第320話 admiral
「浅野……なのか?」
テレビ画面に映っているのは、俺たちの友達である浅野
「一年半も経ったら、友達の顔も忘れちゃったのかしら?」
椅子の肘掛けに頬杖をつきながらの、その不遜な物言いも変わっていなかった。あいつは昔から自分に自信があるやつだった。
「今、どこにいるんだ? 行方不明だから、どこかに転移したんだろう?」
タカシの質問に鷹揚に頷いた浅野。
「いて座矮小楕円銀河にあるマスティーと言う太陽系よ」
良く分からん。が、
「いて座って事は、この宇宙の一角にいるのか?」
「ええそうよ。…………その顔は『意外』って顔ね? 別に転移者の行き先が、必ずしも異世界でなければいけない理由はないでしょう?」
確かにそうだ。と言う事は、リョウちゃんもこの宇宙のどこかに転生しているかも知れないのか。
「しかし噂をすれば、って感じだな」
タカシが俺の横でしみじみ首を縦に振る。
「噂をすれば?」
「丁度浅野とリョウちゃんの話をしていたんだよ」
「あら? 恋バナかしら?」
「ちげーよ」
何故か顔が火照る。
「二人が異世界行っていたなら、ハルアキより有名になっていてもおかしくなかったはずだって話」
「何それ?」
画面の向こうの浅野が、俺に助けを求めて視線を送ってくる。
「同じ異世界に行っていたらって話だよ。シンヤが異世界で勇者やっている世界なんだ。浅野とリョウちゃんなら、もっと凄え事になっていただろうって」
「そう言う事。でもちょっと意外ね」
「意外?」
「工藤くんが勇者なのかと思っていたから」
浅野がいたずらっぽくそう口にする。
「俺ってそんな厨二っぽく思われていたのか?」
「それじゃあ一条くんが可哀想よ」
「シンヤは真面目に勇者やっているから、あれはあれで良いんだよ。ファッション勇者じゃないから」
「確かに、彼なら真面目に勇者やっていそうね」
「真面目過ぎて苦悩しているよ」
「目に浮かぶようだわ」
何故かタカシも含めて三人で頷き合ってしまった。
「でもそれじゃあ、何で工藤くんが地球を救った英雄と言う事になっているの? 私の元に入ってきた情報では、そうなっているんだけど?」
「それは俺が聞きたい。もっと地味に異世界ライフを楽しむつもりでいたんだよ。今回のアンゲルスタの事変にしても、別に俺だけが解決に貢献した訳じゃないしな。それこそシンヤだって活躍したよ」
「ふ〜ん」
言って浅野はタカシの方を見遣るが、事情に疎いタカシは首を横に振るうばかりだ。
「情報が……って言ってけど、それって天使から?」
「いいえ。私の出身星って事で、私が所属する銀河連盟軍が、ここ最近の地球の様子を監視していたのよ。そうしたら、いきなり強大なエネルギー変動が検知されたと思ったら、瞬く間に地球のステージが星間交流可能レベルにまで上昇したじゃない? 慌てて情報収集したわよ。私たちだけじゃなく、多分天の川銀河全体で話題になっているわよ?」
「そうなのか? って言うか浅野、今、サラッと銀河連盟軍とか言っていたよな? 軍人なの?」
「ふふん」
と口角を上げる浅野。それが答えか。
「????、????????、??????」
そこに浅野の脇に控えていた副官らしき犬の獣人が、浅野に何やら耳打ちするように控え目に促す。何故犬獣人だと分かるのかって? だって顔が犬だもの。
獣人には二種類いる。耳や尻尾だけが獣と同様で、顔は我々地球人と同じような獣人と、もう一つは完全に犬や猫そのものが二足歩行に進化したような獣人だ。そして俺たちがテレビ画面で見ているのは、後者、人間のような身体に犬や猫の頭が載っかっている獣人である。
「何だって?」
「そろそろ話を先に進めてください、提督。だって」
「提督!?」
浅野のこの発言には、俺やタカシだけでなく皆驚いていたが、ちらりとL魔王を見ると、涼しい顔をしているので、嘘を吐いている風ではない。
「ええ、まあね。こっちに来てみたら、銀河連盟を名乗る政府軍と、惑星解放連合を名乗る革命軍で戦争していてね。私を救ってくれたのが政府側だったから、そちらに手を貸してあげていたら、いつの間にかにね」
そんな模試で満点取った時のようにはにかんで笑われても、規模が違うだろ? いて座矮小楕円銀河がどの程度の大きさの銀河か知らないが、その銀河の名を冠する軍の提督に、一年半で成れる訳ないだろ。やっぱり俺なんかとは元々のレベルが違い過ぎる。
「で、話なんだけど、私が同郷って事で天使に話を持ってこられたんだけど、こっちはこっちで、忙しくてそちらに手を貸してあげられる余裕が今はないのよ」
「え? でも革命軍は倒したんだろう?」
タカシの言葉に、しかし浅野は首を横に振るう。
「確かに革命軍は倒したわ。でも、その革命軍を裏で魔王が操っていたのよ。いえ、政府側にも魔王の手先がいて、私たち人間を同士討ちさせて漁夫の利を得ようとしていたの。そうはさせまいと政府側の魔王の手先を始末して、今はその魔王軍がでしゃばってきているから、そっちと交戦中なの」
あっちもこっちも魔王か。確かに運営としては放置出来ないのも頷ける。でも知性体としてその権利の主張を認めないといけないのも分からんではない。それにこの世界の知性レベルを下げたら、それはそれでつまらない世界になっていただろうしな。
「じゃあ俺たちは、何の為に浅野と通信させられているんだ?」
「軍を投入する事は出来ないけど、ちょっとした物資と技術は提供出来るわよ。って話よ」
ああ、成程。
「え? でもそっちだって戦争中だろ? 物資とか送る余裕あるのか?」
「だから『ちょっとした』なのよ。十人分くらいかしら」
「少なっ!?」
「あとは、結構な量の技術データを天使に持たせてあるから、なんとかしてね」
いや、「お願い」みたいに小首を傾げながら両手を合わせられてもな。
「その、『物資』って何なんだ?」
「こちらです」
事態を静観していた、いや、がっつりフルーツタルトを食べきったL魔王が、テーブルの上に白い小箱と、ソフトボールくらいの真っ黒な球体を置く。小箱は何か分からなかったが、球体は見た事がある。…………アニンだよね?
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