第353話 ホラー
「じゃ、ありがとうございましたー」
夜も更けてきたので、バヨネッタさんたちにはお帰り頂く。シンヤとタカシはこのままウチに泊まっていくので、俺とともに玄関までお見送りだ。バヨネッタさんはアネカネ、ミウラ嬢と同じ車に同乗し、ラズゥさんたちの迎えにはパジャン天国担当の二瓶さんが車で来てくれた。武田さんは一人浮かない顔で電車帰宅である。
「良かったのか?」
笑顔で全員を見送った後、タカシが俺に尋ねてきた。
「何が?」
「ロコモコの事だよ。あいつ絶対バヨネッタさんと因縁があるって」
「だろうな」
俺は素っ気なく返答してリビングに戻る。
「ならどうして?」
「だからだろう」
タカシの問いに、俺の代わりに答えてくれたのはシンヤだ。
「因縁のある相手だから、この話題に関しては慎重にならなきゃ駄目だと思う。少なくても、さっきみたいに人が大勢いる場面は避けるべきだったんじゃないかな」
「それは……そうかも」
タカシが納得したところで、俺はキッチンに行って冷蔵庫から二リットルペットボトルのコーラと、グラスを持ってリビングに向かった。
「でも、あれだな。俺はバヨネッタさんに期待していたのかも知れない」
一人ひとり手酌でグラスにコーラを注いでいるところで、タカシがそんな事を口にした。
「期待?」
何を言っているのか意味が分からず、俺はタカシの顔を覗き込む。
「ほら、バヨネッタさんって結構ヤンチャな性格だろ? コロモコの事を知ったらさ、あの人の事だから、その場でカーッと頭に血が昇って、そのまま異世界まで行ってロコモコ倒してくるんじゃないかと思ってさ」
タカシよ。バヨネッタさんを何だと思っているんだ。
「いやいや、いくらバヨネッタさんでも、流石に地球から異世界へすっ飛んでいくなんて事はしないんじゃないかな」
シンヤがフォローを入れてくれた。優しい。まあ、ここに何も考えずに魔大陸にいる魔王に会いに行った三人がいるんだけど。
「そうだな。良くて三割ってところじゃないか」
「ゲホッ、結構多いね」
俺の予想にコーラを飲んでいたシンヤがむせた。
「三割ぃ? 少なくね? 俺の中では九割方すっ飛んでいくと予想していたんだけど」
「いやいや、いくらバヨネッタさんが目的の為なら猪突猛進になる人でも、理性があるからね」
などと三人で会話していると、バヨネッタさんからDMが送られてきた。あの人からDMとは珍しいな。とスマホを開く。
『誰が猪突猛進なのかしら?』
ゾッとした。直ぐ様部屋中を見渡すがバヨネッタさんの影も形もない。嘘だろ? この部屋はオルさんに頼んで、魔法もスキルも跳ね返す仕組みになっているんだぞ? たとえバヨネッタさんでも、痕跡を残さずに俺たちの会話を盗み聞きするなんて出来ないはずだ。
「どうかしたのか?」
俺がいきなりキョロキョロしだして心配したのだろう。タカシが俺の肩を揺すって尋ねてきた。俺はそれには答えず、二人にスマホの画面を見せる。二人の顔から血の気が引いた。恐らく俺も同じような顔をしているのだろう。そこにまたDMが来た。
『テーブルの下』
? 俺たち三人がテーブルの下を覗き込むと、シンヤがシールが貼られているのを発見した。一見キャラクターの描かれた普通のシールだが、新居である。そんなものが貼られているのは不自然だ。それを剥がすと、のり面に電子回路が張り巡っていた。これか! それを握り潰したところでまたDM。
『妹がアメリカとやらから貰った最新機器だそうよ』
くっ、アネカネか。どんな伝手でこんなスパイグッズみたいなものを貰ってくるんだよ。エシュロンか? エシュロン経由か? そしてまたDM。
『今から行く。準備しておけ』
準備!? 準備って何の準備!? これはあれか? 首を洗って待っていろ。的な感じだろうか?
「あ、俺、今日女の子と約束があるんだった」
何かを感じ取ったタカシが、棒読みの台詞と共に早々にこの場から立ち去ろうとするのを、俺とシンヤが服の端を掴んで止める。
「助けてくれ! 見逃してくれ! 俺は! 俺は一般人なんだよ! お前らみたいに戦闘力とかないんだよ!」
「何を言っているんだいタカシくん。君の持つ『魅了』の力。今こそ役立たせる時だろう?」
「効かないから! バヨネッタさんに俺の『魅了』は効かないから!」
「大丈夫。僕が今から『覚醒』でタカシの『魅了』を極限まで上げるから」
「いやいや、出来ないよね? 今日発現したばかりで、レベルが足りないって武田さんが言っていたもん!」
「そこは気合いでどうにかするよ!」
「気合いの入れどころ間違ってんだよ、お前らあ!」
などと俺たち三人が不毛なやり取りをしている間に、玄関のチャイムが鳴った。三人して「ひっ!」と絶句してしまった。
息を止めたまま、ハンドサインだけでやり取りをする俺たち。お前が行け、いや、お前が行け、となすり付けあっている間に、玄関をドンドンドンドンと叩く音が響いてくる。
「ハルアキ。いるのは分かっているのよ。出てこなければ、どうなるのか分かっているんでしょう」
玄関から聞こえるバヨネッタさんの静かな声が、更に俺の心胆を凍えさせる。そこに両側から脇腹への肘鉄。見れば俺の両隣りで、友達二人が冷ややかな視線を俺に送ってきていた。に、逃げ場がない。
ついに観念した俺は、止めていた息を吐き出し、深く大きく深呼吸をして、覚悟を決めて玄関のドアを開ける。そこには、夜の外廊下の灯りに照らされた、笑顔のバヨネッタさんが立っていた。
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