第530話 巨大な森
「……いらっしゃいませ」
やる気のない店員だ。
巨木の森はアルティニン廟を凌駕する魔物たちが跋扈する場所だった。魔法も物理も跳ね返してくる鋼殻で覆われた、俺たちなんて一飲みに出来そうな巨大トカゲに追い回されたかと思ったら、そのトカゲを捕食する更に巨大なトンボに、肝を冷やしながら、俺たちの背丈を軽く超える草や茸、岩と言われて遜色ない石ころなどの陰に隠れ、俺たちはカヌスが宣ったこのエキストラフィールドなる広大、いや、全てが巨大なフィールドを、小人にでもなったかのような気分で、どこにあるかも分からない安全地帯を求めて彷徨い歩いていた。
「俺の『全合一』はともかく、武田さんの『空識』でも全容が把握し切れないって、エキストラフィールドにしても広過ぎるでしょ?」
俺の愚痴に首肯するのはダイザーロくんにカッテナさんだけだが、きっと他の面々も同じ気持ちだと信じたい。
「仕方ないさ、この森全体に認識阻害系の魔法が使われているみたいで、俺の『空識』でも遠くを見通せな……見付けた」
およそ三時間、逃げ隠れしながらこの巨木の森を彷徨い歩き、やっと武田さんの『空識』に安全地帯らしい場所が引っ掛かったようだ。
「すぐに『転置』で移動しましょう」
俺の意見に異を唱える人はおらず、武田さんの『転置』でもって、俺たちは直ぐ様その安全地帯の前まで転移したのだった。
「ここ、ですか?」
安全地帯を前にして武田さんを振り返る俺。この巨木の森にあって、その場所は何とも頼りない場所であった。高さ五メートル程の石積の壁で囲まれたその場所は、外からは中は見えないが、この巨木の森にあって安全地帯と呼べるとは到底思えなかったからだ。
「必要最低限のものを備えた場所って感じだな」
『空識』で中を感知した武田さんの意見だ。それに倣って俺も『全合一』で安全地帯らしき場所の中を探るが、これは……、
「本当にここ、安全なんですか?」
「そう見せ掛けたダンジョンって事?」
バヨネッタさんの質問に、俺はどんな顔を向けたのだろうか。バヨネッタさんも他の皆も、何とも言えない顔をしている。
「ダンジョン自体は他にもある。それと区別して、恐らくここが安全地帯だと俺は判断した」
武田さんも難しい顔をしている。
「入ります?」
「入りたくはないな」
「ですよねえ」
俺と武田さんの会話に、他の皆は更に何とも言えない顔になった。が、ここで会話している時間は俺たちにはなかったようだ。
ブブブブブブブブ……。
何かが振動する音。それがこちらに近付いてくる。俺たちはこの音に聞き覚えがあった。
「トンボか!」
デムレイさんの吐き捨てるような一言に、俺たちは警戒態勢を取りながら、周囲に視線を凝らす。全く、なんであの巨大トンボ、『全合一』にも『空識』にも引っ掛からないんだよ。と俺は音に集中する。
「向こうです!」
俺が指を差すと、上空から急襲してくる巨大トンボ。それに対してダイザーロくんがブリッツクリークのレールガンで撃ち落とそうと試みるが、悠々とそれを躱す巨大トンボ。
「あんな奴相手にしていられないわ! とにかく、ここが安全地帯だと言うなら、すぐに逃げ込みましょう!」
バヨネッタさんの号令に、「こっちだ!」と武田さんが先導を買ってでて、全員で遠距離攻撃で巨大トンボを牽制しながら、俺たちはこの安全地帯の門へ急いだ。
安全地帯に一つしかない入り口を閉ざしていた鉄扉は、カヌスのやつ馬鹿じゃないのか? と疑いたくなる、鍵穴が五つある門だった。それを今にも巨大トンボが襲い掛かってきそうな状態で、武田さんがそのピッキング技術を遺憾なく発揮して素早く解錠し、俺たちは中に滑り込む事に成功。そして直ぐ様門扉を閉ざした。
「はあ……」
と一息吐いたが、ドンッ! と言う大きな音に身体がびくりと反応する。何事かと見上げれば、巨大トンボが
「はあ……」
二度目の嘆息とともに、へなへなとその場にへたり込む俺。そんな俺に対して、トントンと俺の肩を叩く者がいた。見上げるとダイザーロくんだ。そしてダイザーロくんは俺を見るではなく、安全地帯の中を見ながら、その光景に指差して絶句していた。
「だから言っただろ。安全地帯か分からないって」
ダイザーロくんが絶句するのも分かる。それなりに大きいこの石壁で囲まれた場所の中には、いくつかの施設があるようだが、そんな事どうでも良くなる問題を露出していたからだ。この安全地帯を成り立たせている住民、それは俺たちがこのアルティニン廟で戦ってきた骸骨や亡霊、ミイラたちだったのだ。
「……いらっしゃいませ」
話は冒頭に戻る。交換所と思われる店の店員は、とても不本意である。と言行不一致で俺たちの前に立っている。
「何がどうなっているのか、教えて貰っても?」
「……今回のこのエキストラフィールドは、完全にイレギュラーだからな。用意が不完全だったんだよ。だから俺たちが駆り出された」
成程。
「えー、あー、大ボスとしてのプライドは?」
「ないよ」
「本音は?」
「…………確かに俺のスキルがあれば集落を運営する事も可能だが、だからって、こんな事をする為に生み出された訳じゃない。くう、でも創造主様の意向なんだよ」
どうやらベイビードゥとしても不本意な配置転換であるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます