第145話 宵の密談(後編)

「おいおい。いくら衰退だ、斜陽だと言われていても、この国は技術立国日本だぞ?」


「それも今や中韓印とかあの国に追い越されようとしている印象ですけど」


「言うじゃねえか」


 言い過ぎたかな。辻原議員に睨まれると怖い。


「まあ、何であれ、相応の技術屋が日本にはゴロゴロいるんだよ」


「成程。なら治水に詳しい人を揃えておいてください」


「治水?」


「オルドランドにはビール川と言う大河が、北から南へ縦断するように流れているのですが、これが毎年雨期になると氾濫するんです。俺としては、これをどうにかできないかなあ。と思っているのですが」


「ふむ。川で治水となるとダムか。デカいのかその川は?」


 俺は首肯する。


「恐らくブラジルのアマゾン川や、エジプトのナイル川クラスだと思います」


「それはデカいな。それが毎年氾濫するとなると、オルドランド人も相当困っているだろう」


 辻原議員はそう言いながらも、これは食い込む余地ありと思っているのだろう。口端が上がっている。


「ただ巨大なダムを造れば良い。と言う訳でもないんですよ」


「そうなのか?」


「ビール川流域では、水麦と言う、水畑で作る麦が栽培されており、ビール川が氾濫して、その栄養豊富な水が水畑に流れ込むのも込みで栽培されているんです」


「スイバク? どう言う穀物なんだ? 麦に近いのか? それとも稲か?」


「麦の仲間みたいですけど、見た感じはセイタカアワダチソウですね」


「セイタカアワダチソウ?」


 俺の言葉が信じられないのか、辻原議員は七町さんの方を見た。


「確かに、私の前世の記憶でも、水麦は私の身長より高かったです」


「そんなに背の高い麦となると、川から流れ込む水の量も相当だそ?」


 辻原議員も、話の規模がどれ程大きいのか分かってきたようだ。


「ええ。ただダムを造れば良い訳でないですし、ダムを造るにしても、川に棲む貴重な野生生物たちをどうするのか。と言う問題もあります」


「ビールガワクジラですね」


 七町さんの合いの手に俺は首肯する。


「ビールガワクジラ? 川にクジラがいるのか?」


「はい」


 俺と七町さんが同時に頷いた。それに対して辻原議員も美登利さんも、驚いたような呆れたような顔になる。


「ただ、もしかしたらビール川の問題は、ダムを建設しなくても解決するかも知れません」


「どう言う事だ?」


 折角オルドランドと接点を持てると思っていたのが、交渉前に御破算とはと、辻原議員に詰められた。七町さんも、ビール川の問題はダムなくして解決不可能と思っていたのだろう。不思議そうにこちらを見てくる。


「実はベフメ領で試して成功した事例なのですが、吸血神殿を使う方法があるんです」


「吸血神殿!?」


 声を上げたのは七町さんだ。辻原議員は何の事か分かっていない。


「ええ。ビール川流域各地には、吸血神殿と言われる地下に向かって造られたダンジョン、施設があるんですが、これが魔法で海と繋がっているようなのです」


 二人ともいまいちピンときていないようだ。


「要はその地下施設を、外郭放水路のように使って、堤防から溢れる水を、その地下施設に集めてから海に放流したんです」


 吸血神殿がどんなものか知っている七町さんは、口を開けて呆けているが、辻原議員は腕を組んでうんうん頷いていた。


「成程な。外郭放水路が既に存在しているのか。となると、こちらがやるべきは堤防の強化と、その地下施設への水の誘導か」


「恐らくそうなるかと」


「それでも相当な国家事業になりそうだな」


 日本は水害大国だ。神話の時代から水害と戦ってきた歴史がある。まあ、それはオルドランドもそうだろうけど、日本の水害対策は地球でもトップレベルだろう。オルドランドと組めば、強固な治水施設を作り上げられるのは間違いないはずだ。


「国土交通省から治水に詳しいやつを派遣しよう」


「それが良いかと思います。いや、いっその事、内閣府に全11省、それに警察庁で向かった方が良いのかなあ?」


「それはそうだろう。言っただろう、百人送り込むと。これはあくまで国土交通省での人選の話だ」


 そうだった。


「送り込むのは人材だけですか?」


「? どう言う意味だ?」


「将来的にですけど、日本が窓口になれば、各国から農作物やら電化製品なんかを売買出来るのでは?」


 俺の言葉に、辻原議員は途端に渋い顔をなってしまった。どうやらそれが嫌であるらしい。


「それをすれば米中露やらあの国あたりが、こちらにももっと利権を寄越せと迫ってくるだろうな」


 成程。出し抜きたいのか。となると、


「桂木さんが率いる異世界調査隊とは、手が組めませんね」


 深く頷く辻原議員。桂木の異世界調査隊は、今や世界中の学者やら優秀な人材が集まっている。そこには各国の政府から様々な指令を受けた人物も多くいるはずだ。そうなってくると、抜け駆け禁止みたいな暗黙のルールが出来上がったりする。そこで俺の出番と言う訳か。


 俺は異世界調査隊と何ら関係がないし、俺がいるのもモーハルドじゃなくてオルドランドだ。今後、モーハルド、桂木、異世界調査隊に世界各国の動き方次第で、日本の利権が縮小する可能性は少なくない。いや、もうその可能性の芽が出始めているから、俺の方に話を振ってきたと考える方が自然なのかも知れないな。


「まあ、こんな話をしてますけど、すぐに公式であれ、非公式であれ、オルドランドと会談の場を設けるのは難しいですね」


 俺の言葉に辻原議員が深く頷く。


「それはそうだろうな。こちらも色々準備が必要だ」


「いえ、そうではなく、今、俺の方についてくれている、魔女のバヨネッタさんとオルバーニュ財団のオルさんが、サリューンと言う国に行っているので、二人が帰ってこないと、俺が動けないんですよ」


「…………」


「…………」


「…………それは、春秋一人で動けないのか?」


「話には耳を傾けて貰えるかも知れませんけど、相手も政事に長けた海千山千の猛者ですから、一介の高校生である俺はころっと騙されて、不利な条件で契約を締結する事になるかも知れませんけど、それでも構いませんか?」


「それは困るな」


 と言う訳で、本格的な話はバヨネッタさんとオルさんが戻ってきてから、事前の打ち合わせの場を設ける事になった。

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