第208話 心配する者たち

「なんかごめん」


 一通り泣き腫らしたシンヤは、本日何度目かの平身低頭を見せた。勇者のくせに何回謝るんだ?


「シンヤ、とりあえずご家族だけにでもあってみないか?」


「家族と?」


「ここだと魔物もいて危ないから、迷宮を一旦出て落ち着ける場所でさ……」


 とシンヤの説得を試みていると、『魔の湧泉』で動きがあった。何かが出現しようとしている。ギリードの話では大方の魔物は倒してきたと言っていたが、まだ残っていた奴がいたようだ。


 俺たちが今いるのは、俺の『聖結界』にバヨネッタさんの結界の二重掛けで守られている。いきなりこの二重結界を突き破ってくるとは思えないが、万が一もある。俺たちは出現してこようとする何かに備えて武器を構えた。



 壁にある大渦を通り、何者かが出現する。四人だ。人型の何者かは、出現するなり周囲を警戒するように、武器を構えた。


 灰青色の短髪で引き締まった身体の男が持つのは刀。段平ダンビラのように分厚い刀を、腰を落として正眼に構える。


 灰緑色の髪で、後ろ髪だけ伸ばした大柄の男が持つのは薙刀。いや、三国志の関羽が持つような青龍偃月刀と呼んだ方が正しいだろう。


 薄桜色の長髪の女が持つのは呪符だ。数枚の呪符を両手に持って、いつでも発動出来るようにしていた。


 オレンジ色のショートヘアで小柄の女が構える。その両手にはゴツい手甲がはめられており、どうやら徒手空拳が女のスタイルらしい。


 四者四様の武器だが、その服装には不思議な統一感があった。和漢折衷と言えば良いのだろうか。和風と中華をミックスさせたような、オリエンタルな、アジアンな武装をしている。何か見覚えがあるなあ、と思ってシンヤを振り返った。思えばシンヤの学ランも、どこかアジアを想起させる。


「パジャン人ですかね?」


「でしょうね」


 俺の疑問にバヨネッタさんが肯定してくれて、リットーさんが何やら口を開こうとしたところで、


「みんな!」


 シンヤが口を開いた。その声に反応して、『魔の湧泉』から出てきた四人がこちらを向いた。シンヤの姿に一瞬ホッとした顔を見せた四人だったが、すぐにその顔は険しいものに戻った。


「シンヤ! 本当にシンヤか!?」


 段平を持つ男が、シンヤに問い掛ける。どうやら四人はシンヤの仲間、勇者パーティであるらしい。


「ああ! 僕だ!」


「あなたを操っていた魔物はどうなったのかしら?」


 偃月刀を持つ男が尋ねてきた。なんか話し方がオネエっぽいんだけど?


『我は正しく翻訳しているぞ』


 そうですか。


「ここにいる四人に助けてもらったんだ!」


 シンヤの言葉に、四人は俺たちを品定めするように上から下へ見詰めてくる。そしてリットーさんの姿を認め、四人で顔を見合わせた。


「リットー様!? 何故あなたがここにおられるのですか!?」


 呪符を持った女が、リットーさんに尋ねてきた。


「話すと少々面倒なのだが、端的に言えば、私が今いる土地とパジャンは、お主たちが通ってきたその大渦で繋がっていたと言う事だ!」


 とリットーさんに説明されても、四人は首を傾げるばかりだ。


「ここがどこかなんてどうでも良いんだよ! シンヤは、シンヤは元に戻ったのか!?」


 手甲の女は口が悪いらしい。その女の質問に、力強く頷いてみせるリットーさん。四人が破顔して駆け寄ってきたが、それを二重結界が阻んだ。


「ちょっ!? 何ですかこれ!?」


 呪符の女が声を上げる。


「何って、結界だけど?」


 しれっと、当然のように口にするバヨネッタさん。まあ俺も、『聖結界』解いてないけど。


「何故結界を張ったままなのか尋ねているんです!」


「何故? おかしな事を聞くわね? 私はあなたたちの事を何も知らないもの。不審者が寄ってきたら警戒するのは、当たり前でしょう?」


「不審者ですって!?」


 怒り心頭で呪符の女が、顔を真っ赤にして声を荒げる。


「私は極神教十二聖の一人、ラズゥですよ! 私への狼藉、神罰が下りますよ!」


 極神教は有名な多神教だ。確か元極神君と言う神様を中心に、多種多様な男神女神がいる宗教であったはずだ。十二聖と言うのは知らないが、わざわざ名乗るのだから、偉い役職なのだろう。


「何言っているのあなた? 神でもないあなたに狼藉を働いて、なんで神罰が下るのよ?」


 バヨネッタさんも辛辣だなあ。ラズゥと名乗った十二聖の女性も、こんなにも侮辱された事はなかったのかも知れない。血管が切れそうな程怒り狂い、仲間のオネエに後ろから羽交い締めにされながら、ゲシゲシゲシゲシ結界を蹴りまくっている。えーと、宗教系の偉い人なんですよねえ?


「こうなったら!」


 ラズゥさんは手に持つ呪符を、全てこちらに放ってきた。結界に張り付く呪符。するとそこから弾けるようにバヨネッタさんの結界が破られた。マジか!? バヨネッタさんの結界だそ!? 十二聖凄いな! と思っていたのに、結界を破ったラズゥさんは、オネエの静止を振り切ってこちらに突進してきて、俺の『聖結界』にぶち当たってひしゃげた。


「ウソ!? なんで!? 私の呪符は不浄な魔法には効果覿面なのに!?」


 成程。でも残念。俺のは『聖結界』だから。と言っても聞いていないだろうから言わないけど。ただバヨネッタさんは違う。


「私の魔法が不浄ですって!? どう言う了見よ!」


「そのまんまの意味よ魔女! あなたの魔法が穢れた魔法だから消し飛んだのよ!」


「なんですって!? 十二聖だか何だか知らないけど、あなたこそ自分で聖女名乗るなんて、恥ずかしくないの!?」


「誉れ高き十二聖を馬鹿にするな!」


「私だって由緒ある魔女の血統よ!」


 なんだこれ? 大人の女性が人目もはばからずに罵り合っている。どうするのこれ? 周りを見渡すが、皆困った顔を見せるばかりだった。


 ぷ〜。


 とそこに流れてくる脱力する音。これは間違いなく、オナラだ。誰だ? こんな時にオナラなんてした人は!?


「おお、すまん! 失敬失敬!」


 オナラをしたのはリットーさんだった。


「何やっているのよリットー」


 バヨネッタさんは、すっかり毒気を抜かれたようで、ジト目でリットーさんの方を睨んでいた。ラズゥさんの方も我に返ったらしく、真っ赤になって俯いている。全体的に気が抜けた感じになったなあ。


「はあ。どうやら両者落ち着いたようですし、もう戦うとかそんな雰囲気じゃなくなっていますから、俺の結界も解きますね」


 こうして俺の『聖結界』が解かれた事で、勇者パーティは改めて再会を喜びあったのだった。臭い再会になってしまったが。

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