトーショコラを口に運んでいた。
「まあ、その人たち皆、転生や転移したらしいから、家族じゃない俺たちが、今更とやかく言う問題じゃないと思うけどねえ」
「そうなのか!?」
それに対して酷く動揺してみせる小太郎くんに百香。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ! 俺たち異世界調査隊は、元をたどればあの事故から始まった訳だからな。事故の関係者、とりわけ死者行方不明者の周りは結構調べていたんだよ。まあ、何も出てこなかったけど」
そう言えば二人と出会ったのも、下校中に尾行されたからだったっけ。
「そのソースはどこなんだ? 証拠はあるのか?」
余程気になる事案らしく、小太郎くんはしつこく聞いてくる。まあ、ここで答えないのも変な感じか。別に隠していた訳でもないし。
「証拠はない。まあ、シンヤやトモノリの存在が証拠と言えば証拠になるかも知れないけど。ソースは天使本人だよ」
「ネオトロンが?」
「ああ。あの事故を調べていたなら知っているだろうけど、あの事故に遭遇した人間は、被害者加害者問わず、全員が夢枕で天使ネオトロンに会っているんだ」
それは知っていたのだろう。小太郎くんも百香も首肯する。これにはタカシも頷いていた。
「で、俺って実は、軽傷だった事もあって、ネオトロンが夢枕に立った最後の人間だったんだ」
「そうだったのか?」
これはタカシも知らなかったらしく、驚いていた。
「ああ。で俺は聞いた訳さ。他の人はどうなったのか? って。どうやらほとんどの人が、剣と魔法の世界に、転移なり転生なりしたらしい」
「マジかよ」
そんな呆気に取られたような顔をされてもな。
「まあ、嘘つきな天使の話だから、どこまで本当かは今となっては分からないけどね」
俺の発言は、小太郎くんと百香としては、色々思うところがあるらしく、小太郎くんの方は、「ちょっと席外すわ」とリビングから廊下に退席していった程だ。きっと桂木に報告しているのだろう。
「百香は一緒に報告しなくて良いのか?」
「ん?」
俺がそう尋ねると、百香はスプーンをくわえて小首を傾げるのだ。そしてケーキの供されていた皿は既に空だった。
「はあ、いや、良いんだけどな」
俺はそこでようやく自分の前にあるフルーツタルトを見遣る。が、やはり腹一杯で食べる気がしない。俺は立ち上がってそれを冷凍庫に持っていった。
「え〜、食べないなら頂戴よ」
うるさいな。俺は百香を無視して具だくさんフルーツタルトを冷蔵庫に仕舞った。
「でもさ、ほとんどが剣と魔法の異世界に行ったって事は、行かなかった人間もいるんだよなあ」
俺が冷蔵庫にフルーツタルトを仕舞っていると、タカシがあぐりと大口でシュークリームを一口かじって、そんな事を口にした。
「それはまあ、そうだろうなあ」
何を今更そんな事を口にしたのか、俺は真意が測れず曖昧な返事をした。
「いやさ、もしも浅野やリョウちゃんが、同じく剣と魔法の世界に行ってたとしたら、既に頭角を現していてもおかしくないだろ?」
「ああ、そう言う事ね。確かにあの二人なら、俺よりは確実に有名人になっていただろうな」
「へえ、そんなに凄い二人なんですか?」
「どちらも文武両道で、片や全国模試のトップ常連、片やジュニアオリンピックで金メダルだからねえ。一般人の俺たちとは、住む世界が違うと言うか、なんで俺たちあの二人と友達出来てたんだろ?」
ミウラ嬢、アネカネ、百香が感心している側で、一人ニヤニヤしているタカシ。
「なんだよ?」
「いやあ、そんな天才少女浅野に告白して、見事に玉砕したハルアキが、まるで昔の事のように語っているのが面白い」
「それ今言うか!?」
一気に頭に血が上る。友達だからって、時と場合を考えて発言しろよ!
「へえ! どう言う方なのですか? その浅野さんって?」
「やっぱりハルアキは頭の良い女性が好き、と」
「あ、私はその話知ってた」
と女性陣は三者三様の反応を示す。って言うか、百香、俺が浅野に告白したの知っていたのかよ!
「どうかしたのか?」
そこに俺たちの騒ぎを耳にした小太郎くんが戻ってくる。
「…………なんでもない」
恐らく俺は相当渋い顔をしていたのだろう。俺を見た小太郎くんは、同じように渋い顔になっていた。
ピンポーン。
とそこで玄関のチャイムが鳴り、会話が断ち切られた。だがおかしい。『玄関』のチャイムが鳴ったのだ。エントランスホールではない。この部屋の玄関のチャイムが鳴らされたのだ。うるさくし過ぎて、隣りの部屋の住人が怒鳴り込んできたのだろうか?
俺はモニター付きのインターホンで外を確認する。するとそこでは、眼を見張るような美少女がモニターを覗き込んでいた。知らない人だ。だが、どこかで見た事がある気がする。
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