第305話 対天狗(五)
俺の手を逃れて、無数の鳩へと変じるドミニク。
「何やっているのよ!」
バヨネッタさんに怒鳴られたが、これって俺のせいじゃなくない? 俺を怒鳴ったバヨネッタさんだが、その後の行動は速かった。直ぐ様宝物庫から無数のバヨネットを取り出すと、一斉掃射し、無数の鳩を撃ち落としていく。鳩へと姿を変じたドミニクだったが、ものの数十秒で、その全てがバヨネッタさんによって撃ち落とされたのだった。
「いったいどいつが本体だったんですかね?」
無数の鳩の死体を前にして、今更詮無い事を口にしてしまった。
「どれもこれもないわ。全部が本体よ。こう言うのは、一体でも生き残ればそれで良いのよ」
成程。
「まあ、私だったら、全部
「全部囮ですか?」
「どうやら魔女の考えが当たりのようだぞ」
俺が首をひねっていると、ゼラン仙者がある方向を向いたまま答えてくれた。皆でそちらを向くが、そこにあるのは真っ直ぐ上に通じるガラスのような階段だけで、鳩の姿どころか、虫一匹見掛けない。それも当然だろう。この階層は今まで戦場でドミニクの炎の攻撃によって、全てが焼き尽くされてしまったのだから。
「何か気配を感じるんですね?」
シンヤがゼラン仙者に尋ねると、首肯し、ゼラン仙者は俺たちを全員雲の中に隠してしまった。
「これで向こうからもこちらは見えなくなった。追跡しよう」
ゼラン仙者の言葉に従い、俺たちはゼラン仙者のみが感じ取れる気配と、一定の距離を取ってゆっくりとその後を付いていく。
気配は当然と言うかやはりと言うか、透明な階段を上っていき、上階へとやってきた。そこは幾何学模様で彩られた荘厳な礼拝堂で、最奥の壁には、翼の生えた女性の像が埋め込まれていた。
(カロエルの像か。まるで生きているかのように生々しく感じるな)
そんなことを思っていると、その像の前にスーッとドミニクが姿を現した。やはり鳩は囮で、本人は透明になって隠れていたらしい。
「カロエル!」
『どうかしましたか?』
(像がしゃべった? いや、頭の中に直接言葉が響いてくる。テレパシーか。何にせよ、あの像、ただの像じゃないな)
俺たちは音を出さないように気を付けながら、ゆっくりと二人に近付き、ふたりの会話に耳を澄ます。
「僕に力を与えてくれ!」
『あなたには、もう相応の力を与えたはずですが?』
「やられそうなんだよ! 魂のプールとのリンクも絶たれて、魔力もほとんど底を突いた! 何か一発逆転のスキルがあるだろう?」
『『空呑』は持っているでしょう? 『透過』で透明化して、近付いて魔力も生命力も吸い尽くせば良いではないですか?』
「駄目だ! 奴らの中に仙者がいる。『透過』は見破られるはずだ! ここに来るのだって、二重に隠蔽して来たんだ! 近付こうとすればバレるに決まっている!」
『では、ないですね』
必死に頼み込むドミニクだったが、カロエルからの返答は素気ないものだった。
「な、何を言っているんだ!? このままでは僕たち姉弟の目的が、潰される事になるんだぞ!?」
姉弟? あの二人、姉弟だったのか? 成程、上位世界で姉弟だった二人が、運営とプレイヤーと言う両面から協力してゲーム攻略に乗り出し、この地球を自分たちの好き勝手出来る土地にしようと画策していたのか。
「そうだ! カロエル! 姉さん自ら天罰と言う形であいつらを葬ってくれ! そうすればもう障害はなくなるんだ! それだけで、僕たちの目的は達成されるんだから!」
『何故、私があなたの為に、そこまでしなければならないのですか?』
「何故? 何故って、僕たち姉弟の目的が、達成目前で瓦解しようとしているんだぞ! ただ運営のアバターとしてスキルを与えるばかりじゃなく、カロエルだって今回くらい手を貸してくれても良いだろう!」
何とも甘ったれた弟だ。しかしなんだろうか? 両者の話が噛み合っていないように感じる。
『姉弟姉弟と、馴れ馴れしい。私はあなたの姉などではありません』
とここにきてテーブルをひっくり返すような事を口にするカロエル。二人が姉弟だってだけでも衝撃だったのに、それが違うとか、もう話に付いていけないんだけど?
「何を、何を言っているんだ!?」
カロエルの言葉に衝撃を受けた様子のドミニクだったが、持ち直してすがりつくように声を絞り出す。
『確かに、隕石落下までのドミニクは私の弟でした。ですが今のあなたは違います』
どう言う事だ?
『ドミニクとの地球楽園化計画なのですが、運営の上層部に漏れましてね。我々姉弟には、相応の罰が与えられる事となったのです。ドミニクにはプレイヤー資格の剥奪。私はこの地に封じられ、地球人を新たなステージに導くと言う仕事が』
本物のドミニクはプレイヤー資格を剥奪されていたのか。ではあいつは誰だ?
『その為の隕石落下でした。ドミニクはこれによってプレイヤー資格を剥奪され、復活したドミニクはただのNPCです。まあ、私の目的である地球人を新たなステージに導く為の、手駒として働いて貰う事にしたのですが』
「そんな、嘘だろう? ぼ、僕には姉さんと生きてきた記憶がある! これはなんだって言うんだ!」
『肉体に刻まれたただの情報です。それを魂が勝手に自分の本当の記憶だと誤認しているだけです』
と言う事は、ドミニクの魂は天使が用意した人工魂って事か。その魂が、自分はNPCじゃなくてプレイヤーキャラクターだと誤認していたと?
『しかし、最近のあなたの行動は目に余るものでした。もしかしたら、どこかでバグが紛れ込んでしまったのかも知れませんね』
「バグ? バグだと!? 僕が狂っていると言うのか!?」
『ええ、そうです。もう、あなたを使って地球人を新たなステージに導く事は不可能だと私は確信しました。ですので、もう始末してしまって構いませんよ』
「? 構いませんよって?」
「気付いていたのね」
バヨネッタさんの言葉とともに俺たちが姿を現すと、ドミニクは驚きで尻もちをついてこちらから後退る。
「殺すのは構わないけれど、いくら手駒とは言え、長年一緒に行動してきたのでしょう? 情はないのかしら?」
『情、ですか。昔の彼ならば少しは湧いたかも知れませんが、今の、ただ欲に塗れた醜い心に支配された彼では、それも湧きませんね』
「ふ〜ん、そう」
カロエルの答えを聞いたバヨネッタさんは、無表情でトゥインクルステッキをドミニクに向ける。
「た、助けてくれ! 降参だ! もう君たちには抵抗しない! だから命だけは助けてくれ! 死にたくない! 消えたくないんだ!」
成程、醜い心の持ち主と言うのは、見ているだけで嫌な気分になるものだな。
「バヨネッタさん」
「あら? ハルアキがトドメを刺すの? 意外ね? あまり手を汚したがらないあなたが」
「地球の問題ですから」
「そう言う事なら、僕も他人事じゃないよ」
俺の言に反応するように、シンヤの方からも声を掛けてきた。俺とシンヤは互いに目で会話を交わし、頷きあった後に、その手にアニンの黒剣と霊王剣を持ち、ドミニクに近付いていく。
「助けてくれ! お願いだ!」
今から殺される人間の必死な懇願が、これ程心に響かないとは思わなかった。そんな事を思いながら、俺とシンヤはドミニクに向けて剣を振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます