第160話 土曜の朝
翌日。自室で目を覚ますも、ベッドで寝ていたはずのオルさんの姿がない。こっちは床に布団を敷いて寝かせられたと言うのに、あの人はどこへ行ったのか。まあ、分かっているけどさ。
洗面所で顔を洗い、歯を磨き、リビングに顔を出すと、なんかちっちゃな工場みたいなものが出来ていた。ベルトコンベアがパーツを運び、コンベアの両脇にいるロボットたちが、そのパーツでロボットを組み立てる。そして作業の終わったロボットはパーツに解体され、またコンベアを流れて行くのだ。ロボットが作られ、解体され、またロボットが作られ、解体され、その繰り返し。何だこれ? ロボットの永久機関か?
「何やっているんですか?」
朝から自信作であるらしいロボットの永久機関を眺めながら、満足そうに頷くオルさんに声を掛ける。
「ああ、ハルアキくんおはよう。どうだい? 僕の作品は?」
自信満々に披露されてもな。
「テーマは哲学ですか? それとも宇宙ですか?」
「『愚かなる人間』だ」
朝っぱらからなんてテーマの作品見せてくれてんだこの人は。
「はいは~い。こんなのここにあっても邪魔なだけなんで、片しますよう」
そう言って俺がオルさんの作品をバラバラにすると、「ああ!?」とオルさん、だけでなくカナからも声が上がった。
「あの傑作になんてことを! お兄ちゃんのセンスを疑うわ!」
「はいはい。センスないセンスない」
そう言いながら俺はロボットのパーツをダンボールに仕舞っていくのだった。
「柔らかいな」
朝食にロールパンを食べたオルさんの感想がこれだった。確かに、日本のパンは柔らかい。異世界で食べたパンは、どれもこれも硬めで、場合によってはスープに浸さないと食べられないくらい硬いものもあるからなあ。
「それに甘いな」
確かに甘い。日本のパンにはどれもこれも砂糖が使われているからだ。これには異世界人だけでなく、外国人でも驚くらしい。何故、日本のパンはこんなに甘いのかと。
「何だって?」
とオルドランド語で何やらしゃべりながら朝食を食すオルさんが、何を言っているのか分からず、隣りの父が尋ねてくる。
「甘くて美味しいってさ」
そう伝えるが、家族三人とも不思議そうな顔だ。それはそうだろう。だってオルさんパンにジャムもバターも塗ってないし。甘いパンに慣れている日本人からしたら、何も加えられていない素のパンは、味も素っ気もなく感じるが、異世界から戻ってきてみると、ただのロールパンでも美味しく感じるものなのである。
さて、今日は土曜日だ。学校がないので午前中から異世界集団の相手をしなければならない。これは偶然金曜の夜にこっちに来たのか、それとも俺の行動パターンが解析された結果なのか、はたまたデチヨさんの占いなのか。ここで考えに耽っても答えは出ないのでやめておこう。
まずはホテルに泊まっている異世界集団本隊と合流しなければならない訳だが、オルさんを電車で移動させるのは、あまりに目立つだろう。
「父さん、車出して」
「うん? そうだな」
父は俺に言われて、朝食後に直ぐ様リビングでロボット作りに熱中し始めたオルさんを見遣り、中世貴族のような格好に、水色の髪や瞳を見て納得したようだった。
「そうだな。すぐ出そう」
と父が口にしてすぐに、俺のスマホにDMが飛んでくる。
「あ、やっぱりいいや。会社の人がすぐそこまで来ているみたい」
「そうか」
俺の言に、何故か父は寂しそうに項垂れるのだった。
「ありがとうございます、
「いえ、これも仕事ですから」
土日も仕事なんて、嫌な会社だな。誰だよ社長。俺だよ。泣ける。俺とオルさんは、すぐにやって来た軽自動車に乗り込み、ジョンポチ陛下たちが泊まっているホテルへ向かう。
「三枝さん、軽派だったんですね」
「日本では軽が無敵ですよ」
そう語る好青年、三枝
「ただオルさんには少し狭かったみたいですけど」
と後部座席で窮屈そうにしているオルさんを振り返りながら、俺は口にする。オルさんはあれで背が高い。百九十センチくらいはあるだろう。なので軽に乗るのは大変そうで、手足を上手い事折り畳んで乗ってくれているが、やはり見た目から窮屈そうだ。
「すみません。オルバーニュ財団の会長にこのようなご不便をさせてしまって」
三枝さんがオルドランド語で謝ると、
「大丈夫ですよ。これも面白い体験です。このような小型の自走車もあるのですね」
と三枝さんを気遣うオルさん。さっきまでロボットのパーツが詰まったダンボールを持って帰るとゴネていたのと同一人物とは思えない。まあ、後でおもちゃ屋さんでいくらでも買ってあげると言って、その場は引いて貰ったけど。
ジョンポチ陛下たちは俺でも名前を聞いた事がある、東京の格調高いホテルに泊まっていた。ちなみに、ここの宿泊代はうちの会社持ちだ。まだ日本に正式に招いた訳じゃないので、しょうがないらしい。うう、いくら掛かっているのか、後が怖い。
中に入れば、皆エントランスホールの窓際で、ソファに腰掛けながら庭を眺めていた。
「うむ、待っていたぞハルアキ」
俺が現れた事で、ジョンポチ陛下が手を振ってくれた。そうして近くに行って驚いた。
「どうしたんですか? その格好」
「どうだ? 中々似合うであろう?」
ホテル組はジョンポチ陛下にソダル翁、マスタック侯爵にディアンチュー嬢だけに留まらず、お付きの十人、果てはアンリさんまでこちらの洋服に着替えていた。いつもの服装なのはバヨネッタさんだけだ。
「街中であの服装は浮くと思ったので着替えて貰いました。あと武器の携行も止めました」
と七町さんらクドウ商会の面々。
「それは英断ですけど、バヨネッタさんだけ変わっていませんね」
流石にバヨネットは持っていないが、いつもの貴族令嬢のような服にマントのようにローブを羽織い、頭には幅広の三角帽のままだ。
「何を言っても頑なに拒否されてしまいまして」
こだわりの強い人だからなあ。
「まあ、あれはあれでゴスロリみたいだから大丈夫じゃないですかね?」
「はあ。こちらでもそう言う結論になりました」
大変だったみたいだなあ。
「それに皆の服装がそのままだったとしても、バヨネッタさんが腰にぶら下げている幻惑燈で、周りからもそんなに気にされないと思いますよ」
「そうなんですか?」
「ええ。うちでもそんなに気にされませんでしたし」
ここで膝から崩れ落ちる七町さんと三枝さん他、クドウ商会の面々。
「私たちの苦労はいったい」
「まあ、何かあるかも知れないので、バヨネッタさん以外には着替えておいて貰いましょう。そう言う訳なんで、オルさん」
「ああ。着替えてくれば良いんだな」
とクドウ商会の一人がオルさんを部屋に連れて行く。
「さてと。では皆さん、オルさんの着替えが済み次第ホテルを出発します。よろしいですね?」
「うむ。やっとだな」
ジョンポチ陛下ら異世界集団は、余程今回の旅行を楽しみにしているようだ。ご期待に沿えるとは思えないけど。
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