第243話 認識
朝のホームルームが終わると、体育館で始業式だ。その壇上で二人はまた自己紹介していた。体育館の後ろにはマスコミの姿もあり、二人が注目の人物である事が覗えた。
今日は始業式だけなので、帰りのホームルームを終えたらサヨナラとなるはずだったのだが。帰れない。俺の、と言うか両隣りに人だかりが出来て帰るに帰れなくなってしまったからだ。
「日本語上手ぅ!」
何が面白いのか、女子たちがキャッキャしながら二人に尋ねていた。
「スキルのお陰です」
「おおおおおお!」
ミウラさんの返答に、男子たちの低い驚嘆がクラスにこだまする。
「それってどんなスキル?」
地球人は基本的にスキルを持たないから、気になるのだろう。聞いて当たり前のように女子が尋ねる。
「『言語翻訳』と言うスキルです」
「おおおおおお!」
男子たちがまた驚きの声を上げる。
「え? それってどんな言語でも分かるって事?」
「基本的には人類であれば地球人や我々の世界の人間であっても対話は可能です」
「おおおおおお!」
男子どもよ、多分それ流行らないぞ。
「ええ、良いなあ! 翻訳ソフトの上位互換って感じじゃん!」
確かにそんな感じたな。手に持ったり身に付ける必要がない分、こっちの方がお得感があるな。
「アネカネさんも『言語翻訳』のスキルを持っているの?」
「いいえ」
「おおおお! ……おお?」
当然持っているだろうと思っていた男子たちは、アネカネの意外な返答に、変なリアクションになっていた。
「違うの?」
「ええ。私のスキルは、『生命の声』と言う、言語翻訳よりも更に上位のスキルです」
へえ、そんなスキルも存在するのか。
「ええ!? それってすっごいじゃん! カッコイイ!」
「おおおおおお!」
男子も女子も、アネカネの返答に大騒ぎだが、当の本人は作り笑いをしていた。それはそうかも知れない。と俺は感じ取ってしまった。生命の声と言う事は、人間以外の声も聞こえると言う事なのだろう。もしも食材になる生き物の声なんてものが聞こえるようになったら、俺なら何も食べられなくなりそうだ。
いや、人間も動物も植物も、全てが同列に思えるようになってしまうかも知れない。そこに上下はないだろう。中々に業の深そうなスキルだ。
「始業式で話していたけど、アネカネさんって魔女なのよね?」
「そうよ。故郷では
「おおおおおお!」
「獣遣って事は、何か魔獣みたいのを召喚して、それと意思疎通出来たりするの?」
成程。『生命の声』を持っているなら、獣遣の二つ名を持つのも理解出来るな。野生動物だろうと魔物だろうと、対話出来るだろうし。
「ええ、そうよ。何なら見せてあげましょうか?」
「おおおおおおおおお!!」
クラスのテンションが爆上がりした。まあ、魔法もまだまだ身近じゃないもんなあ。俺も魔導具頼みで、魔法ってあんまり身近じゃないかも。いや、魔導具も魔法なのか?
などと俺が考えている間に、アネカネはスッとポケットから魔法陣の刺繍されたハンカチを取り出し、それを机に広げてみせると、何やら俺たちには理解出来ない呪文を唱え始めた。
そう言えばペッグ回廊でシンヤが転移陣を起動させる時にも、何か呪文を唱えていたっけ。と思考があっちこっちへおでかけしている間に、魔法陣が光りだし、直後に、ポンッ! と言う破裂音とともに魔法陣の上に煙玉が現れた。
その煙玉の煙が晴れると、そこには一匹の小さな白いウサギが座っていた。頭にちっちゃな角があるから、角ウサギだな。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
学友たちが煩い。しかしこれは凄いな。異世界から直通で生き物を召喚出来るとか、物流的にもヤバいけど、検疫的にもヤバいんじゃなかろうか? いや、それを言い出したら、俺の転移門もヤバいけど。ミデンとか連れてきちゃってるしなあ。思えば何で転移門で病気とか行き来していないんだ? ブンマオ病の時はずっと異世界だったけど、軽い風邪とかウイルスとか、行き来していてもおかしくないのでは?
「それって、どう言う理屈なんだ?」
俺は思わず尋ねていた。
「どう言う理屈って?」
「地球と異世界にトンネルみたいな穴を開けて、呼び寄せているとか?」
「それはどちらかと言うと転移ね。これは一度粒子レベルまで分解して、ここで再構成したのよ」
「おおおおおおおおおおおお!?!?」
分かってないよねえ? 驚嘆の声に疑問符が付いているぞ。要はSFで言うテレポーテーションと同じ理屈なのだろう。俺も難しい事は分からない。魔女じゃないし。何であれ、これなら検疫問題も大丈夫そうだ。召喚されるのその生き物だけだろうし、付着物とかなさそう。同じ生き物であると言えるかは分からないが。
「触って良い?」
女子の一人が角ウサギに手を伸ばすと、アネカネがそれを遮る。
「待って。まずはこの子に聞いてみないと」
そう言うとアネカネは、鼻をヒクヒクさせて角ウサギと会話を始めた。
「ふむふむ。ふふ。召喚されて疲れているから、三人までですって」
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
そこからはジャンケン大会の始まりだった。誰がこの角ウサギに触れるか、それを賭けてのジャンケン大会は大盛り上がりだ。何故かタカシが音頭を取り、全員でジャンケンをしている。
「ハルアキは加わらないの?」
アネカネがいたずらっぽく尋ねてきた。
「捌いて良いのか? 美味いよなあ、ウサギ肉」
「…………」
そんなクラス全体で引かなくても。冗談だったのに。
ジャンケン大会で盛り上がっている間、アネカネは角ウサギと親しげに会話をしていた。ウサギ語だから何言っているのか分からないけど。
さて、俺はこの隙にFuture World Newsに関して調べるか。そう思ってスマホを手にした時に閃いてしまった。
「もしかして、アネカネがネットでニュースが読めたのって……」
俺が口にした事に、アネカネがにこりと微笑んだ。
「ええ、そうよ。コンピュータのAIが優しく操作方法を教えてくれたわ。こんな風にね。アミ」
『こんにちは、皆さん』
アネカネが俺が取り出したスマホに話し掛けると、スマホのAIが返事をした。アミと言うのはこのスマホのAIの名称だ。フランス語で友達だそうだ。
「…………」
そこは絶句なのかよ。と学友たちにツッコミを入れたいところだが、そんな雰囲気でもないか。アネカネがAIと対話が可能と言う事は、アネカネのスキル、『生命の声』がAIが生命であると認識していると言う事なのだから。いや、単にAIの音声認識が反応しただけなのかも知れないが。
が、ここで軽々に判断出来ない。現在地球では、AIの人権問題に付いて激しい議論がなされている。片やAIは既に生命の領域に達しているとする勢力と、片やあくまでAIは機械であるとする勢力。アネカネの『生命の声』は、その議論に一石を投じたのだ。
「わ、わあ、す、すごいねえ。あ、私この後用事があったんだ!」
先程までジャンケン大会で盛り上がっていた学友たちは、そこら辺に敏感に反応し、これ以上二人と、と言うよりアネカネと話をするのはヤバいと感じ取ったのだろう。まさに波が引くように俺たちから離れていき、5分後には俺、アネカネ、ミウラさん、タカシの四人以外、クラスからいなくなっていた。あ、角ウサギもいるや。
「私何か間違った事をしたのかしら?」
「間違った事を、って言うか、多分後々、面倒な事になったな。と思う事になると思うよ」
俺の発言に、アネカネはとても渋い顔をするのだった。
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