第37話 返礼

「おお! ここが異世界か!」


 両手を広げ、身体いっぱいに日本の空気を受け止めるオルさん。とても嬉しそうである。


 今日は、これまで俺の為に色々差配してくれていたオルさんに、感謝のつもりで、放課後に転移門を使って日本にやって来て貰った。


「俺から離れないでくださいよ」


「うむ。分かっているよ。しかし少し臭いな」


 ここは自宅近くの公園。公衆トイレの建物の裏である。



「おお! 自走車が何台も! 凄いな!」


「自動車ですか? 向こうの世界にもあったんですね」


 クーヨンでは馬車は見掛けたが自動車は見掛けた事がない。


「あるよ。高価な物だからあまり街では見掛けなかったかも知れないが。あの自走車は魔法で動いている訳じゃないんだろ?」


「あれは内燃機関でピストンを動かし、それをタイヤの回転運動に変換して動いているんです」


「ほう? 中々面白い機構だな。普通に直に回転させるんじゃ駄目なのかい? 僕たちの世界だと自走車は魔法で車輪を回しているんだが」


「電気自動車のモーターなんかはそうなるのかな?」


「違う機構の自走車もあるのか」


「何種類かありますね。ガソリン、電気、水素とか」


 オルさんは俺の拙い説明に、腕を組んで聞き入っていた。



「中々人の多い街みたいだね」


 街をブラブラ歩く俺とオルさん。しかしオルさん目立ってるなあ。背が高い上に髪色が水色だからなあ。オルさん自体は全く気にしてないけど。


「これでも都心から少し離れた地方都市なんですよ」


「そうなのかい?」


「島国で山と森林ばかりの土地なのに、残る平地に一億人以上が暮らしているような国ですからね。総じて街は人が多くなりがちなんですよ」


「人口が一億人以上だって!? 冗談だろ!?」


「さあ? 一億人全員と会った訳じゃないので、本当かどうかは分かりません。世界人口は八十億人行くとか行かないとか」


「八十億ぅ!?」


 目ん玉飛び出る程驚いてるな。まあ、魔物が跋扈する世界からしたらそうなるのかな。地球にしても、確か1950年には二十五億人だったものが、百年経たずに三倍以上になっているのだから。百年後にはどうなっているやら。



「これはなんだい?」


「自動販売機です。何か買いましょう」


 俺はスマホを自販機に翳して、缶コーラを二本買ってオルさんに一本手渡したが、開け方が分からず、オルさんは缶を横にしたり逆さにしたり振ったりしている。


「うわあ! 振らないでください! 中身炭酸なんですから!」


「炭酸?」


「泡を内包した液体です」


「ビールのようなものか?」


 ビールはあるんだ。


「ノンアルコール。酒精の入ってない液体ですけど」


「それなのに泡を出すのかい?」


 凄え不思議そうだな。


「炭酸、二酸化炭素が含まれているので」


「ニサンカタンソ?」


「空気に含まれている成分の一つです」


「ほう。空気の成分が液体に内包されて、それが泡となって出てくるのか。面白いな」


 首肯する俺。俺は自分の缶のプルタブを開けて、オルさんに開け方を示す。それを見ていたオルさんは、「テコの原理か」と呟いてプルタブを開けた。まあ、予想通り泡が噴き出しオルさん自体アワアワしていたけど。


「こんなに泡が出るのかい!?」


「振ったからですよ。膨張率は数百倍とも言われていますからね」


「へえ、面白いね」


 オルさんはそう言いながらコーラを口につけた。


「おお! 喉の奥がパチパチ弾ける! 甘さも感じるし、僕はお酒よりこっちの方が好きかも知れない!」


 そうですか。それは良かったです。


「定期的にこれを差し入れてくれると嬉しいなあ」


 と、オルさんにしては珍しくおねだりしてくる。


「まあ、それくらいなら良いですよ」


「本当かい!? やった!」


 いや、ガッツポーズまでせんでも良くない?


