第290話 何をやっているんだか(後編)

「な……に?」


 爆発に飲まれた俺が、未だに生きている事に瞠目し、更に俺の姿が変わっている事にランドロックの口から驚きの声が漏れる。


 ドゴッ!!


 俺は首を掴まれた状態から、ランドロックの胸にドロップキックを食らわせ、奴の拘束から脱出した。


「それが隠し玉と言うやつか?」


 起き上がったランドロックは、俺を警戒してか、拳を握って構える。


「使いたくはなかったけどな」


 俺は今、翼の生えた漆黒の全身鎧に身を包んでいる。『闇命の鎧』。化神族であるアニンとの同化が進んだ証明であるこの鎧は、着込む事で持ち主の能力を格段に引き上げてくれる反面、化神族からの影響力も強くなる為、心の奥底から、強い破壊衝動が喚び起こされるのが特徴だ。


「ふ、ふふふははははははははッ!! この姿の俺はちょっとハイテンションでね! あんたがミンチになるまで止まらなそうだよ!」


 なんて事を言っているんだ俺は! あれから全合一も会得したので、もう少しマシに『闇命の鎧』を運用出来るかと思っていたが、この衝動はそれでも御し難い。


「はは! 面白い! ミンチになるのはどちらか、思い知らせてやる!」


 言葉を交わした直後に、俺とランドロックはぶつかり合っていた。力は互角。だが奴には爆破がある。


 ドゴンッ!!


 ぶつかってすぐに大爆発が起こるが、俺はその爆発の衝撃を物ともせずにその場で耐えると、両腕を横に振るって爆風を吹き飛ばす。


 これだけの大爆発の直後は、流石のランドロックも身体が硬直して隙が出来るようだ。俺はそんなランドロックの腹に左拳を叩き込む。


「ぐはッ!?」


 顔を苦痛に歪め、二メートルある巨体が宙に浮く。が、


 ボンッ!


 触れた左拳が爆発した。成程、今の奴は全身爆発源。どこを攻撃しようと爆発するって訳か。


「そんなの関係ねえよ!」


 思った以上に声を張り上げ、俺は次々と攻撃をランドロックにヒットさせていく。その度に爆発が俺を襲うが、エンドルフィンだかドーパミンだかアドレナリンだか分からないが、恐らく脳内麻薬が溢れまくっているだろう今の俺には、爆発なんて瑣末事で、攻撃をヒットさせる快感がこれに勝って、ランドロックをサンドバッグが如くボコボコにしていくのだった。


「はあ、はあ、はははは、あっはははは!!」


 こみ上げる愉悦に笑いが止まらない。俺は既に動くなったランドロックに馬乗りになり、その顔面を何度何度何度も殴りまくっていた。鎧を着込んでいるからだろうか、ランドロックの爆発がそうさせるのだろうか、手に響く感触が丁度良く、それがまた快感で、ランドロックを殴るのを止められなかった。


「あっはっはっはっ! あっはっはっはっ! あっはっはっはっ……」


 笑いながらの攻撃なんて、大振りで隙だらけだ。だから拳を振り上げた隙に、ランドロックに抱き着かれたからと言って、なんら不思議はなかった。ああ、この時がきたのだな。と、それさえも今の俺には快感でしかなかったのだ。


「調子に乗り過ぎたな小僧」


「良いのか? 自爆なんて格好悪い」


 挑発するように、からかうように尋ねていた。


「はは! 我ら真のアンゲルスタ人は死を恐れない! これもまた、崇高なる理想郷実現の過程の一つにすぎないのだ! 俺とともに、塵となって消えろ!」


 なんとも悪役らしい台詞を吐いて、俺を抱き締めたランドロックは自爆した。その爆発は凄まじく、公園を一挙に灰燼と化す程の威力で、もちろんその爆発により、生き残っていた『粗製乱造』要員たちも消え去り、その影響で『粗製乱造』で生み出された魔物たちも消え去り、周囲直径一キロメートルは、灼けた塵のみの、生物の何もいない世界となっていた。



「……がはッ!」


『生きていたか』


 俺は爆発の中心で仰向けに倒れていた。『闇命の鎧』はいつの間にか解除され、背中や首筋が火傷のように熱く感じた。


「! っか、マジで火傷じゃねえか!」


 俺は飛び起きようと、上半身を起こすが、身体がふらふらして上手く力が入らない。


「これは……、魔力切れか?」


 四つん這いになるのが精一杯で、ちょっと動けそうになかった。


『そうだな。あの大爆発に耐えるのにかなりの魔力を消費してしまった。私は今からハルアキの身体機能がこれ以上低下するのを防止する為、操作に専念する』


「なんだよそれ!? おい? お〜い!?」


 反応してくれない。アニンが体内にいるのは感じるから、まあ、本当に身体機能の保全に注力してくれているのだろう。


 何にせよ、これで『粗製乱造』要員は倒したんだから、良しとしよう。…………良くなかった。そうだった。俺の目的は第三階層への階段を見付け出す事だった。『粗製乱造』要員を倒すなんて、その過程の露払いじゃん。こんな事で魔力を空にするなんて、何してんだよ俺。もっと上手く立ち回れよ。


「何? あなた私が知らない間に、犬にでも転生していたの? ミデンと違って不細工な犬ね」


 何故この人は、再会して開口一番にこう言う事を言うのかね。


「やめてくださいよ、バヨネッタさん。俺だって人面犬に生まれ変わろうとは思いませんよ。どんだけ業の深い人生送ったら、来世が人面犬になるんですか?」


「あら? ハルアキは自分が善や悪とは関係のない、中道の人生を送ってきたと思っていたの?」


 返す言葉もない。そう言われてしまえば、確かに俺の業も深い。とは言え、人面犬に生まれ変わる程じゃないだろう。


「さて、冗談はこれくらいにして、その様子だと、ハルアキが当たりだったのかしら?」


「いえ、俺は『粗製乱造』の元栓を閉めていただけです」


「それでどうしたらこんな状態になるのかしら? 遊び相手は選ぶべきだったわね、ハルアキ」


 冗談は終わったんじゃなかったのかな?


「バヨネッタさんの方はハズレですか?」


「こっちも頭のおかしい馬鹿に絡まれただけだったわ」


 成程。


「リットーもゼランもこちらに向かっているようだし、二人とも上階への階段は見付からなかったようね」


 では階段はどこに? まあ、魔物はいなくなったのだから、武田さんに探して貰えば済む話か。いや、武田さんでもこれだけ広い階層をカバーしきれないか。でも出来るだけ早く探さなければならない。俺は四つん這いのまま、第二階層の夜空を見上げた。天頂の月が、静かとなった爆心地を悠然と見下ろしていた。


「哀しき犬ね」


 マジでそれやめてください。

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