第486話 伝承
イデー王家の紹介で、山頂付近が雪に覆われたハーンシネア山脈に暮らす、オヨボ族を紹介して貰った。もこもこで暖かそうな服を着ている。羊を飼っているのかと思ったら、アルパカだった。
「族長をしておるウィーンと申します。使徒様にお越し頂けるとは、嬉しい限りです」
奇麗な石造りの家に通され、族長さんたちと俺たちであいさつ。山岳地帯で暮らす民族もデウサリウス教徒なのか。
「いえ、こちらこそご協力頂けて、お礼申し上げます」
とあいさつを終えたところで、早速本題に入る。
「オヨボ族には代々、金毛の角ウサギの伝承が伝わっておられるとか」
「はい。それはアリクサンダル大王の治世の頃の話です。ここら一帯もアリクサンダル大王の治める領地だったのですが、ある時、獣を遠ざける力を持つウサギがいるとの噂を聞きつけたアリクサンダル大王が、それを欲してこの山地にやって参りました。何でも、現在ビチューレと呼ばれている多川地の竜を鎮めるのに、その獣を遠ざける力が必要との事でした」
成程。アレキサンドロス大王も俺たちと同じ轍を踏んだ訳か。俺は一度皆の方を見遣り、頷くのを確認してからウィーン族長に話の続きを話して貰う。
「当時より、山には不思議なウサギがいると言われておりました」
「当時から言われていたの? 獣を遠ざける力を持っているのでしょう?」
バヨネッタさんが疑問を口にした。
「はい。我々も、我々の飼っているロバやアルパカなども近付く事はおろか、姿を見掛けた者は一人もいません」
なら何でウサギと分かったんだ?
「足跡か」
デムレイさんの言にウィーン族長が首肯で返す。成程。
「はい。その姿は見えずとも、気になった者が後々その場へ赴けば、残っているのはウサギの足跡。きっとこれはウサギの仕業であろう。と当時より言われていたのです。かく言う私も、足跡を見掛けた事は何度かあります」
そう口にするウィーン族長と、それに同調するように首肯する族長の後ろに控えるオヨボ族の方々。
「ウサギはこのハーンシネア山脈では普通に見掛ける生き物なんですか?」
「はい。獣である角なしも、魔物である角ありも、両方おりますし、食料として狩る事も少なくありません」
「物凄く大きいとか?」
「いえ、どちらかと言えば小型ですが?」
ですよねえ。ベフメ領の角ウサギが格別大きかっただけですよねえ。
「角ウサギの方が旨いので、角ウサギを狩れれば幸運が訪れる。とここいらでは言われていますね」
「角ウサギ自体が貴重なんですか?」
「貴重と言いますか、人前には普通に出てきますが、奴らは『威圧』のスキルを使いますので、近付くのに勇気が必要なのです。結婚相手に己が勇敢であると示す為に、あえて角ウサギに挑む若者も少なくありません」
成程。見えてきたな。角ウサギが『威圧』のスキル持ちだとすると、特殊個体である金毛の角ウサギは、その上位スキルを持っていると考えるのが普通だろう。それが獣を遠ざけるからくりなのだろう。
「それで、アリクサンダル大王はどのようにしてその金毛の角ウサギを狩ったのですか?」
普通に考えれば罠だよなあ。かご罠でも用意したのだろうか?
「初めは罠を用意したそうですが、金毛の角ウサギは賢いようで、どんな罠にも引っ掛からなかったそうです」
「そうなんですか?」
「そもそも普通の角ウサギは凶暴で、罠を壊してしまいますし、近付くのも躊躇われますね」
確かに、ベフメ領の角ウサギも、ライオン数頭を瞬殺していたなあ。
「だからと言って近付いて自ら倒そうにも、勇敢なアリクサンダル大王をもってしても近付けなかったとか」
そんなになのか?
「それをどうやって倒したのですか?」
「弓矢で遠くから射たのです」
成程。それなら、と俺はカッテナさんの方を見遣る。彼女もやる気なのだろう。にっこり口角を上げている。
「アリクサンダル大王には、ウルフシャと言う老弓手がおりましてな。その天下無双の一矢でもって、見事に金毛の角ウサギの頭を貫いたのです。それもあの遠いセクシーマン山から」
「へ?」
変な声が漏れてしまった。
「セクシーマン山って、国を一つ跨いでいるじゃないですか」
「はい。何でも警戒する金毛の角ウサギを射るには、それだけ遠くからでなければ、難しかったようで」
ちらりとカッテナさんを見れば、絶望した顔をしている。流石にその距離は無理だよなあ。何者だよウルフシャ。
「アーラシュだな」
と武田さんがスマホで調べて耳打ちしてくれた。ああ、なんかゲームで聞いた事ある。ペルシア神話だかゾロアスター教の聖典だかに出てくる英雄だ。その一矢で大地を割って戦争を止めたとか言う凄い人。
「ゾロアスター教っていつ頃でしたっけ?」
「紀元前七から六世紀からで、今でも細々だが現存しているらしい。聖典であるアヴェスターにウルフシャは出てくる」
「ウルフシャって、アレキサンドロス大王より古い人なんですか?」
「アレキサンドロス大王の時代には既にアヴェスターは編纂されていたようだが、そのアレキサンドロス大王によって散逸して、紀元三世紀頃に再び作られたらしい」
ウルフシャさんがアーラシュだったとして、良くアレキサンドロス大王に協力出来たな。
「どうしたものでしょう」
俺はバヨネッタさんへ、一縷の望みを賭けて目線を送る。
「サングリッター・スローンじゃあ、火力が高過ぎて、金毛の角ウサギが跡形も残らないわね」
ですよねえ。
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