第494話 思えば遠くへ来たものだ
「ねえ、お兄ちゃん。何で犬を貸したら、お兄ちゃんが異世界の国の首相になって帰ってくるの?」
「俺が聞きたいよ」
実家のリビングにて、ミデンを抱えながら、家族揃ってテレビを観ていた。いや、ちょっと違うな。キッチンで母は唐揚げを揚げ、それをダイニングでバヨネッタさんが揚げたそばから食べている。そして唐揚げの作り方を母から学んでいるカッテナさんに、俺の後ろに立つダイザーロくん。
テレビでは、バヨネッタさんが高橋首相と握手を交わし、日本とバヨネッタ天魔国で国交を結ぶ調印式をしている映像が流れているが、バヨネッタさんの横に俺が立っていたにも拘らず、俺の元にDMやらメールやら電話やらは来ていない。バヨネッタさんもそうだが、俺も、今回の調印式に同行した臣王の一人であるチーク王も、カッテナさんも、ダイザーロくんも、正装に帽子から薄布を垂らし、顔を覆っていたからだ。顔バレが面倒臭いので、俺のゴリ押しでこれが正装と言う事にさせて貰った。
「お兄ちゃんがバヨネッタ天魔国の首相になったって事は、異世界人? 外国人? になるって事?」
「そうなる、のか?」
まあ、早々に国籍はバヨネッタ天魔国になるだろうな。まさかこんな事になるとは思っていなかった。武田さんは呆れていたっけ。ミカリー卿は俺やバヨネッタさんが我を通せば、敬虔なデウサリウス教徒ならば従うよ。と呑気に言っていた。それだけ使徒と言う地位には権力があるようだ。しかもバヨネッタさんは天使が直々に使徒に任じた魔女だ。教皇が使徒と定めた俺よりも権力があるそうだ。
「高校はどうするんだ? クドウ商会のバイトは?」
と父が尋ねてきた。
「高校はちょっと分からない。四月までに決めるよ。バイトは辞めるかなあ。一国家の首相がアルバイトもないからねえ。商会と貿易する事にはなると思うけど」
でも今って世界⇔異世界貿易はクドウ商会が一強だ。その是正も考えて、バヨネッタ天魔国からも貿易会社を出さないとなあ。
「さて、俺はこれで帰るわ」
テレビでのニュースが切り替わった所で、俺が立ち上がると、
「まだ、私食べ終わっていないのだけど」
とダイニングのバヨネッタさんがこちらを睨む。
「ああ、バヨネッタさんはそのまま好きなだけ食べていてください。外に帰りの車は用意してありますから」
「そうそう。面倒事は春秋がするんでしょう? それならバヨネッタさんはうちでのんびりしていれば良いわよ」
と俺の言に母が相槌を打つ。
「分かったわ。それじゃあ、後は任せたから」
こちらに手を振るバヨネッタさんと頭を下げるカッテナさんを実家に残し、ダイザーロくんと家を出ると、外で待っていたのは二台の車。片や黒塗りの高級車で、もう片方は普通のSUVだ。俺たちが乗り込むのは当然SUVの方である。
「お待たせしました」
後部座席に乗り込むと、運転席で待っていた七町さんが頭を下げた。
「良いんですよ。大変な事になっていますし、ご家族と少しはゆっくりしてください」
「ありがとうございます」
俺が礼を述べると、バックミラー越しに七町さんもお辞儀をして、SUVを発車させた。
「おお、主役のご登場のようですね」
「辻原さん、茶化さないでください」
俺がやって来たのは東京某所の料亭である。そこで待っていたのは二組のお偉方。片やバヨネッタ天魔国からチーク王に大臣たち。もう片方は辻原議員に高橋首相ら日本の国政を担うお偉いさん方だ。シンヤの父親である一条議員の姿もある。そんな中で俺はど真ん中、高橋首相の対面に腰を下ろす。
「しかしあの高校生が、今や一国の首相とは運命とは数奇なものですな」
他国の王族を前に言葉は選んでいるが、辻原議員の言葉は最もだ。一年前だと、バヨネッタさんと会ったか会わなかったかくらいのころだ。
「工藤首相、日本国籍離脱やら、バヨネッタ天魔国の国籍取得の細かい事はこちらの一条を派遣してやらせます」
「え? 一条議員をですか?」
驚いて一条議員を見遣れば、一条議員はこちらへ頭を下げる。議員を長期滞在させる訳にもいかないし、シンヤのお父さん、議員を辞めるのか?
