第360話 目玉品
「どぅあああああああああ!!!!」
「ぬおおおおおおおおおお!!!!」
叫んでるなあ。武田さんとタカシがティラノサウルスもどきから逃げ回っている。しかも尻尾には複数の棘が生えているので、あれで打たれたらひとたまりもないだろう。それ以前に大顎から生えた歯がやばいか。
そんな逃げる二人を追って俺も走る。しかしこんな罠だらけのところを良く全力疾走出来るものだ。二人とティラノが通った後の床は、穴ぼこだらけで、それを覗くと、穴の底には鋭い円錐が何本も設置されていた。落ちたら最後だな。
前を逃げる二人は、自分たちは罠を避け、ティラノにだけ罠を踏ませている。そしてティラノが罠にハマったところをロングナイフやスモールソードでボコボコにしているのだ。ちなみに銃器も持ってきたが、低階層で早々に弾切れを起こしていた。
ボコッ。
またもティラノが穴に落ち、それを確認した二人は一路反転すると、身動きの取れなくなったティラノに襲い掛かるのだった。
「はあ、はあ、はあ……」
「はあ、はあ、はあ……」
何とかしてティラノを倒した二人は、互いに拳と拳をぶつけて喜びを表す。
「お疲れー。お、ドロップアイテムじゃん」
穴の中でくたりとしていたティラノサウルスもどきは、他の魔物同様に床に吸収されていったのだが、その後に残った物があった。小さな宝箱だ。魔物を多く倒すと、数百体〜千体に一体、こう言った宝箱を残していくのだ。
宝箱の大きさは両手で握れる程なので、宝箱と言うよりジュエリーボックスと言ったところか。星の意匠が中央に刻まれているのが特徴だ。こんな小ささでも中は『空間庫』のようになっており、結構大きな物が入っている場合もある。しかしこの宝箱、一度中身を取り出すと、『空間庫』の機能を失って、普通の宝箱になってしまうのが難点だ。まあ、俺が『空間庫』を持っているのでウチのパーティは大丈夫だが。
「星三つか」
「これだけやって星三つかよ」
俺が取り上げた宝箱を、武田さんとタカシが覗き込む。どうやら二人としては宝箱のランクに不満があるようだ。
ドロップアイテムの宝箱にはランクがある。それは中身を見ずとも簡単に分かる。星の数だ。星の数が多ければ多い程、その宝箱の中身はレアと言う事になる。
「良し。開けてみるか」
タカシが宝箱に手を伸ばそうとしたところを、武田さんがその手を掴んでガードする。
「何か?」
「ここは年功序列だろ?」
睨み合う二人。そこからガシッと両手を重ねて、手押し相撲のように力比べを始める二人。
文句言いながらも、中身が楽しみなんだな。
「はいはい。馬鹿な事はそれぐらいにして。ジャンケンで決めようぜ」
『空間庫』に宝箱を仕舞いながらの俺の提案に、二人は不承不承頷き、相手から手を離す。
「それじゃあ、いきますよ。ジャ〜ンケ〜ン、ポン!」
ガッツポーズをする武田さん。崩折れて落ち込むタカシ。まあ、武田さんの『空識』は未来視もあるからなあ。こうなる事は予想出来た。しかし武田さんも大人げない。
宝箱を渡すと、早速とばかりにポキポキ指を鳴らして宝箱を開ける武田さん。三人で覗き込むと、中から何かが飛び出してきた。
「くっ、宝箱じゃなくて罠かよ!」
「馬鹿な!? そんな反応なかったぞ!?」
左手で宝箱を素早く『空間庫』に仕舞いつつ、右手をアニンの黒刃に変化させて、出てきた何かを攻撃する。
キィン。
弾かれた!? 驚きとともに凝視すると、出てきた何かは、エンジ色のボールだった。こんなものにアニンの黒刃が弾かれたのか?
俺の攻撃が防がれた事で、危機意識が上がった三人で、ボールから距離を取る。エンジ色のボールはそれこそバスケットボール大で、宙に浮いている。なんだろう? 見た事がある気がする。
向こうからの攻撃はない。とりあえず石を投げてみると、ボールに当たる前に弾かれた。結界か!
「そうか! 思い出した!」
俺の声に二人が視線だけこちらに向けたところで、宙に浮くボールの中心にすうっと線が入り、それが開かれる。中から現れたのは大きな一つの眼だ。
「やっぱり。カロエルの塔でティカが使役していた中に、こんな目玉の魔物がいたっけ」
「どうやら、覗く者と言う名の魔物のようだ」
「覗く者、ですか」
覗く者は、ジーッとこちらを見るだけで攻撃を仕掛けてこない。正確には覗く者が見ているのは武田さんだが。
「え? 俺、か?」
自分を指差す武田さんに、首肯する俺とタカシ。宝箱を開けたのは武田さんだ。武田さんに対して何か思うところがあるのだろう。
俺とタカシの「行けよ」と言う視線に耐えられなくなった武田さんが、じりじりと覗く者に近付いていく。すると覗く者の方も武田さんに近寄ってきた。
見詰め合う武田さんと覗く者。武田さんが手を伸ばすと、覗く者は自身の頭? を武田さんに差し出し触れた。瞬間、武田さんと覗く者の周囲が魔法陣のように光る。これは? しばらく観察してみたが、何かが起こりそうな気配はない。
「……武田さん、大丈夫ですか?」
「ああ。…………なんかこの魔物と従魔契約出来たんだが」
覗く者の頭をさすりながら首を傾げる武田さん。
「従魔契約ですか?」
「ああ。いきなりこいつと視界が共有されたと思ったら、俺の脳内ウインドウに『名前を決めてください』ってメッセージが出ているよ」
成程。どうやらこの宝箱の中身は確かにこの魔物で、この魔物と従魔契約が出来るのが、宝箱を開けた者の権利であるようだ。
「契約するんですか?」
「もう契約しているんだよ」
さっきの光か。武田さんは「何でこんな事に……」と文句を言いながら、覗く者に名前を付ける。
「良し! ヒカルにしよう!」
武田さんに命名して貰った覗く者は、とても喜んでいる。意外と普通の名前になったな。
「向こうの名前にしなかったんですね」
「ああ。色々迷ったが、こいつ、オスメスの区別がないらしくてな」
確かに。ヒカルなら雄雌どちらでも付けられるか。
「でもさあ、ヒカルって感じじゃなくない? なんか由来でもあるの?」
確かに、覗くと言うと影からってイメージがある。光とは反対だ。
「光源氏からだよ」
成程。確か光源氏が若い頃、幼い頃の紫の上の部屋を覗き見たってエピソードがあったっけ。俺は得心がいったが、タカシは首を捻っていた。まあ、男はあんまり源氏物語に馴染みはないよなあ。
「じゃあ、先に進みましょうか」
俺の掛け声で二人が先に歩き出す。それを見ながら、俺は今回手に入れた宝箱を『空間庫』から取り出した。宝箱はクリスタルように透明な中にラメの入った材質に変わっていた。開いてみても『空間庫』の機能は既になく、ただの小箱になっていた。
(ベフメ領で見たフーダオの花形箱みたいだな)
そんな事を思いながら、俺は宝箱を『空間庫』に仕舞った。
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