第298話 敵役

 武田さんの言いたい事は理解出来る。理解は出来るが、それは不可能なのではないか? 周りを見ても、誰も彼も難しい顔をするばかりで、その表情の裏は読めない。


「それは、地球丸ごと、って話ですよね?」


 俺の問いに、ジェランが首肯する。いや、やっぱり不可能だろ。しかしジェランの瞳は確信に満ちており、それはこれまでランドロックやティカに見たものと同様の輝きだった。


「それだけ信じていると言う事は、その根拠となる何か、例えばドミニクが人を生き返らせる場面を目撃した、と言う事ですか?」


 首肯するジェラン。俺は直ぐ様バヨネッタさん、ゼラン仙者、リットーさんを見遣る。


「人の復活は神や天使が持つ権能であって、人間には不可能の領域よ」


 バヨネッタさんが断言する。神明決闘裁判で、コレサレの首飾りを使って蘇生出来たけど、あれは死んですぐだったからセーフだったんだろうなあ。死んである程度経った人は蘇らないのだろう。


「仙術でも、不老長命は可能でも、死から逃れる術は未だ開発されていない」


 とゼラン仙者もバヨネッタさんの発言を裏付けてくれた。


「可能なんだよ」


 しかしジェランは、こちらを嘲笑うかのように口角を上げる。


「不可能だ」


 対してゼラン仙者が断ち切るように言い放つ。


「彼はもう人間を超越したんだ」


「超越者である私が断言する。不可能だ」


 レベル五十を超えているゼラン仙者の言。だがジェランは笑顔を絶やさない。


「超越者? ただの仙者だろう? 超越先を間違えたな。ドミニクのように天狗となっていれば、同様の力を獲得出来たであろうに」


「天狗はスキルじゃないのか!?」


 聞き逃がせないワードに、思わず俺の声のトーンが一段階上がる。


「違う。仙者同様、レベル五十を超えた者の称号であり種族と言っても良い。ただし仙者がただレベルアップしただけなのに対して、天狗はいくつかのスキルが付与されるのだ」


「それが、『蘇生』と言う訳?」


 バヨネッタさんの胡乱なものを見る目にも、ジェランは鷹揚に頷いてみせる。


「他にも色々出来る。経験値を分け与える『分配』や、スキル自体を発現させる『天賦』なんてのもあるぞ。『天賦』は与えるスキルが選べないのが難点だがな」


 ジョンポチ帝の『神子』と同様の能力か。あっちはレベル三十以上と言う制限があったが、こちらにはそんな制限はなさそうだな。方向性は定められなさそうだけど。


「『信仰』は違うのか?」


 リットーさんの言に、ジェランは首を横に振るう。


「あれはカロエル様から与えられたスキルだ」


 ほう。天使様も面倒なスキルを与えてくれたものだ。例えレベル五十を超えられなかったとしても、普通に個人で軍隊と戦えていたんじゃないのか?


「成程、ドミニクが既にレベル五十を超えた超越者だと言うのは分かったが、それにしても、やろうとしている事の規模を考えると、一人の超越者で成し得る事とは思えないな。ここまでのアンゲルスタ勢の話を要約すると、この地球を異世界から分離して独立した一つの世界とする。そして恐らくその世界で生きている人々に死は訪れず、永久の生を謳歌する世界となる。のだろう?」


 それは地上に訪れた天国なのか、はたまた地獄なのか。


「だからこそあの方は天狗となられたのだ。天狗と言うのは天使の下位互換であり、その権能の一部を使用可能となるからな」


 驚愕だが納得だ。周囲を見れば誰も彼も腑に落ちた顔をしている。成程、『蘇生』やら『天賦』やら、スキルが天使っぽいのはその為か。


「下位天使だからって、可能なのか?」


「下位があるなら上位があり、人から天使になれたのなら、より上の天使にもなれる。自然な帰結だ」


 それはそうかも知れない。が、なんだか化かされているようで話が入ってこないな。そこに武田さんが口添えしてくれた。


「工藤、ドミニクがやろうとしていることは、ゲームで例えるなら、オープンワールドのゲームの一部を区切って、そこから切り離して、その切り離されたクローズドワールドの権限を掌握し、好き勝手しようって話なんだよ」


 ああ! 成程ね! そう考えると話の理解度が上がるな! ゲームなんかにあるな。オンラインのオープンワールドはオープンワールドで存在して、そこでの不自由解消として、何でも出来るオフラインのクローズドワールドが用意されているタイプのやつか。つまりドミニクはそのクローズドワールドの権限持ちになりたい訳か。


「その話の流れからすると、天使はオープンワールドの権限持ち、運営側であり、ドミニクはオープンワールドの権限持ちにはなれないだろうから、せめてクローズドワールドの権限持ちになろう。って話ですか?」


 武田さんが首肯した。合っているらしいが、しかし荒唐無稽な話としか思えないな。


「信じられないって顔だが、これがドミニクの筋書き通りだとしたら?」


 武田さんの言葉の意味が読み取れない。


「この世界がオープンワールドだと言ったよな?」


 俺は首肯する。


「つまり俺たちはどこかの誰かのアバターである。って話さ」


「俺たち自身の上位存在がいて、俺たちはそのプレイヤーキャラクターであると?」


 プラトンのイデア論を想起させるな。あれだとこの世界は上位世界からの光で出来た影のようなもので、本質的なものは上位世界にあるんだったか。異世界の話を天使から聞いた時、RPGかと思ったが、俺たちの存在自体が、RPGのキャラクターだったと?


「まあ、信じたくないのも分かる。俺もあまり考えたくない考え方だが、これは向こうの世界では昔からある考え方の一つでもある」


 バヨネッタさんたちを見遣ると、皆が頷いた。


「でも……」


「自由意思を持っていると言いたいのだろう?」


 先回りして言われてしまったな。


「それは、上位存在が俺たちに割いているリソースの量の問題だ」


「リソース、ですか?」


「例えば、この地球上に一つのアカウントで、十人のキャラクターを作れるとした場合、キャラクターを十人作るより、十人分のリソースを注いで一人を作った方が、強いキャラが出来るだろう?」


 確かに。


「そしてまた、十人作ったなら、一人をプレイしている間、他の九人は自由であり、操作はされない」


 そうですね。


「これがクローズドワールドなら、俺たちはただ立ち止まって動かない人形に成り下がる訳だが、俺たちがいるのはオープンワールドだ。他にもプレイヤーがいて、その他のプレイヤーたちが違和感を持たないように、それなりに行動していないといけない訳だ」


 成程。プレイヤーが操作していない間も、ゲームの世界観を壊さない為、自己保存の為に、自立思考を持たせて勝手させている訳か。まあ、俺たちの上位存在が創った世界なら、これくらい当然か。


「なんとなく分かってきました。つまり、ドミニクはこのオープンワールドを楽しむプレイヤーであり、俺たちはそのプレイヤーの行く手を阻む敵キャラNPCであると?」


 武田さんが首肯した。


「まあ、ドミニクの目的が目的だ。敵対する俺たちも相応の能力値だし、ドミニクだってここで死ねば、ペナルティですぐに復活する事はないだろうよ」


 はあ。何と言うか、まさかここに来て、自分の存在意義と対峙する事になるとは。まあ、今思い悩む事じゃないから、ドミニクの方に専心するべきだろう。

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