第521話 階段を上る

「やっぱりいますね」


 地下六十階。広大なワンフロアのその真ん中で、入り口から向こうを窺う俺たちを、不敵な笑みで見詰め返すシンヒラーがいた。


「そもそも、この地下六十階の仕掛けって何なんです?」


 地下二十階は骸骨兵で、地下四十階では雷が降る中で怨霊たちが襲ってきた。では地下六十階は? 見た感じはエルデタータがいた地下十九階と同じく、フロア自体に何か仕掛けがあるようには見えない。それに中ボスも気になるところだ。


「地下六十階はリビングウェポンだ」


「はあ?」


 思わず武田さんを振り返ってしまった。


「そんなの、どうにかシンヒラーから光の剣を取り上げても、意味ないじゃないですか」


「そうだな」


「これは、ハルアキくんの指摘が真実味を帯びてきたねえ」


 とミカリー卿が軽い感じで腕組みしている。本当だよ。誰かの入れ知恵を疑わずにはいられない。


「そうだな。しかも、ここの中ボスは、腕が六本ある、工藤に分かり易く言えば阿修羅の骸骨戦士でな、俺たちがこのフロアのリビングウェポンの無限湧きを停止させた後、そのリビングウェポンたちを使って攻撃してくるんだ」


 武田さんの言に溜息を吐く。はあ。嫌になるな。大ボスも中ボスも武器の扱いに長けたタイプか。しかも大ボスのシンヒラーはスピード特化だ。気が抜けない。


「倒せる気がしないのですが」


「だからって、やらなきゃ下へ進めないだろう」


 デムレイさんの言葉にもう一度溜息を吐く。そうなんだよなあ。大ボスは徘徊型だから、最悪かち合わないように立ち回ってやり過ごす事も可能だけど、中ボスは階下に進む為の扉の鍵を有している。俺たちは倒さないと先に進めないのだ。


「マジどうにかなりませんかね」


 何かシンヒラーさんが口角上げてこちらを手招きしているんだけど、そんな手に誰が乗ると言うのか。


「とりあえず引きましょう」


 俺たちは戦う事なく、二度目の撤退を余儀なくされたのだった。



 そうして旅館に戻ってきた俺たちだったが、何も収穫がなかった訳じゃない。ちゃんと地下四十階から地下六十階へ来るのに、お宝を取り直してきたのだ。これで俺たち自身が強化出来るから、やり方としてはこれを繰り返すのがベターなんだろうけど、七月には魔王軍との全面戦争がある。俺たちに時間があるとは言えない。それはそれとして、


「また、とんでもないものが出てきましたね」


 俺たちが潜るこたつの天板の上には、デリンジャーを思わせる小型の単発銃が置かれていた。


「そうね」


 とその単発銃を手に取り、しげしげと動作を確認するバヨネッタさんだったが、弾が込められていないからと言って、それを軽々しく扱われると、動悸が凄い事になるのでやめて欲しい。


 地下五十八階の鍵穴三つの宝箱から出てきたこの単発銃、弾は込められていなかったが、その弾が何なのかはすぐに分かった。人工坩堝だ。


「しかしバヨネッタさん以外に、人工坩堝を使い潰そうなんて考える人がいたんですねえ」


「どう言う意味かしら?」


 こめかみに単発銃を突き付けられて、思わず両手を上げてしまったが、割りと洒落にならないのでやめて欲しい。


「まあ、良いわ」


 と言ってバヨネッタさんはカッテナさんの前に、その単発銃を置く。そう、このとんでもない威力が出そうな単発銃を引き当てたのは、バヨネッタさんではなく、カッテナさんなのだ。


「何故、私だったのでしょう?」


 訝しむカッテナさん。銃器と言えば銃砲の魔女であるバヨネッタさんである。なのでこれを引き当てたカッテナさんは、当然のようにこれをバヨネッタさんに献上しようとしたのだが、バヨネッタさんは興味を示しはしたものの、これを受け取らなかった。


「私じゃ扱い切れないからよ」


 バヨネッタさんがさらりと口にする。扱い切れないか。確かに、『反発』のギフトと『減少』のスキルを持つカッテナさんでなければ、これを撃った次の瞬間には銃の反動で撃った本人も死んでしまいそうだ。そう言う意味では、カッテナさんにこの単発銃が充てがわれたのも頷ける。流石は幸運のダイザーロくんだ。


「それにしても、今回はカッテナくんが当たりと言った感じかな?」


 とはミカリー卿。確かに、この単発銃に加え、カッテナさんは鍵穴二つの宝箱から、もう一つ抵抗低下の片眼鏡を引き当てていた。これを組み合わせて片眼鏡を眼鏡にすれば、俺の『時間操作』タイプAと合わせて、シンヒラー対策のキーマンになるのはカッテナさんだろう。


「そうでもないでしょう」


 そう反論するのはデムレイさん。その前にはアメ玉のようなものが置かれていた。それはデムレイさんの前に二つ、そしてバヨネッタさんの前に一つ。


「これで俺とバヨネッタはレベル五十だ。金丹エリクサーもあるし、上限解放が出来るぜ」


 そう。鍵穴二つの宝箱から出てきたこのアメ玉は、きざはしの宝珠と言うアイテムで、これを使用(食べる)する事で、レベルアップすると言う結構とんでもないアイテムだった。ちなみに俺も一つ獲得している。


「レベル五十になると、『転生』が使えるようになるんですよね?」


 俺はこの中で唯一、転生を体験している武田さんに尋ねた。


「そうだな。その他にも、レベル五十になって上限解放する事で、超越者となって新たにギフトとスキルを獲得する事になる」


「そうなんですか?」


「レベル五十で『転生』。上限解放でギフトとスキルって感じだな。エリクサーを飲んで上限解放する事は、今世で生まれ変わるって事と同義なんだろうさ」


 成程。となるとゼラン仙者やパジャンさんも、なにか隠しスキルを持っていそうだ。


「スキルはともかく、ギフトも確定なの?」


 バヨネッタさんが首を傾げる。


「少なくとも、前世の俺と同行した面子は全員だな」


 と武田さんはミカリー卿を見遣る。


「そうだね。私も上限解放した時は、ギフトとスキルを授かっているよ」


 まあ、薄々勘付いていたけど、やっぱりミカリー卿はレベル五十超えているのか。それにギフトに『不老』の他にもう一つスキルを持っている。とは言え、俺にも使い難い『英雄運』なんてギフトがあるし、ミカリー卿の隠しているギフトとスキルが戦闘向けとは限らないよなあ。


「何にせよ、試すしかない! だろ、バヨネッタ!」


「そうね」


 とデムレイさんとバヨネッタさんは上限解放する気満々だ。さて、どんなギフトとスキルを授かるのやら。

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