「ええ。辰哉くんが存命であると知ってから、ずっと相談されていましてね。良い機会ですので、これを機に駐在大使としてそちらへ派遣しようかと」
俺に向かって頭を下げる一条議員。
「はあ。でも、我がバヨネッタ天魔国はパジャン天国とは真反対にある国ですよ」
何なら日本にいた方がシンヤに近いまである。
「それでも、辰哉がいる世界、辰哉が守ろうとしている世界がどんな場所なのか、この目でしっかり見ておきたいと思ったのです。辰哉の重責に少しでも寄り添ってあげられるように」
家族として、色々考えているんだな。俺は一条議員の意を汲んで首肯する。
「では早速、両国の友好の為の会談と参りましょう」
辻原議員に促される形で会談は始まった。
「チーク陛下より軽くお話は聞いておりますが、バヨネッタ天魔国も水害の多い国であるとか?」
「ええ。多くの川に囲まれた国ですから、これから雨季が来れば、増水で水没する島もあるそうです」
「それは困りましたな」
と眉尻を下げる辻原議員だが、少しわざとらしくないか? それともこれくらい同情してみせた方が良いのだろうか?
「毎年の事なので、国民は慣れっこのようですけどね。それに水が豊富なので、バヨネッタ天魔国はオルドランドと並ぶ水麦の一大産地であり、ハーンシネア山脈以西だと、バヨネッタ天魔国産の水麦が多く出回っているようです。また、それ以外の農業や酪農、畜産も盛んで、川に囲まれ、南に行けば当然海に出るので、水産業も行われる食の宝庫。美食の国と呼んで差し支えないかと」
「そう言えば、モッツァレラチーズのようなチーズ作りも盛んなそうですな」
「ええ、絶品ですよ。それに東にそびえるハーンシネア山脈にはオヨボ族と言う民族が暮らしており、彼らは羊やアルパカとともに暮らしています」
「ほう。アルパカと言えばカシミヤとも並ぶ高級獣毛ですね」
これに首肯するのはチーク王だ。
「ええ。オヨボ族とは古来より取り引きしており、食料品を獣毛や鉱物、塩と取り引きしています」
へえ。鉱物に塩か。塩と言うと日本人からしたら海塩のイメージだけど、世界的には岩塩の方が普通って話も聞くよなあ。だから塩は土偏なのだとか。
「面白い話ですな」
と顎に手を当てる辻原議員。食い付いてきたな。日本も塩の自給率は十一パーセントと低く、そのほとんどを輸入に頼っているからな。バヨネッタ天魔国経由とは言え、輸入先が増えるのは嬉しいだろう。俺も塩作れるけど、あれを塩と呼んで良いのかどうか。
「鉱物とは、何が採れるのですか?」
「色とりどりですね」
「色とりどり?」
チーク王の言葉に俺は首を傾げた。
「宝石として加工したり、絵の具の顔料にしたりするのです」
「宝石が採れるのですか?」
「ええ。それを原石のまま我が国に持ち込み、我が国の加工技術で宝飾品や絵画にして、他国へ売り込むのです」
成程ねえ。
「もしかして、エルルランドって」
俺の言葉にチーク王は首肯する。
「エルルランドもモーハルドも、お得意様です」
どうやらバヨネッタ天魔国は、美食と加工技術で成り立っている国のようだ。どちらも財宝の魔女であるバヨネッタさんが喜びそうだな。
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