「そう言えば、バヨネッタ様が、ハルアキくんの家で出されたカラアゲ? と言う食べ物が凄く美味しかったと言っていたのだが」


 唐揚げが食べたいのか。



「おお! 確かにこれは美味しいね! 外の衣はパリザクッとしていて、中の肉は柔らかくジューシーだ」


 コンビニで唐揚げを買い、飲食スペースで食べる。


「これはあれだね! コーラが飲みたくなるね!」


 オルさんは今回の日本訪問ですっかりコーラ勢になっているな。


「大丈夫です。買ってありますから」


 と俺はエコバッグからペットボトルのコーラを差し出す。


「流石はハルアキくんだね。これは、また容れ物が違うね?」


「ペットボトルと言う合成樹脂ですね」


「合成樹脂って事は、人工的に作られた樹脂か」


「はい。元は石油。地中に埋蔵されている黒い油から作られているようです」


「地中に埋蔵されている黒い油。ああ、噂は聞いた事があるよ。あれがこんな物に変容するんだねえ」


 オルさんはしみじみとペットボトルを見ている。いや、あれは開け方が分からないんだ。俺は、「こうです」とオルさんにジェスチャーで開け方を教えたのだった。



「凄いな! 分からない物だらけだ!」


 日も暮れてきたので、最後に何でも売っているディスカウントストアにやって来た。店のテーマソングが店内のスピーカーから延々と流れている。


「ハルアキくん、これはなんだい? これは? あれは? それは?」


 はしゃぐオルさん。気持ちは分かる。ディスカウントストアってテンション上がるよね。


「何か欲しい物があれば、高くなければ一品二品俺が買いますよ」


「お、本当かい? 気前が良いね」


 あなた程ではありません。


 オルさんはウキウキしながら店内を見て回り、やはりと言うか、家電系の場所で足が止まり、「これはなんだい? あれはなんだい?」と俺に聞いて回った。


 俺だって何でもかんでも知ってる訳じゃないんですけど。外国人の客の多い店だから、外国人の店員さんもいるが、オルさんが何を喋っているのか分かるはずもなく、遠巻きに俺たちを見守っていた。


「これは」


 オルさんの目に入ってきたのは、腕時計のショーケースだ。


「腕時計ですけど?」


「時計か。随分小さいな。それに文字盤も変わっている」


 オルさんが見ているのはデジタルとアナログが合体した文字盤の腕時計だ。かなり気になっているようだけど、流石に高い。二万三万の時計は俺には買えない。


「時計、気になるんですか?」


「まあね。時計は技術の結晶だからね」


 ふ〜む。


「安いのなら買えますから、そっちで良ければ」


「え!? 流石に時計は高いだろう!?」


 まあ、そう思うだろうけど、ここはディスカウントストア。千円程度から時計が買えるのだ。


「百エラン? 冗談だろ? なんで時計がそんな値段で買えるんだ?」


 滅茶苦茶驚いているな。


「多分、安くなった要因は、作業の分業化だと思います」


「分業化?」


「時計は部品点数の多い代物です。それを一人ないし少人数で作るとなると、一人の技術力がとんでもない事になります。当然値段も。でも、あなたはこの部品だけ。あなたはこの部品だけ。と作業を分業化させて、大人数で作れば、難しい時計作りも、一人ひとりは簡単な作業になるので作業効率が上がり、一定レベルの代物を大量に生産出来るようになるんです」


「ほう」


 腕を組んで一言。オルさんは感心しているらしい。


「確かにそれなら、大量に人を雇っても、技術の流出を免れるか」


 そこに気付くのか。流石はオルさんだな。


 俺は二本、同じアナログの腕時計をオルさんに買って上げて店を出た。


「良かったんですか? 全く同じので?」


 安い時計とは言え、デザインは色々あった。


「構わないよ。どうせ壊すし」


「壊すの!?」


「ああ。分解してどう言う仕組みなのか調べるんだよ」


 成程。安い時計で良かった。高い時計を送って、分解なんてされたら凹む。


「そう言えば、こっちの世界でも一日は二十四時間なんだねえ。何故だろう?」


「え? そっちの世界もなんですか?」


「ああ。一日二十四時間、十二月、三百六十五日だよ」


「同じだ……」


 不思議な一致だ。いや、不思議じゃないか。それなら地球人の俺が、異世界で普通に空気を吸えているのからして不思議なんだから。きっと天使は、地球に近しい異世界を選んでくれたのだろう。


「僕らの世界では、十二柱の神が世界を作ったからだとか、神の指が五本ではなく六本だからとか、諸説あるねえ」


「へえ。流石に俺も時間が何故そうなっているのかは分かりませんね。一月毎に神様が定められている国もありますけど」


 日本だって二十四時間を十二支で分けていたりするしな。そういや十二支とかも不思議だよなあ。などと雑談を交わしているうちに、公園に着いた。


「それじゃあ」


「ああ、また明日」


 オルさんは俺が開いた転移門を、ウキウキで異世界へ帰っていったのだった。きっと帰ってすぐにコーラを飲み、時計を分解するのだろう。

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