第36話 ギルド登録
商人ギルドは大通りにある。見上げると首が痛くなる程の大きさで、石造りの頑丈そうな建物だ。
入り口にはスキル屋とはちょっと違って、厳つい男ではなく、鎧と槍で武装した門衛が立っていた。この世界でのセキュリティガードなのだろう。
俺はオルさんの後を付いていきながら、自然と門衛さんに「お疲れ様です」と頭を下げていた。門衛さんたちも軽く会釈してくれた。
一階のエントランスホールは様々な受付をやっているのだろう、カウンターで十人以上の受付係が忙しなく対応している。受付係の男女比は半々だ。商売事になると、女性の受付嬢だけでは……。となる人もいるのかも知れない。
「ハルアキくん、僕らはあっちの列だ」
オルさんの後に続いて、俺は一番左の列に並んだ。列のカウンターの上には、『ギルドカード』とオルドラント語で書かれているので、ここで身分証になるギルドカードの、発行や再発行をしてくれているのだろう。
列に並んでいる人間の行き先は、二種類ある。左奥のこのカウンターから更に左の待合席みたいな場所に移動するか、帰るかだ。
待合席に行く人は大人しいものなのだが、帰る人間は良くゴネる。
どうにかならないか? と嘆願する者。なんでそんな事を、と怒る者。自分は悪くない、泣き出す者。カウンターの受付係のお兄さんが毎度毎度嫌そうな顔をしている。まあ、それはそうなるだろう。
「お疲れ様です」
やっと自分の番に回ってきた時、俺は思わずそんな事を口にしていた。
「いえ、仕事ですから」
やつれているなあお兄さん。
「それで、今回はどのようなご用件でしょうか?」
「彼を商人ギルドに所属させたい」
「かしこまりました。まずは身分証のご提示をお願いします」
カウンターのお兄さんにそう言われ、俺は先日取得したばかりの身分証の木札を、空間庫から取り出してお兄さんに見せる。それをスラスラと台帳に書いていくお兄さん。
「変わったお名前ですね」
「あはは、ここからだと遠いところから来たんですけど、木札失くしちゃって、つい先日再発行して貰ったんですよ」
部分的には嘘は吐いてない。
「そうでしたか。では商人ギルドにも以前所属なされていたのですか?」
「いえ、今回が初めてです」
「では、職人ギルドか冒険者ギルドに?」
「いえ、今回ギルドに所属するのも初めてです」
凄く怪訝な顔をされてしまった。身分証も喪失していて、どこのギルドにも所属していない俺。…………もしかして俺、密入国を疑われてない? いや、あながち間違いじゃないのか。
「身分証の木札は再発行してもらえているんだ。問題ないんじゃないのか?」
と背の高いとオルさんが、高い位置からお兄さんを見据える。
「いえ、クーヨンでは身分証を盗み出して勝手にギルドに登録する輩が後を絶たないんですよ」
と一歩も引かないお兄さん。お兄さんとしては怪しい人間をギルドに所属させれば責任問題になるし、ひいては商人ギルド全体の信用問題にもなってくるからな。
それにしても、そんな社会問題が発生しているのか。そりゃ店の前に門衛だか警備員だか置くよなあ。
「なら付き添いで来ている僕のこのカードで信用してもらえるかな?」
とオルさんはスキル屋の時に出した緑色のカードをカウンターのお兄さんに見せた。
「これは!」
オルさんからカードを受け取ったお兄さんは、カードに記載されていた名前を台帳に記入していく。そう言えばオルさんはオルさんで、本名とか家名とか知らないかも。
「分かりました。商人ギルドに所属する為の試験の受験資格は持っていると判断しました」
言いながらオルさんにカードを返却するお兄さん。
「ただし、受験には受験費用として三千エラン掛かりまして」
「カードで払おう」
「ですよねえ」
お兄さんも予想はついていたのだろう。すぐにスキル屋で見た魔道具を取り出してみせた。そこにカードを翳すオルさん。魔道具の魔法陣が光り、これで決済終了だ。
