第204話 得心がいく

『聖結界』の更に外側にバヨネッタさんの結界を張り、その中に俺たちは収まり休憩をする事にした。シンヤとバンジョーさんは目を覚まさず、この場から動く事が出来ないからだ。


 バンジョーさんは直ぐ様リットーさんのハイポーションで傷は回復したが、キュリエリーヴによってオルガンと分離したのが余程堪えたのだろう、未だに目を覚まさない。その横では、キュリエリーヴによって分離したオルガンが、球体となって心配そう? にバンジョーさんに寄り添っていた。


 シンヤは、どうなのだろう? ギリードの『操縦』によって、かなり脳にダメージを受けていたみたいだから、このまま目を覚まさないんじゃないかと心配だ。


 ゼストルスは流石は竜と言うべきか、ハイポーションで回復するなり、既に元気そうにしている。


 リットーさんは自身の『空間庫』から、片手に収まる程度の銀の球体を取り出していた。何をするのだろう? と見ていると、それが一瞬にして螺旋槍へと姿を変えた。


「なんですか今の?」


 思わず声を掛ける。


「これか!? これは『回旋』のスキルを使用しただけだ!」


『回旋』のスキルか。リットーさんのスキルが『回旋』である事はシンヤとの戦いで初めて知った。それは別に良い。俺なんて未だにバヨネッタさんのスキル良く知らないし。


「『回旋』を内巻きにする事で圧縮し、外巻きにする事で復元しているのだ!」


 とその場で球体にしたり槍にしたりと、実演して見せてくれるリットーさん。


「へえ、そんな事も出来るんですね」


「ああ! 他にも、斬れてしまった盾と盾を、こうくっ付けて、両者の間を内巻きで繋ぎ合わせる事で、接着させたりも出来る!」


「おお! 確かにくっ付いている。しかも渦巻き状の跡なんかも残っていない。表面が綺麗だ」


 これが出来ると言う事は、相当繊細な魔力コントロールが出来ると言う事だろう。


「まあ、今は緊急時なので、これら壊れた武具は仕舞っておいて、『空間庫』内の武具を使わせて貰うが!」


 そう言ってリットーさんは螺旋槍の他にも銀の球体を取り出し、それを鎧と大盾に復元して見せてくれた。それを着込む姿は、なんとも言えなかったが。


 成程なあ。思えばベフメルで堤防に穴を開けた時も、『回旋』のスキルを使っていたのだろう。恐らく闘技場でバヨネッタさんの魔弾を跳ね返したのも、ウルドゥラとの戦いでゼストルスの竜の火炎が渦を巻いていたのも、それがリットーさんやバンジョーさんに届かなかったのも、この『回旋』のスキルによるものだったのだろう。


 強力なスキルだけど、使いこなすには相応のプレイヤースキルも必要そうだなあ。


 着替えをまじまじと見ているのもあれだから、他に視線を巡らせると、バヨネッタさんが疲れ果てた顔で虚空を見詰めていた。こんなバヨネッタさんは初めてだ。


「大丈夫ですかバヨネッタさん?」


「誰に意見しているのかしら?」


 大丈夫そうである。


「あの吸血鬼に色々使ってしまったから、どうやって穴埋めしようか考えていたのよ」


「色々ですか?」


「コレサレの首飾りに、財宝類をいくつか、銃砲系も半分以上壊されたし、ハイポーションも使い切ってしまったわね」


 それはかなりの痛手だ。本当にギリギリの戦いだったんだな。間に合って良かった。


「失った物は帰ってきませんけど、命あっての物種ですし、また、宝を集めるしかないですね」


「知った風な事を言うわね」


「すみません」


「まあ良いわ。事実だし」


 そう言いながらバヨネッタさんはシンヤの横に置かれている二振りの聖剣、霊王剣とキュリエリーヴをじいっと見詰めるのだった。


「流石に、勇者から聖剣を奪うのはどうでしょう?」


「そう? 逆に勇者なんだから、聖剣に頼らずに魔王を倒しても良いと思うのよ」


「何を言っているんだバヨネッタ殿! お主も霊王剣がパジャンの国宝である事を知っているだろう!?」


 着替えが終わったリットーさんが、バヨネッタさんを諌める。この場にリットーさんがいなかったら、バヨネッタさんは目を覚ましたシンヤ相手に、口八丁で聖剣を手に入れていてもおかしくないからなあ。今も怒られた子供のように横を向いているし。


「って言うか、国宝を戦場に持ち出しちゃったりして良いんですか?」


「パジャンでは魔王が現れる度に勇者を召喚し、その者に霊王剣を託すのが大昔からの習わしなのだ!」


 へえ。まあ、魔王を倒す為の聖剣なのだろうし、国の宝物庫の肥やしになっているよりは余程有効活用されていると言っていいのかも知れない。


「霊王剣はそうかも知れないけれど、キュリエリーヴは良いんじゃない? あれって外道仙者の所蔵品でしょう? どうやって手に入れたのかは知らないけれど、個人所有の物なら、私が譲り受けても良いと思うの」


「確かにキュリエリーヴはゼラン様の所蔵品だ! つまりバヨネッタ殿、そう言う事なのだ!」


 そうリットーさんに言われて、バヨネッタさんは理解して不貞腐れてしまった。いや、俺は全く理解出来ていないんですけど? その外道仙者って呼ばれている人の名前が、ゼランだって言う事以外まるで分からん。


「その外道仙者って何者なんですか?」


「仙者のくせに欲にまみれたクズ野郎よ」


 とバヨネッタさん。酷い言いようだな。


「まあ、自分に正直な方である事は否定しないが、決して悪人ではないぞ!」


 はあ。それにしてはバヨネッタさんが機嫌悪そうなんですけど?


「バヨネッタ殿とゼラン様では、収集家として、被るところがあるだけだ!」


 成程。得心がいった。財宝集めが人生の指針みたいなバヨネッタさんからすると、その前に立ちはだかるのがそのゼラン仙者なのか。


「ゼラン様はその道では有名人でな! この五百年程、財宝の収集に身を入れておられる!」


「五百年、ですか?」


「東の大陸の価値ある物は、全て外道仙者の元にある。と言われている程よ」


 凄いな。俺の想像だと、金で出来た宮殿で財宝に囲まれながら暮らしている姿が思い浮かぶ。そう言う人が相手なら、バヨネッタさんがベフメ伯爵から貰ったフーダオの花形箱を、とても喜んでいたのは納得がいくな。あれが大陸外に流出した事は稀だったんだなあ。


「それで、いったい何が、そう言う事なんですか?」


 そのゼラン仙者とシンヤの繋がりが分からない。


「シンヤはゼラン様のところで仙道を学んでいたのだ!」


 成程。シンヤは魔王を倒す為の特訓を、そのゼラン仙者さんのところでしていたのか。そしてゼラン仙者に認められて、キュリエリーヴを下賜されたって訳だ。


「仙者のところで仙道を学んでいたのは、あなたもでしょう?」


 とバヨネッタさんに言われて、「ふふっ」と笑顔になるリットーさん。


「つまり、あなたがハルアキに教えてきた共感覚や全合一なんかは、仙道に由来するものだったのね」


「ああそうだ! とは言え私も未だ仙道を極めたとは言い難いがな!」


 と高笑いをするリットーさん。それはつまりゼラン仙者はリットーさんの師匠にあたる人で、リットーさんより強いって事か? え? マジか?


 俺があまりの衝撃に呆けていると、横で動く気配があった。起きたか?

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