第60話 旅程の見直し
夕食会翌日、のそのそとベッドから起き上がった俺は、魔法で水を出して顔を洗い、歯を磨き、オルさんを起こすと、遅めの朝食を摂る為に、黒犬の寝床亭の食堂にやって来た。
今日は俺たちの方が早かったらしく、バヨネッタさんとアンリさんの姿は見られなかった。
「どうします?」
「どうします、とは?」
ボーッとしていてもつまらないので、俺はオルさんに話を振った。
「昨日の領主様のお話ですよ。俺はオルさんとバヨネッタさんにおんぶに抱っこだから、旅程に口出せる立場じゃないですけど、西の山岳ルートが通行可能になれば、小国家群のビチューレに行くにも、俺の目的地のモーハルドに行くにも、かなり旅程を短縮出来るんじゃないかと」
「確かにね。ロッコ市から西のルートは封鎖されているとは聞いていたから、更に南に行って、ガイトー山脈をぐるっと迂回するルートを設定していたんだけど、西の山岳ルートが解放されるなら、こちらとしてはありがたいかな」
やっぱりそうなるよなあ。じゃあ、あの場にいた冒険者たちと手を組んで魔犬退治かな?
「まあでも結局はバヨネッタ様の腹積もり次第だね」
ですよねえ。ここで俺たちがあーだこーだ言い合ったところで、バヨネッタさんがノーと言えば、このまま南に下る事になるだろう。
オルさんと二人視線を合わせて呆れ顔になったところで、バヨネッタさんとアンリさんがやって来た。
「嫌よ、あいつらと手を組むなんて」
とバヨネッタさんは完全拒絶だ。西のルートが解放されれば、バヨネッタさんの目的地であるビチューレにも早く着けるのになあ。
「じゃあやっぱり南ルートで山脈迂回ですか」
俺とオルさんは顔を見合わせ頷き合う。
「何故そうなるの?」
とバヨネッタさんがキョトンとしている。
「え? でも冒険者たちと協力はしないんですよね?」
「協力はしないけど、西ルートは進むわよ」
わがままだなあ。
「大体、ハルアキが終日こっちにいられるのは今日までで、明日からはまた夕刻だけ来るんでしょ? そんな状況でまともに連携が取れると思っているの?」
あ、協力が出来ないのは俺のせいか。申し訳ない。
「まあ、理想としてはハルアキが次に終日こっちに来られる六日後までに、あの冒険者たちが魔犬を退治してくれている場合ね。こっちは何ら手を下す事なく、西ルートを通れるようになるんだから」
確かにそうだ。戦わずしてルートが確保出来るなら、それが一番だろう。魔犬を倒せば報奨金が出るらしいが、別に俺たちお金に困っている訳じゃないからな。
「でも難しいだろうから、ハルアキも六日後に向けて準備しておきなさい」
「難しいんですか? あの冒険者さんたち強そうだったから、やってくれるんじゃ?」
俺がそう言うと、バヨネッタさんに嘆息されてしまった。
「ハルアキ、人を見る目がないわね」
「そりゃあバヨネッタさんとは違って、俺は『鑑定』のスキルを持っていませんから」
「そうだったわね。それにしてもまさか、昨夜の夕食会であいつらが話していた与太話を、信じている訳じゃないでしょうね?」
嘘だったのかあれ。なんかちょっとショックだ。
「まあ、あの場にいた全員でかかれば、百匹や二百の魔犬ならばどうにかなるでしょうけど、それ以上となると無理でしょうね」
二百匹が限界値か。魔犬を千匹見た。なんて目撃情報もあるしなあ。流石に千匹は盛り過ぎだとしても、二百匹以上いる可能性はある。判断が難しいところだな。
「今から心配していても仕方ないわ。まずはあの冒険者たちのお手並み拝見といきましょう」
そう言うバヨネッタさんだったが、その口調はあまり期待しているようには聞こえなかった。
バヨネッタさんの予想は当たっていた。あれから三日。冒険者たちは魔犬退治に当たっていたが、結果は散々なものだった。
まず冒険者たちはそれぞれのパーティーで事に当たった。領主から報奨金が出るのだ。早い者勝ちだと思ったのだろう。
しかし倒しても倒しても沸き出てくる魔犬に、少人数のパーティーでは対処しきれず、結果、俺たちを除く十一人のパーティーで事に当たる事になったのだが、それでも沸き出てくる魔犬たちに苦戦、逃げ帰ってくる結果となってしまった。そして、
「嫌よ」
冒険者たちは俺たちに協力を求める為に黒犬の寝床亭までやって来たが、バヨネッタさんにすげなく協力を断られていた。
「な!? ふざけるなよ魔女が! お前らだってメイネイン様から直々に魔犬退治を承っただろう!」
冒険者の一人がバヨネッタさんに詰め寄ろうとするのを、俺が間に立って抑え込む。
「私はあの場ではっきり了承していないわ」
「わがままが過ぎるのではないですか? 魔女さん。アルーヴたちから聞いていますよ。あなたたちだって西ルートを使いたいのでしょう? それなのに自分たちは安全な場所から事態を静観しているだけなんて」
あいつら口が軽いな。バヨネッタさんとオルさんが顔をしかめている。後で何かしら制裁がありそうだ。
「私がどうしようと私の勝手でしょう。それにあなたたちだって私を利用してお金を稼ぎたいだけのくせに、偉そうに上から物を言わないでくれる?」
睨み合うバヨネッタさんと冒険者たち。今すぐにでも乱闘が始まりそうな雰囲気だ。
「三日待ってあげる」
「はあ!?」
このまま乱闘になるかと思ったら、バヨネッタさんは不敵な笑みとともに、そう提案した。
「三日後、私とそこの従僕の二人で、その魔犬を掃討してあげるわ。もしこの件でお金を稼ぎたいと思っているなら、それまでにその魔犬をあなたたちだけでどうにかする事ね」
バヨネッタさんの提案に冒険者たちは怒り心頭である。ちなみに従僕とは俺の事だ。
「良いだろう。三日だな? 魔女よ、そんな事言って後で吠え面かく事になるからな!」
十一人の冒険者たちはそう言い残して、黒犬の寝床亭を立ち去っていった。良かった。乱闘にならなくて。しかしバヨネッタさんにも困ったものだ。
「なによ。そんな
「はあ。あんな大言を吐いて、魔犬退治の勝算はあるんですか?」
「どうかしらね? まだ魔犬を見た事もないから分からないわ」
ああ、どうしたもんかなあ。
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