ちなみにこのエランと言うのがこの街の通貨らしい。一エランで十円。じゃあ十円以下の買い物はどうするんだ? となるが、そんな買い物しない。とバヨネッタさんとオルさんに言われてしまった。
アンリさんからは十円以下の端数は、店の人がおまけしてくれたり、値引きしてくれたりする。と聞いて納得した。
「では、そちらの待合席でお待ちください」
オルさんとはここで別れ、俺は待合席に、オルさんはベナ草の粉末を売りに行った。
「では、人数も揃いましたので、場所を移動します」
先程のカウンターのお兄さんだ。どうやらカウンター業務を別の人と交代し、こちらの世話にシフトチェンジしたらしい。大変だな商人ギルドの職員。
その後、お兄さんの案内で、俺たち受験生は、二階の試験室らしい長机が一定方向に並べられた部屋に通された。
「好きに座って貰って構いません。これからテスト用紙を配っていきます」
テスト用紙が裏にされて配られていく。その間に俺は筆記用具を空間庫から取り出す。インク壺とつけペンだ。俺の世界の筆記用具はこっちで使うと目を付けられるからだそうだ。しかしなんで俺は異世界来てまでテストしてんだろ。
「では始めてください!」
お兄さんの号令でテスト用紙を表に戻すと、氏名記入欄に名前を書いていく。
これが異世界のテストか。これはなんですか? と様々な物の簡易絵が書かれているので。野菜や果物が多いだろうか? お! ビヨとバッコロの絵もある。美味しいんだよねえ。バッコロはリンゴとマンゴーを混ぜたような味で、ビヨはパカッと外皮が割れていて、あけびのような中身が甘くて美味い。
計算問題は関数や因数分解なんて出てこず、四則演算と、出ても鶴亀算程度だった。
俺はオルドラント語の綴りを間違えないように答えを埋めていく。一番怖いのがスペル間違えだからねえ。
「そこまでです!」
ふう。二回は読み返したし、抜けも書き間違いもなかったはずだ。
テスト用紙はお兄さんに回収され、なんとその場で答え合わせがなされて合否が発表されていった。
「ハルアキ・クドウ」
「はい!」
名前を呼ばれて声が裏返ってしまった。
「どうだった?」
エントランスホールでのんびり椅子に座って待っていたオルさんは、俺の姿を見付けると立ち上がって近付いてきた。
「バッチリです!」
俺は発行して貰った、鈍色のカードを見せる。オルさんはよくやったと頷いてくれた。まあ、あの程度ならねえ。恐らく初級テストだったんだろう。
「ギルドカードはお金の代わりとしても使える。紛失しないようにね」
ええ、その話はお兄さんから聞きました。このカードはデビットカードのような物だ。商人ギルドに所属すると全員商人ギルドに貯金口座を持つことになる。このカードを使うと連動している口座からすぐさま貯金が引き落とされる仕様らしい。
貯金のない俺は、全く使えないカードだが。と思っていたら、オルさんが自身の緑色のカードを俺のカードに重ねる。するとパァとカードが光り出し、俺の前に何やら
「これは……?」
「金額のやり取りはカード間でも出来るんだよ」
そうなんだ。しかしこんな公衆の面前で。
「大丈夫。交渉している二人以外にはこの画面は見れないから」
良かった。そう思っていると、画面にメッセージが表示される。
『オル様から百万エランの譲渡を持ち掛けられました。承認しますか? YES? NO?』
「ひゃく……!?」
驚く俺の口を塞ぐオルさん。た、確かにこんな大金の話、周りに人がいっぱいいる状況では出来ない。と言うか、だったらここでこんな金額のやり取り持ち掛けないでほしい。
「良いんですか?」
「問題ないよ。今後への先行投資ってやつさ」
はあ、それに応えられるとは思えないけど、承認するまでこのやり取りが続きそうだしなあ。
俺はブルッと身震いしながらそんな画面のYESに触れた。
おお……! 残金がいきなり百万エラン(一千万円)になってしまった。まあ、地球では使えないけど。
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