第359話 思い違い
「おっせーよ!」
俺が住む街から西に行ったところにある天賦の塔。その前で待っていた武田さんとタカシは遅れてやってきた俺にカンカンだ。
「すみません、オルさんと会っていたんですけど、思いの外盛り上がっちゃって」
「知るか! もう夜だぞ!」
武田さんが怒るのももっともだ。空を見上げれば既に日はとっぷりと暮れ、月が夜空を、街灯が夜道を照らしている。
「自分からレベル上げだと呼び付けておいて、自分が遅刻なんて何考えているんだ?」
「あはは。ですよねえ。寒かったですか?」
無言で二人に睨まれた。ですよねー。二月だもん。
「じゃあ、早速行きましょうか」
俺はこちらの分が悪いと考え、この話題を切り上げてさっさと塔の中へと進む。二人はまだ文句を言いたそうにしていたが、塔の内部と外部を隔てる膜で、俺と分断されるのは御免被りたいらしく、不承不承付いてきた。
「ふ〜ん、つまりそのヒーラー体の働きで、ポーションを使用すると傷が治癒するのか」
「そうみたいです」
鍵穴をピックでいじりながら、武田さんが聞いてきた。今回の塔内部は迷路になっていた。武田さんと俺がいるので、罠マシマシの魔物ツヨツヨだ。いちいち罠を解除しながら進まないといけないので、前回一人で来た時より数倍攻略に時間が掛かっている。
武田さんが眼前の扉の罠を解除している間。俺とタカシは後方から襲い来る魔物の露払いだ。タカシが前に出て戦い、俺はその後ろから支援に徹している。もののついでに『清塩』で魔物との間に境界を引いてみたら、魔物たちが嫌がってこちらにやってこないのがちょっと面白い。お陰かタカシが多少戦いやすそうだ。花を崩されるとそこから突破されるので、やっぱりベナ草の花は大事なのかも知れない。
「流石に武田さんでも、ヒーラー体みたいなものが存在するのは知りませんでしたか?」
「そうだな。何故ポーションが人体に有益に働くのかは、向こうの世界でも長年に渡って度々議題に上ってきた問題だったが、最終的には、神の奇跡って事で結論付けられてきたからなあ」
「神の奇跡ですか」
俺もあながちそれは間違いではないと思っている。現時点では、ヒーラー体が傷を治癒する。と言うところまでしか解明していない。ヒーラー体がどのように傷を治癒するのかは分かっていないのだ。
だから突き詰めていって最終的に神の奇跡となっても不思議じゃない。何せこの世界は神(運営)の創り出した世界なのだから。飲んだだけで、傷に振り掛けただけで見る見るうちに傷が治癒するポーションは、チートな存在だろう。神が作ったと言われた方が合点がいく。
「しかも工藤の身体の中にもヒーラー体があるんだろ?」
「はい。少量ですけどね。まあ、これは俺だけではないんですけど」
「ん? どう言う事だ?」
鍵穴をいじる手を止めて、武田さんが振り返る。
「どうやら『治癒』とか『回復』とか、そっち系のスキル持ちは、多かれ少なかれヒーラー体を体内に持っているようです」
「そうなのか?」
首肯する俺。これは魔法科学研究所の研究員の中で、異世界、地球関係なく『治癒』や『回復』のスキル持ちに協力頂いて、十数人の血を調べた結果だ。『回復』持ちはヒーラー体の数は少ないが、『治癒』持ちはヒーラー体が多かった。自分の身体を回復させるよりも、他者を治癒する方がヒーラー体を多量に必要とするからかも知れない。
「だがそうなると、工藤の前提が崩れないか?」
「前提が、ですか?」
再び鍵穴に集中し始めた武田さんの背中を見ながら尋ねる。
「工藤の前提条件なら、ヒーラー体は母系遺伝で、一部の人間が持っているんだよな」
「そうですね」
「だが、この地球に天賦の塔が出来た頃の事を思い起こしてみろよ。『小回復』持ちが大量に生まれただろう?」
そうだった。ズルして天賦の塔に挑もうとした連中が、軒並み『小回復』のスキルを発現していて、笑い者になっていたっけ。
「そうなると、ヒーラー体は人間なら誰もが持っている?」
「可能性はあるな。発現条件は工藤の予想通りだろうが。開いたぞ」
扉の鍵穴からピックを抜きながら、武田さんは一息吐いた。貴重な意見ありがとうございます。
「よっしょあ!」
ここで、俺のせいでレベルが高くなっている魔物の露払いにうんざりしていたタカシが、直ぐ様扉に手を伸ばす。
「馬鹿!」
「え?」
それを叱る武田さんだったが、タカシは既に扉を開けていた。瞬間、扉の向こうから襲い来る巨虎の剣歯と鋭爪。
ザシュッ!
タカシがそれに尻もちをつく間に、俺が伸ばした右手から、アニンの黒刃が巨虎の喉を貫いた。
「タカシ大丈夫か!? 全く、『探知』スキル持ちが何をやっているんだ」
「扉に遮断されてたんだよ」
「まだ来るぞ!」
タカシのケアを武田さんに任せ、俺は扉の先に出て、巨虎三頭を瞬殺する。
「タカシ、ここは俺と武田さんのせいでレベル以上にヤバい場所になっているんだから、気を付けろよな」
「だったら俺をメンバーに入れるなよ!」
「この方がレベルアップが早いからな」
「悪魔だ」
何と言われようと、出来るだけ早く地球の勇者は見付けなければならない。日本政府や各国政府や軍などにも要請しているが、こちらでも出来る事はしておかないと。
「と言うか、工藤から見たらいつもの魔物より弱いんだろ?」
尋ねる武田さんに首肯で返す。
「なら工藤が魔物を拘束するなり手足を斬るなりして無力化してくれよ。その間に俺たちがトドメを刺すから」
接待プレイをしろと?
「まあ、単にレベル上げするだけなら、それでも良いですけど、プレイヤースキルを上げないと、同レベル帯でも実力に雲泥の差が出ますよ?」
「そうか、そっちの問題があるのか。面倒臭いな」
武田さんは口元に手を当てて、今後のやるべき事を色々と考え始めた。うん。後でやって。今魔物に囲まれているから。
「良いから手伝え!」
陸生ワニのような魔物の大顎を、なんとか躱したタカシが、ボーッと突っ立っている武田さんに大声で怒鳴りつける。それにハッとなった武田さんが、直ぐ様ロングナイフを両手に構えて、天井から滑空してくる鷲の魔物を攻撃する。
「はあ……、はあ……」
「はあ……、はあ……」
「粗方片付きましたかね」
周囲を見渡せば、魔物は全て地に伏し、動いているヤツはいない。そしてそれら死体は続々と天賦の塔に吸収されていった。こう言うところは吸血神殿に似ているな。あっちが天賦の塔に似ているのかも知れないけど。
「うげえ。なんかどんどんレベルが上がっていくんだけど」
「ああ。えげつねえなあ。俺なんてもうレベル十七だぞ」
タカシと武田さんは床に腰を下ろして、乱れた息を整えていた。まだ迷路は続くんだけどね。
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