第205話 寝起き
「う〜ん……?」
俺の横でバンジョーさんが目を覚ました。シンヤじゃない事に内心少しがっかりしながらも、「おはようございます」と声を掛ける。
「ハルアキか。ボクは気絶していたのか」
腹をさすりながら上半身を起こしたバンジョーさんが、俺の声に応えてくれた。なんとも微妙な顔をしている。
「どうやら寝てすっきり、はしていないようですね」
しかし俺の問い掛けに、バンジョーさんは首を左右に振った。
「いや、逆だ。すっきりし過ぎている。ここ何年かで、一番すっきりした目覚めかも知れない。何でだ?」
何でだ? って、それは……、
『我と分離したからではないか?』
と球体のオルガンがバンジョーさんの疑問に応えた。
「オル、オルガン? お前オルガンなのか?」
めっちゃ驚いているなあ。バンジョーさんは球体のオルガンをガシッと両手で掴んで、滅茶苦茶揺すっている。
『お、お、落ち着け!』
オルガンの必死の訴えに、やっと落ち着きを取り戻したバンジョーさんは、俺とオルガンの説明によって、何とか事態を把握したのだった。
「そうか。じゃあまた同化するか」
迷いがない。
「即決ですか!?」
「何を驚いているんだ? ハルアキだってアニンと再契約したのだろう?」
「俺は戦闘中だったからですよ。今みたいな落ち着いた状況なら、多少は考えました」
「それでも多少だろう?」
それを言われると二の句に詰まる。
「そう言う事だ。ボクであれ、ハルアキであれ、もうオルガンやアニンと言う相棒がいなければ、今後の旅が立ち行かなくなっているんだよ。そして彼らを欠けば、自分が自分じゃなくなるような不安感を抱いている」
確かにそうかも知れない。知れないが、完全に承服はしかねる。特に理論的な理由はない。感情的に負けた気がするから嫌なだけだ。
俺がそんな事を考えている間に、バンジョーさんはさっさとオルガンとの再契約を済ませてしまった。まあ、バンジョーさんにもバンジョーさんの事情があるのだろう。
「はあ……」
一息吐いてまだ眠っているシンヤを見る。その無表情の寝顔に、死んでいるんじゃないかと怖くなる。
「そんな顔するんじゃないわよ。そいつもう起きているし」
「はあ、そんなに浮かない顔していますか? …………え? 起きている?」
「寝た振りしているだけよ」
バヨネッタさんにそう言われ、マジマジとシンヤを見詰める。特に変わったところは見られない。胸が呼吸で上下しているくらいだ。更にじいっと見遣る。
ポカッ。
「痛っ」
俺が殴ったら、そんな声を発した。
「シ〜ン〜ヤ〜!」
シンヤは寝た振りがバレた恥ずかしさから顔を赤く染めながら、上半身を起こした。
「何やっているんだよ」
「いや、敵に操られて友達に攻撃したなんて、自決レベルの恥を晒した後だったから、なんだか顔を合わせ辛くって」
照れながら頬を掻くシンヤ。
「何言っているんだお前は? あれは敵に操られてやったんだから、しょうがないだろ? まあ、対魔法最強の武器を持っていてあれは、お粗末としか言いようがないが」
「訳があったんだよ」
シンヤは目を逸らす。確かに、訳はあったんだろう。
「ジケツ、スルナラ、カイシャク、スル」
と
「シンヤ、オルドランド語しゃべれる?」
「オルドランド語? は? 何でオルドランドが出てくるんだよ? 自慢じゃないけど、僕はパジャン語を覚えるだけでもこの一年精一杯だったんだよ」
全員で意思疎通するのは無理そうだな。と思っていたら、
「ボク、パジャン語なら多少しゃべれるよ」
とバンジョーさんが言い出した。裏切り者ッ。バンジョーさんはこちら側だと思っていたのにッ。これでパジャン語が分からないのは俺とアニンだけになってしまった。
『いや、そうとも限らないぞ』
そう語り掛けてきたのはアニンだ。
『シンヤと言ったか? 我の言葉が理解出来るか? 今、我はパジャン語で『念話』しているのだが』
「は? え? 何事? どう言う状況?」
いきなりの『念話』に、状況が掴めないシンヤが、辺りを窺いキョロキョロしている。いや、俺も状況が掴めていないけど。
『先程、ギリードとか言う魔物を取り込んだだろう。あれのお陰か、どうやら我は奴の記憶や知識を受け継いだらしくてな、パジャン語が話せるようになったようだ』
ええ~、何その仕様。そう言うものなの?
『いや、我も長く生きてきたが、魔物の精神を食らったなんて初めての事だからな、まさかこんな事になるとは思わなかった』
そうなんだ。いや、今までの同化者の精神とか食らってきたんじゃないの?
『そう言われればそうかも知れんが、長く生きてきたからな。忘れてしまった記憶や知識も少なくないのだ』
はあ。そうですか。まあ、今は便利だからその恩恵、ありがたく受けさせて貰うよ。
と言う訳で、この後の会話はパジャン語になる。
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