第447話 もう一戦
「う、う〜ん……」
「お?」
俺の横で眠っていたカッテナさんが目を覚ました。すると直ぐ様ガドガンさんが手を添えて声を掛ける。
「大丈夫? 手足の痺れとかない?」
声を掛けられてもボーッとしていたカッテナさんだったが、ようやく脳が覚めてきたのか、ガドガンさんの質問に手をグーパーしてから返答する。
「痺れは感じません。頭が少しクラクラしますけど」
「そう。そのくらいなら問題ないわね」
と安心するガドガンさん。麻酔の後遺症は残らなかったようだ。マチコさんの出番はなさそうでコチラも安心した。
段々と事態の把握が出来てきたカッテナさんは、不安そうな顔でこちらを見上げて尋ねてきた。
「私は負けたんですね」
しょぼんと肩を落とすカッテナさんだったが、
「いや、負けてないですよ」
との俺の答えに、目を丸くする。
「勝ってもいないですけどね。引き分けです」
「引き分けですか?」
何故引き分けたのか、本人は理解出来ていないようだ。
「私は言いましたよね? 相手に降参させた方の勝ちだと。ガドガンさんはカッテナさんを眠らせてしまったので、降参させられなかったんですよ」
俺の説明にようやく理解が追い付いたらしい。自分の介抱をするガドガンさんが、バツが悪そうな顔をしているのを見て、俺の説明が真であると分かったようだ。
「ダルジールに血煙を使わせたのは失敗だったわ」
溜息をこぼすガドガンさん。
「まあ、今回は痛み分けと言う事で、遺恨はなしでお願いしますよ」
「それは、はい。元々恨みなんてありませんから」
とのカッテナさんの発言に、一人相撲を取っていた事にようやく気付いたらしいガドガンさんは、顔を真っ赤にして、その真っ赤になった顔を見られたくないのか、両手で覆う。
はあ。やっとこっちは人心地ついたな。そして向こうか。と俺が視線を送るグラウンドの中央では、ミカリー卿とマチコさんが向かい合っていた。
「本当にやるんですか?」
「せっかくの機会ですから」
ミカリー卿はその顔に微笑を湛えたまま、そんな返答である。対するマチコさんは辟易した顔だ。今すぐこの面倒事から辞去したい気分なのだろう。俺もそうだ。そして俺に、どうにかして欲しい。と視線を送られても困る。
「はあ。じゃあ一戦だけでお願いします」
梯子を外されたマチコさんは、恨みがましそうにこちらを半眼で見てくるが、マチコさんとミカリー卿のどちらを敵に回したくないかと言われれば、圧倒的にミカリー卿なのだ。なのでミカリー卿が納得する形で事を進めさせて貰う。それはマチコさんも分かっているのだろう。視線は送ってきても、直接文句を言ってはこなかった。
「ルールは先程と一緒です。マチコさん、分かっていると思うけど、わざと負けるのはなしですから」
「…………分かっています」
葛藤のある返答だった。俺はそこにはあえて触れず、『聖結界』で二人を覆うと、
「始め!」
とさっさと勝負を開始させる。
開始早々懐から本を取り出したミカリー卿。魔導書型の魔導具か。魔法使いの王道だけど、今まで遭遇していないな。対するマチコさんは両の拳を握って構えているだけだ。正確には
「さあ、いこうか」
言うなりミカリー卿の周囲に無数の氷の矢が出現し、それらがマチコさん目掛けて襲い掛かる。だが高速で飛来する氷の矢を難なくいなしていくマチコさん。高速のフットワークで避けながら、避けられないと判断した矢を拳で叩き落していく。
「おお! マチコさんやるな」
「でしょう!」
俺はマチコさんを褒めたのだが、何故だか横でガドガンさんが胸を張っている。気持ちは分かるけどね。
「マチコは身体の鍛え過ぎによる筋肉痛なんかも、『範囲再生』で回復させて、ドンドン自己強化していくから、身体能力は同レベル帯よりも数段上なんです」
とガドガンさん。成程。筋肉の超回復が出来るのか。レベルのある世界できっちり筋トレしているとなると、そのプレイヤースキルは相当なものだろう。現に目の前ではミカリー卿の氷の矢に慣れてきたマチコさんが、前後左右に矢を躱しながら、フットワーク軽くミカリー卿へと近付いていく。
しかしマチコさんが近付けば、ミカリー卿が更に矢の数を増やし、増加した矢がマチコさんに襲い掛かる。が、それに対するマチコさんの対応はシンプルなものだった。頭と心臓だけを手でガードして、ミカリー卿へと突進していったのだ。
氷の矢なんて気にも止めない。傷を受けた直後から『範囲再生』で回復させていくのだ。これが出来るからの突進だった。
そしてミカリー卿に接近したマチコさんは、左拳を斜め下から突き上げるようにミカリー卿の脇腹に叩き込んだ。
ドズンッ!!
重く鈍い音が、マチコさんのパンチがどれだけ強烈だったかを物語っていた。俺も思わず眉根を寄せてしまった程だ。あれは内蔵まで響いたな。長齢のハーフエルフ相手にエグい事するなあ。
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